長月白露〈9〉
ちょっと説明の入る回です。
ゆっくりしていいてね。
「次から次へと急展開をかまされて、俺は今とても混乱している」
腕を組み、思い切り眉をひそめてみる。
「まぁ、一週間以内にその辺のネズミなり猫なりをハックして入ろうかと思ってたんだケド、思っていたよりも早く七夢が介入してきたからナ。これはチャンスだ〜って、ハッキングを仕掛けたのさ」
アルフィーが、さも愉快そうに笑う。
キャラをコンバートさせたということは、能力値は前のアルフィーと変わらないはずだ。
しかし今の見た目は、完全に『くノ一』である。
忍ぶ気なんてさらさらないド派手なピンクの忍び装束は、これでもかというほど露出を高めている。
ニーソのような網タイツで作る絶対領域など、俺の性癖を知っての狼藉だろう。
「どうだ、コレ。こっちでは忍者にしてみたんだ。アキカゲ、こういうの好みだろ〜?」
アルフィーが満面の笑みを浮かべながら、短めのスカートをヒラヒラとさせる。
「うりうり、見てみろ、アキカゲ〜」
確信犯である。
戦隊ピンクで露出くノ一とか、モロ好みである。
視線誘導に抗えるわけがない。
封印していた直視の魔眼が発動してしまうというものだ。
「めっちゃ見てくるな、アキカゲぇ〜」
「…………」
「ヲイヲイ、アキカゲ、見すぎだゾ♪」
「…………」
「アノゥ、アキカゲ?」
「…………」
「そんなに見られたら、さすがにちょっとハズカシイんだケド……」
アルフィーが急に顔を赤らめて、スカートの裾を押さえ始める。
「なんだよ。見てほしいから、そんな格好をしてると思ったんだが? 本人の同意のもと直視してたんだが?」
「相変わらず清々しいな、アキカゲは……凄いことを言ったぞ、いま」
「アバターはアバターであって本人ではないから恥ずかしくない……とか言ってなかったか?」
「そうなんだケド……アキカゲだと、ちょっと恥ずかしくなるみたいダナ」
アルフィーとして演じてい間は大丈夫なんだろうが、ふとした瞬間にラフレシア本人の羞恥心が溢れてしまうんだろう。
そこも含めて、ご馳走様である。
人族の羞恥の感情、極めて美味である。
「そういうの、もっとちょうだい」
「悪魔カヨ。それで、アキカゲ。利用する泡沫の夢の目星はついたのか?」
「ん? あぁ、もう一緒に行動してる。色々と聞きたいことがあるんだが」
「まぁ待て、アキカゲ。まずはオレの説明が先だ」
アルフィーが、仁王立ちのまま話を続ける。
「現段階でわかったことはダナ……この世界には防衛と討伐を行う『グランドクエスト』というものがあるらしい。定期的に起こる妖魔軍からの侵攻に対して『タワーディフェンス』をするみたいダナ」
「タワーディフェンスだとぅ〜?」
思わず目を細めてしまう。
タワーディフェンスとは、領地に侵入してくる敵を迎え討つゲームのことだ。
ゲーム内では大抵、ウェーブと呼ばれる単位で戦闘が区切られている。
第一ウェーブで敵が入口に現れ、目的に向かって進軍してくる。
それらを殲滅すると第二ウェーブが始まり、また敵が現れる。
このウェーブを何度か繰り返し、敵が目的地まで到達することを阻止することができたならクリアだ。
「あれ系、超苦手なんだが……」
「安心しろ。タワーディフェンスは、羅喉が定期的に行う予定だった集団戦イベントだ。最果ての斑鳩が七夢の管理化にある今、タワーディフェンスが行われることはないダロ。この世界の骨格を説明するのに、必要な情報だったダケだ」
「骨格?」
「そうだ。ここのワールドマップは、妖魔軍を取り囲むカタチで構成されているんダ」
アルフィーの話をまとめると、こうだ。
ある日、世界の真ん中に魔界へと通じる穴ができた。
人族はそこから出てきた妖魔軍を封じるために、巨大な囲いの防壁を造った。
この防壁は『円環の檻』と呼ばれ、人族にとって重要な防衛ラインとなった。
円環の檻には必ず一箇所だけ、大きな門が設置される。
人族は戦力を整えると門から中に進軍し、内側にまた防壁を造るのだ。
そうして幾重にも円環の檻を造り、最終的に魔界へと通じる穴を封じることがこのゲームの目的だ。
もちろん妖魔軍も、外側に向けて門を攻めてくる。
それがタワーディフェンスイベントとなるのだろう。
現在円環の檻は六つあり、いま俺がいるエリアは『第三の円環の檻』と呼ばれているらしい。
三番目に造られた防壁の外側という意味だ。
門を抜けて内側に進むほど敵は強くなり、世界観も変化していく。
刀華が話ていた『中央』も、壁を一枚隔てた内側のエリアにある。
そこはもっと、中華風の世界観になっているそうだ。
「防壁で囲っていると言っても、どこからか妖魔軍が抜け出てくるらしいから気をつけろヨナ」
「壁の意味あんのか、それ?」
「出れても雑魚が数十匹だから、討伐できてるんダロ。まぁ〜壁外でのサブクエみたいなもんダナ」
雑魚……なのか?
少なくとも刀華の両親は、妖魔軍の将軍に殺されている。
もし『幻影剣の綾女』が本当にハチ子なら、テレポートダガーで防壁を無視して出てこれるが……しかしハチ子が、人を殺すとも思えない。
彼女は“不殺の暗殺者”だ。
誰よりも優しい彼女が、そんなことをする訳がない。
「この世界に亜種族は、ほぼ存在していない。プレイヤーが選べるのは人族ダケだ。それから戦闘に関わる主なクラスは、侍、忍者、拳法家……それから女性限定職の巫女、男性限定職の陰陽師だ。あとはそこから、流派やら何やらで習得できるスキルが別れていく。巫女は傷を治せたり精霊を呼び出せる『プリースト+シャーマン』で、陰陽師は『ソーサラー』として認識しとけば問題ないダロ」
「ほうほう。ちなみに、俺は忍者なのか?」
そうだ。
俺はまだ、自分が何なのかすら把握できていない。
どのスキルも使えているのだが、一閃は相当パワーアップしていたりで、全てが前と同じというわけではないようだ。
「レーナでのアークをコンバートしたからナー。アークはもともと忍者だったが、終盤は侍の特性も持っていた。おそらく七夢が『一閃』を習得させた時に、魔改造したんだろうナ」
「うぇ、マジで? いつの間にチートキャラに……」
「他ゲームの奥義技でもある『一閃』を使えるようになった時点でチートだ、チート。んで、そのままコンバートしたから『忍者侍』で、超・チートだ。しかもアキカゲは自力で格闘術を習得したし、ここでも体現できるから、今や鬼チーターなんダゾ?」
「なんか、この世界の住人に申し訳なくなってきた……」
「だから目立つ行動はするな、と言っておいたハズだ」
「わかってるよ、ちゃんと弱いふりして地味にしてるさ」
「まぁアキカゲは基本、地味だからナ」
「スカートめくるぞ、この野郎……」
まぁハチ子を救うための近道になるなら、ある程度のチートも受け入れるしかない。
目的はクリアすることではないんだからな。
とっととハチ子を見つけて、おさらばだ。
「さっき七夢が話した通り、オレや七夢のような“ドリフターの素質がない世界の外側の人”は、この部屋の中にしかログインできない。オレ達みたいな異物は、外に出たら記録に残るからな。電脳世界に特殊な適応力を持つドリフターだからこそ、痕跡無しでコンバートが出来るわけだ。それでだな、オレなりにアキカゲのドリフト現象を解析して、ちょっと助けになるかもな物を造ってきたんダ」
俺が首を傾げると、アルフィーがどこからともかく指輪をひとつ取り出す。
「これはドリフターの力を利用して、人為的に夢幻の転生を行うための道具ダ」
「夢幻の転生?」
「チョー簡単に言ってしまえば、アキカゲがレーナで出会った泡沫の夢を、助っ人として一時的に呼び出せる道具ダナ」
そう言って、アルフィーがニヤリと笑った。




