夢現の境界線(11)
それから俺は、あの世界でのシメオネについて細やかな説明を行った。
シメオネ、ラスター、フェリシモの三人組怪盗団との出会い、ワイバーンや海竜との死闘、そして俺への鍛錬についてだ。
十五歳のキャットテイルであるシメオネは、猫語尾が抜けていないどこか幼い娘だった。
純粋でまっすぐな性格をしていて誰からも好かれやすく、優秀な踊り子でもある。
若干少年漫画的な厨二病にかかっていたが、その実力は本物で、あの世界でも屈指の火力を誇っていた。
寅虎は一通り説明を聞くと、顔に手を当ててうなだれてしまう。
「そろそろ話してくれよ。寅虎さんはシメオネと、どんな関係なんだ?」
俺としては、なぜそんなに絶望的な表情を浮かべているのか気になるのだ。
何なら羞恥の極みにあるようにも見える。
「君たちの話を聞く限り、それはプレイヤーの情報をもとに作られたAIなんだな?」
「あぁ、まぁそうだ。だから俺の師匠は『泡沫の夢のシメオネ』ってことになるはずだ」
そして寅虎が、またしても項垂れる。
「その元となったプレイヤーというのは……たぶん私だ」
「……へ?」
一瞬、思考が止まる。
「シメオネは昔、私が使っていたキャラクターだ」
俺が目を丸くして口をパクつかせていると、寅虎がかまわず話を続けた。
「フルダイブ・ファンタジーワールドの怪物相手に、自分の武術がどれくらい通じるのか試してみたくて……武者修行も兼ねて作ったのがシメオネだ」
「えぇっと……つまり、寅虎さんがプレイしていたシメオネのデータが泡沫の夢になって……後に俺が教わったってこと?」
「そう……なるな」
クール美女が真顔で答える。
「いやいや、シメオネってこんなクール美女じゃないって。あざといくらい隙だらけで、あざといくらい猫語尾で、あざといくらい甘えん坊で、しかも厨二病全開で必殺技を叫ぶ……」
目の前で真っ赤になって、ぷるぷると震えだすクール美女。
まるで隠していた過去を、白日のもとに晒されたかのようである。
「おやオヤおやぁ〜寅虎キュン〜。キミはそんなプレイをしていたのかぁい?」
「う……」
「とんだ黒歴史じゃぁ〜ナイかぁ〜?」
「うぅ……」
ラフレシアの意地悪な口撃に、寅虎がこれ以上にないくらい顔を赤く染め上げる。
つまり、そういうことだ。
俺の知っている『泡沫の夢のシメオネ』は、かつて寅虎が使用していたキャラクターである『シメオネ』のプレイデータをもとに作られたAIなのだ。
それはつまり、寅虎がかつて『あざと可愛い猫語尾のシメオネ』をロールプレイしていたということでもある。
このクール美女はゲームの中で、わざとユルユルの服を着て無自覚エロを演出したり、可愛らしく猫語尾で喋ったり、バトル物の漫画さながらの厨二病を謳歌させていたということだ。
「これ以上は許してくれないか……」
「おぃオィ、寅虎キュン〜。“にゃ”をつけ忘れてるゾ〜?」
「うぅ……許してくれ……にゃ」
おぉ……
おぉぉぉぉ……
なに、この破壊力。
クール美女が恥ずかしがりながら猫語尾をつけて謝ると、こんなにも尊いものになるのか。
まぁ確かに身長こそ違うが、肉付きはシメオネとよく似ている。
「しかし……それで納得がいった。君の使う技は、私の武術そのものだ。そうか。間接的にではあるが、私から教わったんだな」
「そうなるのかな。すごい不思議な話だけど」
すると寅虎が、うんうんと満足げに頷いた。
「改めて……天常 寅虎だ。天常流無双拳という流派で道場を開いている。二十四歳、独身だ」
「あぁっと、明是 秋景、二十一歳。身寄りのない独身生活を謳歌する者だ」
「そうか、それはよかった。では、結婚してくれ」
「おぅ、よろしく?」
うん?
いま、なんか変なこと言ってたような?
「オィ、寅虎ニャン! しれっとナニ言ってンダ!」
「何もナニもない。私は道場の跡継ぎを作るために、自分より強い男を探していたんだ。そして、それは目の前に現れた。しかも私の武術を、仮想世界にいる私から教わった男だ。これを運命の相手と言わずして、なんと言う」
「オイ、マテ。勝手に話しをすすめるなヨ! 恥を知れ、この厨二女!」
「ふん、恥がなんだ。婿を取れるなら、すきなだけ言ってやる。秋景君、結婚してくれにゃ!」
「ひらきなおってんじゃネェー!」
なにこの展開。
ここ、現実ですよね。
なんかレーナにいるような感覚に陥りそうだぞ。
「いや、あの、俺は何しに来たんですかね。結局、ラフレシアと乱歩は何がしたかったんですかね?」
「僕たちはただ、強いプレイヤーを味方につけようと……」
「うるさい、眼鏡ヤローは黙っテロ!」
乱歩が眼鏡をくいと上げて、口を閉ざす。
可哀想に、今のは完全にとばっちりだ。
「だめダ、ダメだ、駄目ダ! こんな女、ノーサンキューだ!」
「なんだ、私の助けがほしいのか? 未来の旦那様のためなら、何でもするぞ?」
「俺、未来の旦那様になっちゃったの?」
「結婚をして道場を継いでくれれば、私のことを好きにしていいぞ?」
そう言って、胸に手を当て目を閉じるクール美女。
「好きに……」
いや、高身長のシメオネとか、相当なナイスバディですけど。
抗うの大変なんですけど。
「え、モテ期きた?」
「おぃ、アホカゲ。マジで調子のってんじゃネーゾ?」
ラフレシアが相当お怒り顔で俺の胸を蹴り、そのまま上に乗っかり倒してくる。
アルフィー時代を含め、見たことがないレベルでお怒りだ。
「帰って鈴やんと説教ダ! 行くぞ、アホカゲ!」
ラフレシアが恐ろしいことを口走りながら、俺の首根っこを掴んで引っ張り出す。
ドSの彩羽に「なんか知らんけど婚約者ができましたぁ〜」なんぞ話そうものなら、どのような恐ろしい罰が執行されるのか想像しただけでも背筋が凍る。
思わず「待って、お願い、言わないで」と情けなく懇願してしまった俺を、いったい誰が責められよう。
そもそも「これは俺が悪いのか?」という疑問もあるのだが、今はそれすら言うべき時ではない。
感情的になった女性に、理性で論じても逆効果なのだ。
「秋景君、私の道場は『D−三塔』の二百五十五層にある。次に会う時は、好きなだけ揉んでいいにゃ?」
シメオネだ。
こいつ、完全にシメオネだ。
見た目こそ大人クールの女性だが、しっかりシメオネのルーツを感じる。
ということは、どこかにラスターやフェリシモの元となった人もいるのだろうか。
そう考えると、何故か俺の頬を緩むのだった。




