表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/505

夢現の境界線(2)

 ここは本当に現実世界なのか──


 それとも微睡(まどろ)む夢の中なのか──


 その境界線はいつも曖昧で──


 故に忘却された真実は──


 夢現(ゆめうつつ)の世界に今も眠っている──





「アキ〜、置いてくぞ〜」


 宇宙港の出発ロビーで荷物を預け終えた親父が、大きく手を振って呼びかけてくる。


「待ってよ、父さん」


 ちょっとした待ち時間に彩羽へのお土産を探していた俺は、慌ててそれを切り上げた。


 月面リゾートは、塔の中でも“高層階の住人”しか行けない憧れの場所だ。

 いわゆる“お金持ち限定”の娯楽施設である。

 俺がこれから行くところは、そんな場所だ。

 だからといって、別にうちが裕福なわけではない。

 たまたま親父が“月面リゾートの宿泊券”を当てただけだった。


「土産なんて、向こうで買えばいいだろ?」


 親父の意見は、もっともである。

 ただ、この船から出たことがない俺にとって宇宙港は初めてなわけで、高ぶる気持ちを抑えられないのである。

 十八歳の男子にとって、これはちょっとした冒険なのだ。

 だから「幼馴染の彩羽にお土産を……」と、浮かれて土産物屋に飛び込んだ俺を誰が責められよう。


 ちなみに彩羽は十四歳になったばかりで、まだあどけなさが抜けない妹のような存在だ。

 あの年頃の女の子が何を貰えば喜ぶのか、俺には皆目見当がつかない。

 やはり定番のチョコクランチとかでいいのだろうか。

 もしスペースバスの模型なんて買っていったら、思いっきりジト目を向けてくるだろう。


「アキ、何してるの? お父さん行っちゃうわよ?」


 今度は母親に呼ばれてしまった。


「わかったってば」


 まぁ親父の言う通り、お土産なんて月面リゾートに着けばいくらでも売っているだろう。

 なにも今から探す必要はない。

 それでも俺は、後ろ髪を引かれる思いで土産物に視線を送り、両親の後を追って出発ゲートに向かった。





 スペースバスは、他の移民船や月面への移動に利用される小型宇宙船だ。

 定期便などはなく、予約定員制でしか運行していない。

 そもそも移民船では、ほとんどの住人が自分の生まれ育った船で生活をし、一生を終える。

 普通の住人は、他の船に行く必要がないのである。

 そのためスペースバスを利用するような人種は、高階級で政治的な仕事をしているか、腕利きのエンジニアか、よほどの金持ちかのどれかだ。

 つまり俺みたいな一般人が、こうしてスペースバスの豪華な椅子に身を預けること自体、奇跡に近いのである。


「アキ、本当に通路席でいいのか? 窓際のほうが色々見えるぞ?」


「子供じゃないんだから、今さら外見てときめくかよ。夫婦水入らずで座ってろよ」


 俺が呆れて返す。

 スペースバスは窓際に二席、通路を挟んで中央に二席、そしてまた通路を挟んで窓際に二席という造りになっている。

 それが八十列ほど並んでいて、俺がいるのはその最前列である。

 席は一席一席が独立した造りで、フルにリクライニングすれば快適なベッドになるだろう。

 これに寝そべり、ゲームでもしながらお菓子をつまめるとか天国である。

 ぜひとも親父殿と母上様には窓際で仲良く座っていただき、俺は俺だけの贅沢な時間を心ゆくまで楽しみたいものだ。


「お前は、母さんと窓際に……」


 右の通路から、ナイスミドルな男の声が聞こえた。

 うちと似たような会話だ。

 どうやらお隣も、三人家族らしい。

 たしか、俺たち以外は普通の乗客のはずだ。

 つまり“高階層に住む金持ち”ということである。


「いいよ。お父さんはお母さんと座って。私は、こっちで大丈夫だから」


 朝露のように澄んだ声だった。

 無意識のうちに、視線を向けてしまう。

 そこには深い紺色の髪を肩まで伸ばす、凛とした雰囲気のお嬢様が立っていた。

 歳は同い年か年下か、といったところだろう。

 フレアシルエットの可愛いワンピースに身を包んでいて、スタイルの良さが後ろ姿からでも見て取れた。

 あまりにも可愛いくていつまでも見惚れていると、やがて彼女も俺の視線に気づいてしまう。

 あせった俺が慌てて頭を下げると、彼女はとびきり素敵な笑顔を返してくれた。


「お隣、よろしくお願いしますね」


挿絵(By みてみん)


「お、おぅ」


 彼女から澄んだ瞳を真っ直ぐに向けられ、思わず言葉をつまらせる。

 俺なんかにかしこまるとか、どんだけ良いとこの娘なんだ。


「あのさ、席に面白そうなゲーム入ってたから、あとで一緒にやらない?」


 今度は彼女が、少し驚いた表情を見せる。

 軽率だっただろうか。

 それでも月までの道中、お話くらいはしたいのだ。

 俺がしばらく返事を待っていると、彼女はやわらかな笑顔を浮かべた。


「どんな、ゲームですか?」


 彼女は嫌がる素振りも見せず、嬉しそうに返事をしてくれる。

 控えめに言って、とても良い娘である。


潜入(スニーキング)ミッションもの。敵に見つからないように潜入して、目的を達成するみたいなやつ。潜入が苦手なら、派手に敵を殲滅してもいいんだけどね」


「潜入なのに、全員倒してしまうのですか?」


 少し引いている。

 どうやら本当にお嬢様らしい。

 家ではあまり、過激な内容のゲームを遊ばせてもらえないのだろう。


「いや、そこは自分に合ったプレイスタイルで大丈夫だよ。誰も殺さず、誰にも気づかれずっていう遊び方もあるし……どちらかと言えば俺もそっちの方が得意だし、よかったら教えようか?」


「誰も殺さず任務を遂行……スパイ映画みたいで良いですね、それっ! ぜひ、教えてください」


 思いのほか食いついてきた。

 スニーキングプレイが好きとか、ますます俺と気が合いそうだ。

 彩羽がやると、いつも正面から派手にロケット・ランチャー撃ちまくりの“火力ゴリ押し脳筋パワープレイ”だからな。

 あいつは潜入ゲームの美学ってのを、わかっていない。

 忍者のように道具や知恵を駆使して、音もなく潜入し立ち去るのが美しいのだ。

 ……それにしても、この娘。

 月までの短い時間とはいえ、旅のお供に最高の相手じゃないか。

 俺はこれから二人で冒険を始めるような感覚に、思わずニヤニヤとしてしまった。


「ブランケット、母さんの分を借りてくるけど……」


 彼女の父親が立ち上がり、声をかけてくる。


「綾女もいるか?」


 彼女はそれに頷いて応えると、ようやく席につき、もう一度俺に笑顔をむけてくれたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ