鈴屋さんと怪盗団!〈前編〉
導入部分です。
ウルトラライトにおとどけします。
「おい、アークさん」
夕刻前、まだそんなに混んではいない碧の月亭で、オヤジのところまで飲み物を取りに来た俺を、カウンター席に座っていたグレイが呼び止めた。
「アークさん、あんたがなぜか女にモテるってのはわかっているんだけどよ……」
なんだよ、馴れ馴れしいな……と、苦り切った表情で返す。
「……節操ってものはないのか?」
「何が言いたいんだよ」
「ほら、たまに来る凛とした綺麗な女性と、髪を二つ結びにしてる女の子……それにスズヤさん……そりゃあ、どれもこれもいい女だよ。だけどな……あの人はなんだ?」
グレイがあごを、くいっとする。
その先にはいつもの円卓に、鈴屋さんともう1人、二十代半ばの褐色の女性が座っていた。
真っ赤なアフロヘアーとダイナマイト過ぎるボディの持ち主、シェリーさんだ。
彼女は色々とインパクトが強すぎて、ここでも好奇の目に晒されている。
「いやな、たしかにスタイルは抜群だ。でもよ、いくらなんでも、ありゃ年上すぎるし、何より個性が強すぎないか?」
相変わらず失礼な奴だな。
たしかにシェリーさんは、個性が服を着て歩いているような存在だけど、きっといい女っていう部類に入ると思うぞ。
「あのさ……そういう関係じゃないから、あの人は」
「いやしかし、だな。あの席に座るのって、基本的にアークさんと仲のいい女の人ばかりだろ?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。そんなこと……あるな」
グレイの言う通り。チャレンジシートはともかく、あの円卓にやって来る俺の知人と言えば、女性ばかりだ。
でもさ、言い訳するわけじゃないけど……そもそも俺と鈴屋さんが並んでいる時はさ……世の男の視界に俺は映らないんだぜ?
そう考えれば、俺の知り合いに男が少ないってのは当然だろうよ。
「とにかく、あの人は仕事の依頼人だから。グレイの期待しているような関係じゃないよ。なんなら、紹介しようか?」
ワーラットだって黙ってだけどな……と、心の中で付け加える。
「いや遠慮しとくよ。手に負えなそうな感じがする」
ほほぅ。
極めて懸命な判断だ。
意外に勘がいいな。
「とにかくさ、そう言う事だから……妙な噂を立てるなよ?」
こうして釘でも刺しておかないと、また有ること無いこと言いふらかされるからな……これ以上いらぬ噂は御免被りたいぜ。
いやほんとに……あいつのせいで、いつか鈴屋さんから怒りの鉄槌を下されそうだ。
俺はとりあえずシェリーさんの分の飲み物を手に持ち、2人が待ついつもの円卓へともどっていった。
「あんたは気がきくねぇ」
シェリーさんが頬に手をつきながら、意味深に笑みを浮かべていた。
すでに俺が運んできたエール酒も、三杯目となっている。
彼女は陽気で豪快な、いかにもラット・シーの住人らしい性格だった。
今は整髪師をしているが、元は傭兵で、しかも相当な強者だったらしい。
ついでに、おかしな武器フェチという変人要素も持っている。
「で、どうだい? その髪型は気に入ってもらえたのかい?」
「んん……あ、あぁ……まぁ……」
頬をかきながら、ちらりと鈴屋さんのほうを見る。
鈴屋さんは、ほんのり頬を朱に染めて、眼をしばたたかせながらマグカップに口をつけていた。
「あんだよ〜、歯切れがわるぃなぁ。あたしの見立てだと、あのままベッドへ直行できるくらい、ドストライクだったはずなんだけどねぇ~」
あのぅ……鈴屋さんがものすごい困ってらっしゃるんですけど……
「なに、彼女~、お持ち帰られるほどの出来じゃなかったってわけぇ?」
「そんなこと……ない……です……けれども……」
うそ、ないのっ? 持ち帰ってよかったの?
い……いやいや……焦るな、きっと俺の勘違いだ。
「あぁ~、なるほど。そいつは純愛ってやつだねぇ……甘酸っぱいねぇ。まぁ、そういうのもいいよねぇ、若くてさ」
シェリーさんが遠い目をしながら、ぷかぁと煙草を吹かす。
「おい、色男さんよぅ~。しっかりエスコートしてやんな? 女に恥かかせるような男にだけはなるなよ~?」
「えぇ、俺? わりとエスコートする方だと、自負してるんだけど」
「ふぅ〜〜ん、へぇ〜~、そうかい? ほんとにそうかねぇ~? 一番肝心なところで、怖気づくタイプに見えるけどねぇ~」
「んなことないって!」
ムキなる俺に対し、何が可笑しいのかシェリーさんは腹を抱えて笑っていた。
「だってよ~あんたらキスすらマダなんだろ?」
んなっ!と言葉を詰まらせる。
「ほらみろ。男なら、あごクイの一つでもしてやれよなぁ。彼女は待ってるんだからさぁ……なぁ?」
あごクイって……そんな簡単にできるかよと、思わず鈴屋さんに目をやる。
すると鈴屋さんも、同じタイミングでこちらに顔を向けてきていた。
俺たちはそのまま目をそらすタイミングを逃し、2人して顔を赤くしながら、息を大きく呑み込んで見つめあってしまった。
「ほらぁ、脈あるじゃん~?」
「ちょ……ちょっと……もう、そういうのいいですからっ! 今日の依頼、何なんですか?」
たまらず鈴屋さんが、強引に話題を切り替える。
「あぁ、そうそう、そうだった。ちょっと、これ……見とくれよ」
そう言いながら、シェリーさんが胸の谷間から一枚のカードを取り出す。
「なんですか、これ」
鈴屋さんがそれを受け取ると、テーブルの上に置いた。
見るとカードには、抽象的な猫の絵が描かれている。
「最近レーナで噂になってる、キャットテイル怪盗団の予告状だよ」
「キャットテイル? キャットテイルって、ネコの特徴を持った人間の亜種族だよな?」
たしかネコ耳と尻尾がある、放浪衝動が強くて同じ住処に長く留まれない、ジプシーみたいな種族だっけ。
レーナでは、あんまり見かけないけど……
「この猫ども……あたしの得物をいただくって予告状を出してきやがったんだよ」
シェリーさんが、怒り任せにテーブルをドンっと叩く。
「そいつは命知らずな……」
本来、猫は鼠の天敵のはずだが……しかし、いくらなんでも相手が悪すぎるだろう。
シェリーさんの場合“窮鼠猫を嚙む”どころか、普通にかみ殺してしまいそうだぜ?
いや、そもそもさ……
「……得物って、アレですよねぇ?」
「あぁ、あんたの髪を切った“猫の爪”っていう……出すとこに出せば、けっこうな値がつく代物さ」
あの凶悪なハサミグローブ、猫の爪っていうのかよ。ちっとも可愛くないな……
「……んで、俺達に見張れって?」
「おうよ~。1人で寝ずの番なんて無理だからな」
まぁ、この前は世話になったしなぁ……と鈴屋さんに意見を求める。
「私はいいよ?」
「そか、んじゃ決まりだ」
「お、いいねぇ。そうこなくっちゃ!」
シェリーさんは、これ以上ない笑顔を見せながら、エール酒を一気に飲み干した。
そして「こいつはいい男だっ!」とやたら鈴屋さんに向かって連呼するのだ。
一方、鈴屋さんはと言うと……困ったような……見ようによっては嬉しそうな……複雑な表情を浮かべてそれに応えていた。
「じゃあ、今日からうちに来てくれよ!」
こうして俺たちは、シェリーさんの店へ再び向かうことになったのだった。
【今回の注釈】
・キャットテイル怪盗団……キャッツアイですねごめんなさい
・猫の爪……FFで登場するけっこう強い武器ですね。実際本気の猫の攻撃力は人のソレを大きく上回りますよ




