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【原作小説版・完結済】ネカマの鈴屋さん【コミカライズ版・販売中】  作者: Ni:
【ネカマの鈴屋さん2〜夢現の転生編〜】
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十月刀華〈5〉

 風呂を終えた俺は道場にある縁側で座り、庭を眺めていた。

 なんと落ち着く光景なのだろう。

 あの『塔と階段ばかり』の宇宙船も住めば都だと思っていたが、自然が豊かで美しい仮想世界に入り浸っていたいという『フルダイブ・ジャンキー』の気持ちも理解できる。

 茂みから聞こえる鈴のような心地よい鳴き声が、郷愁にも似た感情を呼び起こす。


「こんなところで、涼んでいたのか?」

 俺があぐらをかいて浸っていると、寝間着姿の刀華がやってきた。

 手には、徳利とお猪口を持っている。

「今日は世話になった。もてなすつもりが、飯の支度までされてしまった」

「文無し、宿無しの身であるこの俺に、住処と風呂に飯まで提供されたんだ。先生には、恩義しかありませんよ」

「せっ……よしてくれ。こそばゆいのだ」

 少し気恥ずかしそうにしながら徳利を置くと、右手で着物の裾をそっと整えながら正座をする。

 刀華は、さりげない所作の一つひとつが美しい。


「秋景殿、一献交えましょう」

 ハチ子を想起させる言葉遣いに、思わずドキリと心臓を高鳴らせてしまう。


「如何した?」

 俺が黙っていると、少し不安げに首を傾げてきた。

「いや、急に名前で呼ばれたからさ」

「驚いたのか。今は貴公よりも、名前の方が良いと判断したのだ。このお酒は、親睦を深めるためだからな」

「先生は律儀だな」

「だから、その呼び方はやめろ。こそばゆいと言っただろう」

 そこで照れていたら、この先門下生が増えた時にどうするつもりなのだろう。


「昼間は某のことを、刀華ちゃんと呼んでいたではないか」

「あの時は門下生じゃなかったしな。なんて呼べばいい?」

 刀華がお猪口にお酒を注ぐ。

「皆の前では『先生』でもよいが、そうでなければ『刀華』でよい。貴公は年上の殿方なのだ」

 俺はお猪口を受け取ると、目の前で軽く掲げる。

「じゃあ、刀華と……俺は……まぁ好きに呼んでくれ」

「……では、これまで通り『貴公』と、『秋景殿』だ」

「んじゃぁそれで、乾杯」

 そう言って、喉に酒を流し込む。

 熱い感覚が喉の奥へと伝わっていく。

 刀華のぶんがないのは、まだ飲めないからだろう。

 一人で飲むのは何とも申し訳ない気分である。


「それにしてもな。昨日の夜中に会ったばかりの賊に対して、もてなしすぎじゃないか?」

「賊ではない。今は某の門下生だ」

 真面目な表情で言い返される。

「たしかに自分でも驚いているが……これが運命でなければ、なんとするのだ」

「だとしても、こんな得体のしれない男に気を許すのは、少しばかり時期尚早だと思うけどな」

「それほどまでに困っていたのだ……」

 刀華の声色が、わずかに揺れる。

「二年前、妖魔軍の将軍に某の両親と門下生が殺された話は聞いたな?」

 黙って頷く。

 妖魔軍について聞きたいところだが、それはあとでもいいだろう。

「あの頃……まだ未熟だった某は、父と親交の深かった『鳳月(ほうづき)流』の道場に身を置いた。それから父の流派『十月紅影(とつきべにかげ)流』を習得するのに二年もかかってしまった」

「それで道場を再建するために戻ってきたのか?」

「それもある」

 刀華が視線を落とし、拳をぎゅうと握る。

「しかし、それはまだ先の話だ。某には、やらねばならぬことがある」

 今度はキッと月を睨むようにして顔を上げる。

「某の全てを奪った妖魔軍の将軍を、この手で倒すのだ」


 仇討ちか。

 なぜに泡沫の夢である彼女が、これほど酷い仕打ちを受けてしまったのか。

 ただ普通に町民Aとして過ごしていれば、いいのではないのか。

 これではまるでRPGのクエストだ。


「ここから七日ほど南に行くと、雑賀(さいか)という街がある」

 決意に満ちた目で刀華が続ける。 

雑賀(さいか)の街では、妖魔軍を討伐するための『七支刀(しちしとう)』と呼ばれる剣術家を選抜する試験が行われている。そこで選ばれた剣術家は、七人の剣神のうち一人から奥義を授かり、妖魔軍の将軍と戦うことになる」


 試験……奥義の伝授……そして討伐。

 いよいよ話の規模が、道場の再建どころではなくなってきた。


「某はその試験を受け、奥義を授かり、この手で仇敵を討つ! 妖魔軍の将軍、幻影剣の綾女を!」


 刀華は拳を胸に当て、そう声を上げたのだ。

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