十月刀華〈4〉
その後、道場に戻った俺と刀華は屋根の修繕を行い、雑巾がけなどをして手入れを進めた。
作業をしながらいくつか会話もしたが、それほど深い話は聞き出せていない。
刀華も記憶を失くした俺に対し、配慮しているのだろう。
当たり障りのない、手探りのような会話ばかりだ。
そんなこんなで、あっという間に日も暮れてしまう。
「疲れただろう。湯の支度をしてこよう」
刀華はそう言って、薪を集め風呂場へと向かっていった。
ちなみにここの風呂は、俺にとって思い出深い五右衛門風呂だ。
あの時リアル七夢さんは、どんな思いで入っていたのだろう。
いつか酒でも飲みながら、思い出話に花を咲かせたいものだ。
「さて、ここは……やはりアレだな」
俺は台所へと足を運び、米を研ぎかまどに火をおこす。
「醤油と塩はあるな。あとこれは……ごま油っぽい感じか。それから……鶏と野菜を煮込んだ鍋の残り物、と。よしよし、卵もあるな」
今日の献立は決まった。
まずは水に野菜がつけられた桶からネギを取り出し、みじん切りにしていく。
鉄鍋に火を入れ、ごま油をひき長ネギをぶち込む。
軽く炒めたところで溶き卵も入れて火を通す。
今度はそこに炊けたばかりのご飯を入れて、火を強める。
ご飯を炒めたら醤油と鍋のスープを少し入れ、塩をつまんで全体に味をなじませる。
「上手にできました〜♪」
鈴屋さんが退院するまでの間、VR料理教室で料理を学んだ俺に死角はない。
そもそもレーナでも、簡単な料理はしていたからな。
俺は鼻歌まじりで鉄鍋から丸い和皿に盛り付けると、小ねぎをさっと振りかける。
特性チャーハンで胃袋ゲット作戦だ。
「すまない。食事の支度をしてくれていたのか?」
ちょうど刀華が土間に入ってくる。
「貴公は、随分と手際が良いんだな。少し見とれてしまったぞ」
「不思議と料理の記憶はあるんだ。さぁ、食べようぜ」
俺は両手に皿を乗せてとびきりの笑顔を見せると、和室へと案内してもらい用意された膳の上に皿を置く。
そう言えば、箸を使うのも久しぶりだ。
レーナには箸の文化が全くなかった。
俺や鈴屋さんが棲んでいる塔には亜細亜人が多く、下層の屋台にいけば箸が使われたりしていたが、それほど一般的ではない。
「これは、なんという料理なのだ?」
刀華が不思議そうに眺めている。
「チャーハンだ。ご飯に味をつけて炒める料理だな」
「チャーハン……初めて聞く料理だ。米に味をつけるのは、炊き込む時にするものだと思っていた」
そういえば、この世界は『和と中』の要素が濃いと聞いていたのだが、中華料理はないのだろうか。
それとも街によって、特色がガラリと変わるのだろうか。
「手を付けてもよいか?」
「もちろん。先に行ってくれ」
刀華が小さく頭を下げ、両手で箸を握り額に当てる。
「感謝と敬意を……」
どうやらこれが、この世界での『いただきます』らしい。
現実世界でも食事の所作や礼節は、文化によって変化する。
ラフレシアは何の意識もなく食べ始めるし、俺と鈴屋さんは『いただきます』と言う。
そう考えると文化レベルまで構築されたこの世界や、そこに生きる泡沫の夢という存在が、どれほど高度なものなのか再認識させられる。
刀華がチャーハンを、ひと口つまむ。
そして箸を口の中に入れたまま、目を何度もしばたたかせた。
無言のまま、もうひと口つまみし……やがて、ものすごい勢いで口の中へと運びは始める。
「感謝と、敬意を」
俺も刀華を真似て、箸をつける。
うん、味は上々だ。
しっかりとした鶏ガラや、胡椒が用意できれば満点だっただろう。
「うまいか?」
俺が苦笑しながら問いてみると、刀華が我に返ったかのように箸を止める。
そして、みるみると顔を赤くしていった。
「美味しい……思わず、一気に食べてしまった。これでは某が、大食漢みたいではないか」
「いいじゃねぇか、いっぱい食べれば」
「そ、某の胃袋は、殿方よりも小さいのだぞ!」
お腹に手を当てて反論する様が可愛らしい。
こうして見ると、普通の女の子なんだよな。
「お代わりあるぞ?」
むぅ〜〜と、刀華が唸る。
心のなかで葛藤しているようだ。
しかし、やがて諦めたかのように下を向き……
「お代わりを所望する……」
消え入りそうな声で皿を差し出してきたのだった。




