長月白露〈16〉
ちょっと短いですが、白露編終わりです
「強いな、旦那。その技を説明できない理由は、記憶がないことと関係してるのかい?」
白露は胡座をかくと、ひょうたんに直接口をつけて酒を流し込み始める。
「そんなところだね。体に染み付いた技は出せても、どこでどうやって習得したのかまでは思い出せない」
俺は腕を組んで塀に背を預けると、視線だけを白露に向ける。
さて、なにを話すべきかだ
リポップという言葉について聞いてみるか?
あれは完全にゲーム用語だ。
いやしかし、今さらそれを蒸し返すこと自体が不自然か。
白露は俺のことをアウトサイダーだと思い、わざとゲーム用語を使って揺さぶりをかけている……と仮定する。
その場合、俺がリポップという言葉に疑問を持った時点で『その言葉を知っている』疑いがかけられる。
白露に「なぜリポップという言葉だけが、そんなに気になるんだ?」と聞かれたら、俺は最適な答えを返せないだろう。
食えない男だ。
一方的に揺さぶりをかけてきて、俺からは触れられないという状況を作ったのである。
この先にあるのは、相手のボロを引き出す腹の探り合いだ。
ここは無難なことから聞いていくしかないだろう。
「白露のおっさんよ。勝ったからには色々と聞かせてもらうぜ。まず、あんたの流派は何だ?」
「まぁ、仕方あるまいな。儂の流派は一心十鉄流という」
やはり聞いたことがない。
この世界において、俺の知識の無さは致命的だ。
「これでも正当な後継者だったんだが、後継者争いが起きてな。嫌になって逃げ出したのよ」
話しながら膝を叩き、豪快に笑い出す。
「責任を持つとか、どうにも堅苦しくてかなわんのだ。以来、浪人として素性を隠し、フラフラとその日暮らしをしていたのだが、これが存外に楽しくてな」
「まぁ、なんか分からなくもないが……」
「だろぅ? で、そんな中だ。儂と同じ境遇……とはとても言えんが、十月紅影流の後継者である刀華の嬢ちゃんが現れたわけだ」
後継者という役目から逃げた白露と、後継者として道場の再建に燃える刀華。
同じ後継者という境遇に何かを感じ、興味を持ったといったところか。
俺たちに着いて行きたいという理由としては、充分かもしれない。
「そうか。まぁ刀に関しては、アンタから刀華に謝罪込みで返してくれ。旅の同行についても、アンタから聞いてみればいい。俺がとやかく言うことじゃないしな。どう判断するかは刀華に任せよう」
「秋景の旦那は懐が深いねぇ」
「その代わり、俺たちが手合わせした話はするなよ。俺については、今後も“弱い”ままだ」
「それが旦那の条件って訳かい?」
白露が、顎に手を当てて首を傾ける。
「俺はまだ自分の実力を把握できていないし、周りの強さっていうのもよくわかっていない。そんないい加減な状況で、刀華に誤解を招くようなイメージを植え付けたくないんだ。変に期待されても困るだろ?」
「ふむ。確かに第一の門下生として期待もしているだろう。その上、旦那の強さが本物となれば、あの嬢ちゃんは勝手に舞い上がるであろうな」
そう言って豪快に笑う。
この男はこの辺の話が早くて助かる。
「あとな。俺はこれから数日、野暮用で遊郭に出かけなくちゃならない。アンタはその間に、刀華と話をつけておいてくれ」
「旦那も好きだねぇ」
「変なこと言うな。そういうんじゃない。遊郭でアンタの情報をもらった時に、交換条件で野暮用を頼まれたんだよ」
もちろん、それは嘘だ。
俺が安全にログアウトするには、太夫の部屋がうってつけなだけである。
「相わかった。儂も負けた身、深くは聞くまいよ。旦那の言う通りに、ことを運んでみよう」
「まぁ頑張ってくれ」
俺は苦笑して、そろそろ町に戻ろうと付け加えた。
そして、また現実世界へ……
 




