長月白露〈8〉
秋の夜長にラブコメをどうぞ
「どう? どう? 美しいでしょ?」
やたらとはしゃぐ南無子、改め、七夢子。
ツインテールに絶対領域で、中身は十五歳の女の子だと嘘をついていた頃が、今となっては懐かしい。
実際は最近若い彼氏ができた二十五歳の女性なんだから、なんだか複雑な心境だ。
「この世界にメガネなんてあるのか?」
「ないわよ。だから作ったんだし」
「あぁ〜、乱歩の趣味か」
七夢子がウッと口をへの字にし、耳の先まで赤く染め上げていく。
わかりやすくて助かる。
「その花魁的キャラも、乱歩の趣味なわけ?」
「そっそんな……きっ、着物を見てみたいって彼が……言うから」
消え入りそうな声で答える。
わかりやすくて助かる。
「えっ、なに。君たち二人はVRの世界で、そういうプレイを致すわけですか?」
「しっ……ない……からぁ」
わかりやすくて助かる。
「んで、何しに来たの? ハチ子さんを見つける方法でも思いついたの?」
「それは無理よ。紐付け出来てないドリフターを見つけることなんて、できないわ。そもそも別のアバターに入り込む可能性だってあるんだし」
「そうなの?」
「ほとんどのケースが痕跡なしでキャラごと移動するんだけど、理論上は“泡沫の夢”をハッキングすることも可能なはずよ」
もしそうなったら他の探し方も考えねばならないが、今は刀華から仕入れた『幻影剣の綾女』が一番有力な情報だろう。
「なんかよ、妖魔軍の将軍とやらに『幻影剣の綾女』ってのがいるらしいんだけど」
「綾女?」
「戦い方の特徴がさ、まんま残像のシミターと魔法のワンピースなんだよね」
七夢子がキセルをトントンとし、何かを調べ始める。
おそらく彼女の目の前には、コンソールが映し出されているのだろう。
現実世界で言うところの、ARを起動している状態だ。
こうして見ると、彼女はたしかにこの世界を管理する者=ゲームマスターである。
「うぅん、グランドクエストに関係するキャラなのかしら。妖魔軍とかいう勢力については、羅喉のシナリオ製作者にしか触れられないようになってるみたいね。閲覧することすらできないわ」
「なんだそれ。何とかならないのか?」
「セブン・ドリームス・プロジェクトで買い取ったゲームのシナリオ製作者ってね、自分の作品が世に出る前に奪われたって考える人が多くて、クエストに複雑なロックを掛けたりするのよ。おかげで管理者権限を持っていても、弾かれたりするのよねぇ」
「なんだよ、ぜんぜん駄目じゃん。何しに来たんだよ」
「ちょ、ひどくないっ!?」
肝心なところで役に立たないあたり、相変わらずの七夢子である。
やはりハチ子については、自分で探すしかないのだろう。
「そもそも最果ての斑鳩を使う予定がなかったから、私もまったく調べてないのよ。これからここを拠点にして、色々と調べるつもりだからね♪」
「ここを拠点にって……なんで遊郭なわけ?」
「もともと遊郭は、プレイヤーが入れない区画なのよ。だから、この中の様子も記録されてないの。きっと羅喉は、全年齢対象にしたかったんでしょうね」
「記録が残らないから、管理者権限を持つ七夢子が好き勝手出来るってわけだ」
「そういうこと〜ってわけでぇ、私とは各町にある遊郭で会えるわよ♪」
現実世界との連絡手段として、ここを使えということか。
たしかに良い案だが、そんなにチョクチョク遊郭へと足を運んでいたら、いつか刀華に白い目で見られそうだ。
ここに来るのは、外部からの助けが必要な時だけにしたほうがいいだろう。
「この私が来たからには、もう大丈夫。これからは大船に乗ったつもりで……」
七夢子がドヤ顔でふんぞり返った、その時だ。
『なるほど、なるほどナ〜♪』
また唐突に、俺の背後から声が聞こえた。
振り向くとそこには、直視できないほど眩しい『光の扉』が生まれていた。
『プレイヤー侵入制限区域とは考えたな〜』
光の中から色白な手が、にゅっと現れる。
『たしかにここなら、記録には残らないナ。気兼ねなくコンバートできるゼ』
今度は白い足が、にゅっと伸びてきた。
『七夢のことだから、きっとまた管理者権限の効いたプライベートエリアを作ると思ってたんだ。オレはずっと、この時を待ってたんだゼ』
最後に現れたのは、白い髪だ。
俺はその顔に見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。
「なによ、アンタ……不躾な客は、ご退場願うわ」
七夢子がキセルをぽんと叩く。
しかし悲しいかな、何も起きない。
白毛の女は、ニヤニヤと笑うばかりだ。
「こ、このっ、強制ログアウトしろっ!」
今度は焦りの表情を浮かべながら、何度もキセルを振る。
が、結果は同じだ。
それはまるで魔法を使えなくなった魔法使いが、詠唱のポーズだけをむなしく取っているかのようだった。
『ざまぁ、ざまぁ〜ダナ♪ 管理者権限ごとハッキングさせてもらったぜ♪』
わなわなと震える七夢子に対して、白毛の女は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
『お邪魔な管理者には、ご退場願おうか。再見♪』
次の瞬間、七夢子の姿がフッと消えてしまう。
「待たせたな、アキカゲ!」
そこに現れたのは、くノ一姿のアルフィーだったのだ。




