長月白露〈7〉
徐々にラブコメモードへ……
ワンドリンク推奨、どうそ
刀華と別れた俺は、この町唯一の遊郭へと足を運んでいた。
潜入任務とか忍者としては燃えるのだが、しかしまぁこんなところに忍び込んだら、ただの覗き野郎になっちまうだろう。
ジト目を向けてくる彩羽の可愛らしい表情が、鮮明に浮かぶ。
ちょっとした彩羽ロスだ。
イロハスと名付けよう。
しかしやはり、ここには客を装って入るしかなさそうだ。
そもそもゲームにこんな施設を作っていいのかって話だが、まさか如何わしいサービスなんぞしてないだろう。
いや、最果ての斑鳩が全年齢対象として開発されたかまでは、俺も知らないわけだが……
「お・に・ぃ・さん♪」
とりあえず一番大きそうな店を見上げていると、艶やかな着物姿の女性に話しかけられた。
おそらくは客引きだろう。
ここでいきなり「紅鞘の刀を持った浪人を知らないか」などと聞き込みを始めたら、煙たがられること間違いなしだ。
「よってくかい? それとも、もう誰かお気に入りはいるのかい?」
いかにもな色気を振りまく大人の女性が、艷めかしく目を細めてくる。
ちょっとフェリシモ姉さんを彷彿させるものがあり、本能的に敵わない相手だと感じてしまう。
「いや、初めてだ。太夫的な人とか指名できるのか?」
何も知らない風にいけしゃあしゃあと言ってのけると、女は心底呆れた表情を返してきた。
「あんた、随分と肝っ玉が座ってるねぇ。そんなもの、一見さんが簡単に口にするもんじゃないよ?」
「どうせなら、一番ってのを見てみたいだろ?」
「そういう問題じゃないんだよ。でも、あんた……」
女がまじまじと、俺の全身に視線を這わせる。
やがて口に手を当て、ゆっくりと首を傾げた。
「その変わった風体といい、もしかして……ねぇ?」
「なんだ?」
「いや、変なこと聞くけどさぁ。あんたの刀、なんてぇいうのかぁねぇ?」
刀の名前……おかしなことを聞いてくる。
まさかこの女も『紅鶴一文字』を探しているのか?
まぁ俺の刀のことくらい話したところで、問題はないだろうけども。
「名前って聞かれると無銘としか……あぁ、いや、この刀を作ったのはナムって人だけどな」
そこで女が手をパンと合わせる。
「ダマスカスだね!」
驚いたのは俺だった。
なぜその名前を知っているんだ、と一気に警戒心が高まってしまう。
ダマスカス刀は、この世界にもあるということか?
「あんた、運がいいね! うちの太夫が探しているのは、きっとあんただ!」
「いや、ちょっと待て」
「部屋に通すように言われてんだ。よっといでよ!」
「ちょっと待てって!」
「なんだい、怖気付いたのかい?」
思わぬ展開に、むぅと唸る。
何かの罠なのか……いや、むしろ好都合と考えるべきか。
虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。
「だぁ〜わかった、俺も男だ。案内してくれ!」
「あはぁ〜そうこなくっちゃね。まいどぅ〜♪」
ここは飛び込むしかないだろうと半ばやけくそ気味に言うと、女は嬉しそうに俺の腕を引っ張り始めた。
俺が通された部屋は三階にあって、例えるなら天守閣のような場所だ。
三階には他の部屋がなく、いかにも特別許可がないと足を踏み入れられない感じである。
部屋の中はきらびやかで、豪華な調度品が目を引く。
「いま太夫に確認したよ。間違いないそうだ。もう少し待っておくれよ」
「間違いない? 俺で?」
「あぁ、そうさ。そもそも違ってたら、この部屋には入れないからねぇ」
「そうなのか?」
女は意味深な笑みを浮かべると、部屋から出ていく。
なにか会話に引っかかるものを感じるが、その違和感の原因までは分からない。
おそらく、俺を招いた理由にも関係してくるのだろう。
とりあえず足を崩し、刀を横に置く。
「お待たせ♪」
唐突だった。
全く気配を感じなかった。
その声は俺の背後から、何の脈絡もなく聞こえた。
とっさに刀を握ろうとすると、刀が見えない力で壁まで弾かれてしまう。
「無駄よ。この部屋では私が世界なのよ」
声の主が俺の横を抜けて、まっすぐに部屋の奥へと進む。
そして、ゆっくりとした動きで振り向いた。
そこには、先程の女よりも豪華な着物に身を包んだ美女が立っていた。
黒髪は複雑に結われていて、左手には細長いキセルを持っている。
そしてひときわ目を引くのが、知的な眼鏡だ。
というか、この世界にメガネなんてあるのか?
「やだ、見惚れてるの〜?」
「いや美人なのは認めるけどよ……この部屋では私が世界って何なんだ。ラスボスかよ」
「そうね。この部屋の中でなら、私はラスボスね。ここは月の目も及ばないから何でも話せるし、何でも生み出せるもの」
「月の目だと?」
女はにこりと笑うと、キセルをぽんと叩く。
すると次の瞬間、空間が歪み部屋が何倍にも広がっていった。
その異空間さながらな動きに、俺は声を失う。
「この部屋にだけ管理者権限を適用したのよ。あのハッカー娘にもできない、私だけの特権ね。ざまぁ、ざまぁ♪ 私のほうが凄いのよ♪」
よほど嬉しいのか笑みを堪えきれずに、小さくガッツポーズを何度もする。
そこでようやく俺は、彼女が何者か理解した。
「お前、七夢さんか!」
七夢さんは返事をするかわりに、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。
そしてドヤ顔のまま力強く頷くのだ。




