十月刀華〈7〉
旅の支度を整えると言ったものの、俺自身は手持ちの道具が何もなくすることがない。
ここがどんな世界なのか、どの程度の文明レベルなのかも分からないので、必要な道具の要求もしづらい。
遺跡へ冒険に行くわけでもないし、どうしたものかと途方にくれてしまう。
そこへ準備を終えた刀華がやってきた。
手荷物は少なめだ。
「準備は……そうか、貴公は持ち物が何もないのか」
「おう。野盗に襲われた時に手荷物は放り投げてきたからな」
「まったく……仕様のない男だな」
刀華が呆れてため息をつく。
こんな年下の女の子を前にして、なんとも情けない姿である。
「まぁ、なんとかなるだろうけど……飯とか火はどうするんだ?」
「数日分の陣中食を用意した。貴公の分もな。火はその辺の枯木で起こせばいい」
陣中食が保存食で、ランタンのような携帯用の灯りはない感じか。
洞窟や遺跡の探索がなければ、それでいいのかもしれない。
「道中に宿場町がある。そこで陣中食も補充もできよう。それよりも、あれは貴公の持ち物ではなかったのか?」
刀華が道場の隅を指差す。
見れば、藍染の巾着袋がぽつんと置いてあった。
たしか俺が来た夜には無かったはずだが……
「某も今朝気づいたのだが、てっきり貴公の物かと……」
黙って中身を確認してみる。
シーブズツールに火口箱、見慣れぬ形の銅貨や銀貨はここで使う路銀だろうか……なるほど、ラフレシアの仕業だな。
俺がダイブした後に、急いで用意してくれたのだろう。
というか、ずっとモニタリングしていそうで怖い。
「あぁ、俺のだ。忘れていた」
俺がとぼけた口調で返すと、またしても刀華が「まったく……」と呆れて笑う。
「今日は雨が降りそうだ。道中、これを使うといい」
刀華がそう言いながら、手に持つ朱色の外套と、竹を薄く割いて編み上げた三角の笠を差し出してくる。
「父上が使っていた道中合羽と、深編笠だ」
「おい、それって……」
「気遣いは無用だ。こんなもの形見とは呼ばん。それに道具は、使ってこそ使命を果たせるというものだ」
そんなものだろうかと思いながら受け取るが、やはり少し気が引けてしまう。
「晴れてから出ればいいんじゃないか?」
「思い立ったが吉日と言うだろう。それに雑賀の街まで七日もあるのだ。雨など気にしてどうする」
刀華が四の五の言わずに着ろと、半ば無理矢理に道中合羽を羽織わせてくる。
朱色とか中々に派手なのだが、怪しげな真っ黒装備よりマシかも知れない。
「うむ、よく似合っているぞ。浮き名を流すやも知れんほどだ」
「それ、褒めてないだろ?」
「それほど良い男だと言っておるのだ。他意はないのだぞ?」
素直にそう言われると、こっちの顔が赤くなってしまう。
「では戸締まりをして出立しよう」
少し過保護な先生は、俺の姿を眺めながら満足気に何度も頷いていた。
俺がダイブした場所は、山間にある小さな町だ。
町と言っても、レーナ基準で考えれば村レベルの規模である。
そこから南へ七日歩けば、雑賀の街にたどり着く。
道中に宿場町が三箇所あり、それ以外は野宿をする予定だ。
野宿と言ってもこの世界にはテントや寝袋がなく、焚き火で暖をとり道中合羽で夜露を凌ぐといった原始的なものになる。
寺や水車小屋があれば屋根を借りることも出来るようだが、そう都合よくあるわけでもない。
そう考えると、文明のレベルはレーナほど高くないと言える。
石畳やガラスの窓がない時点で何となく予想はしていたが、これが中々に難題である。
何気ない会話の中でこの世界にない物を、うっかり口にしてしまいそうなのだ。
この点においてアルフィー・ラフレシアは、完璧な演技で隠していた。
鈴屋さんも会話の中でボロを出すということはなかっただろう。
七夢=南無子は……よく口を滑らせていたな。後半は隠す気すら失くなっていたし、いま思えば荒い演技だった。
最初の二日は宿場町もなく、雨にも見舞われて散々だった。
寝る時はせめて大きな木の下で雨宿りをと思ったのだが、雷が落ちると危ないと注意されてしまい、日が暮れた後に見つけ出した小さな水車小屋で雨を凌いだ。
二日目は街道から少し離れたところにある、人のいない古びた寺だった。
いかにも幽霊やモノノ怪が出そうな趣で、終始刀華が俺の道中合羽を掴んでいた。
眠る時も刀華の位置が妙に近かったのは、そういった類の者が怖かったのかもしれない。
そして三日目、俺達はようやく最初の宿場町にたどり着いた。
「ようやく旅籠で眠れると思うと、やはり嬉しいな。なにより湯屋に入れるのは嬉しい」
刀華は頗るご機嫌だ。
たった二日とはいえ、雨と泥と汗に汚れた体と衣類を洗えずにいたのだ。
俺は全身が魔法装備のため、ある程度時間が経過すれば勝手に汚れが落ちるのだが、刀華は大変である。
ましてや、まだ十六歳の女の子だ。
身なりも気になるお年頃だろう。
「夕飯は、さっき予約した旅籠で食えるんだろ? なら先に湯に入るか?」
「うむ。それがいいだろう。さて、どの湯屋にしようか」
そう言って刀華が、キョロキョロと湯屋を見比べ始める。
「風呂なんて、どこだって同じだろ。そこの入込湯ってところでいいんじゃないか?」
俺が指を差した先には提灯に『入込湯』と書かれた、小さな湯屋があった。
他の湯屋と違い、小さな提灯ってところがいい。
人の出入りも少なく、見るからに空いているのがわかる。
「き、き、貴公は……本気で言ってるのかっ!?」
それほど取り乱すことなのだろうか。
俺は人の多い大浴場よりも、こじんまりとした風呂に入りたいだけなのだが……
「駄目か?」
「だっ、駄目というか……いや、かわいいい門下生の頼みとあらば、某とて吝かでは……ないが……」
何故か顔を赤くする刀華。
一体何だというのだろう。
「あいわかった。そこの……その……入込湯にしよう」
そう言って何故か刀華は、気合を入れ直すのだった。




