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夢現の境界線(6)

「わかりやすく例えると、壊れていた記憶のBツリーが少しずつ修復しているってことかしらね」

 眼鏡に白衣姿という、いかにも美人科学者風の格好をした七夢さんが、指を一本立てて説明をする。

 空間投影ディスプレイを使っているので、まるで目の前にいるようだ。


「なぁなぁ、これ下から見たらパンツ見えるの?」

 好奇心旺盛な俺が、隣で何かを調べているラフレシアに対して、少年のように瞳をキラキラとさせて聞いてみる。

 もちろん小声でだ。

「んなわけないダロ。変な角度で見ようとすれば、自動でオブジェクトが消えるだけダ」

「なんだ、つまらん」

「発情期カヨ」

 呆れられるラフレシアに、まぁそうだよなと納得してみせる。


「は〜い、七夢さん。その例え、わかりづらい」

 シャワーから出てきた彩羽が、ベッドの上で美しい黒髪を手入れしながら質問をする。髪の手入れなどしないラフレシアと違い、なんだかちゃんとした女の子だ。


「明是くんの脳はナノマシンで修復されたのだけれど、事故以前の記憶は失くしたままなのよね。まぁ正確に言えば、記憶自体はどこかにあるのだけれど、どこにあるのかを忘れてしまっているの。長期抑圧という現象が起こって、シナプスのつながりが弱くなっているのね」


 俺には、やはり難しく聞こえる。

 そんな俺を見て、ラフレシアが説明を付け加えた。


「長期抑圧っていうのはダナ……チェストに服をしまったんだけど、どの引き出しにしまったのかを忘れた状態ダ。アキカゲの場合は、どんな服(=記憶)があったのかも忘れてしまっているが、服自体は確かにチェストの中にあるンダ。だから今回のは、何かの拍子で引き出しが開いて、忘れていた服(=記憶)が出てきたって感じダナ」

「おぉぅ、わかりやすい。さすがラフレシア」


 つまり俺は、記憶自体はどこかにあるのだが、それを引っ張り出せない状態にあるようだ。

 しかもその記憶の内容を忘れてしまっているため、紐付けがより難しくなっているということだろう。

 何かの拍子ってのは、ダイブしたことが関係しているのかもしれない。


「ダイブシステムは、脳と電気信号でやりとりをするの。それがシナプスのつながりを強くして、長期増強のきっかけになったのかもしれないわね。もしかしたらドリフターのダイブ適正が高い理由も、何らかの形で関係しているのかもしれないけれど」

 七夢さんはそう言って、持っていた資料を誰かに手渡す。

 たぶんすぐ側に、小泉乱歩がいるのだろう。

「あなたがダイブをした時に、何らかの作用で『シナプスの長期増強現象』を引き起こしているのだとしたら、それは大きな発見になるわ。もしまたダイブすることで記憶が戻るようなら、その関係性を記録して論文を提出しましょう。もしかしたら、研究対象として公にダイブさせられるかもしれない。今みたいなフラジャイルとしてではなく、サルベージャーとして、ね」

 それは、公式でダイブできるってことだ。

 そうなれば七夢さん達サルベージャーチームの強力なバックアップも受けられるし、もっとハチ子を探しやすくなるだろう。


「ダガ現状は非公式で、ダイブ禁止ワールドである斑鳩に侵入するしかナイ。それは変わらないダロ?」

 ラフレシアの言葉に、七夢さんがそうねと答える。

 どうもラフレシアは、俺が公の立場でダイブすることに不満があるようだ。


「いずれにしても、現状では確かなことは言えないわ。記憶については、もう少し経過を見ていくしかないわね。それから、その……長月白露の件ね」

 七夢が空中で指を滑らせると、AR上でキャラクターシートのような物が映し出されてきた。

「長月白露自体は、紛れもなく斑鳩内の『泡沫の夢』ね。ただし、外部から侵入したプレイヤーが乗っ取っていないとは言い切れないけれど」

「言い切れないのか? あそこには、入れないんじゃないのか?」

「普通、入れないわよ。そこの『ラット・ゴースト』だって私をマークし続けて、私が作ったドアから侵入したわけだし」

 七夢がちらりと、ラフレシアに向けて目を細める。

 一方のラフレシアといえば、鼻歌交じりに風船ガムを膨らませいた。

 見ようによっては、挑発しているようである。


「かの『ラット・ゴースト』ですら、そうしなくては入れなかったのよ。あなただって、私の手引があるから入れているの。でも、あなたがハチ子さんを斑鳩に飛ばせたという事実も忘れてはならない」

「つまりドリフターの資質があれば、あり得なくもないということか?」

「そうね。どちらにしても『泡沫の夢』が、『リポップ』なんていう言葉を知っているわけがない。例えば、誰かに聞いたとか……」

「誰かって、白露が他のプレイヤーに聞いたってことか?」

「或いは……ハチ子さんに、とかね」


 ハチ子に?

 いやしかし、それならば一応だが筋は通る。

 だとすれば長月白露は、刀華の仇敵である妖魔軍の将軍『幻影剣の綾女』と面識があるということにもなってくる。

 それが『刀華との旅の同行』を希望した事と何か関係があるのなら、いよいよ問題だらけだ。


「あーにぃ、それってひとつの仮説としてだよ。でもこれで、あーにぃの目的もはっきりしたね」

 彩羽が笑顔をみせて続ける。

「長月さんを連れて刀華ちゃんについていけば、いつかきっとハチ子さんに会えるってことだよ」

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