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爪痕〈12〉〜明是ルート〜【完】

挿絵(By みてみん)

「それで、二人は三ヶ月も一緒の部屋なわけ?」

 目を真っ赤に腫らした鈴屋さんが、ジト目を向けてくる。

「それは、さきほど説明した通りでありまして……」

「社会復帰支援プログラムでしょ? それくらい知ってるもん」


 怒っておられる。

 ラフレシアは俺の右側で、いつものように寄っかかりながらARで何かをしている。


「それで……その、さっきのはキスじゃないのは分かりました。でも、そういう問題じゃない思う」

「はい……」

「安心しろ〜鈴や〜ん。アキカゲはヘタレのままだ〜。どんなに誘惑しても、襲ってこなかったぞ」

「アルフィー、そのアキカゲっていうの辞めてほしいかな?」


 ラフレシアが、パンッと音を立ててガムを破裂させる。


「ここでは、ラフレシアと呼べ。あとアキカゲは、アキカゲだ。アキカゲが、そう呼べと言ったんだ」


 今度は鈴屋さんが、むぅと頬を膨らませる。


「キスされたからといって、もう彼女気取りか? 残念ながらアキカゲはヘタレだ。そこから先には、中々すすまないぞ?」

「おい、ちょっと待て」

「どんなに誘惑しても、襲ってこなかったからな。正真正銘のヘタレだ」


 そこは、よく我慢したと褒めてほしいものだ。

 二十一歳の男を前に十八歳の健康的な女性が、薄着で目の前をウロウロしたあげく、油断しきった姿でくつろぐのだ。

 加えて、ボディタッチも多めである。

 狼にならなかった俺は、紳士と呼ぶに相応しい存在だ。


「それは相手が、ラフレシアだからでしょ? 私なら襲われるもん」

「驚いた。襲われたいのか? 思っていたよりも積極的だな、鈴やんは」

「そ、そういうんじゃなくて!」

「アキカゲは、どうなんだ? 襲うのか?」


 思わず、顔を真赤にしている鈴屋さんに視線を泳がせる。


「……襲っていいものなら」

「バカなのかな!」


 とりあえず可愛いので、俺は幸せだ。

 このやりとりだってレーナにいた時と、さほど変わらない。

 どこに住もうと、日常なんて変わらないものなのだ。


「それで……あー君は、これからどうするの?」

「いろいろ考えてあるけど、ここで話すのもなんだし……とりあえず部屋に戻ろう」

 二人が同意するのを確認し、塔へと向かう。

 ここから塔までは、それなりの距離がある。

 復帰したてで体力のない鈴屋さんを気にかけてるいていると、ものの数分で息を切らせて胸を抑え始めた。


「大丈夫? おんぶする?」

「ん〜ん。大丈夫」

 気丈な態度で首を横に振っているが、やはりきつそうだ。

 俺が黙って片膝をついていると、しばらく間をおいたのち、背中に柔らかな感触が乗っかってきた。

 思っていた以上に軽い。

 リハビリをしたとは言え、相当筋力が落ちていたのだろう。


「ほら、早くこないと置いてくぞ」

 ラフレシアが容赦なく、ズンズンと進んでいく。


「なんでアルフィーは、あんなに元気なの?」

 鈴屋さんが耳元で声を殺して聞いてくる。

「あいつ、感覚共有エンジン使ってダイブしてたらしい。その辺の男より脚力あるぞ」

 ふぅん……と、なぜか首に回した手に力を込めてくる。


 しばらくすると、E−五二塔に到着した。

「鈴屋さん家は何階なの?」

「六十八階……大丈夫?」

「おう。体力だけはあるぜ」

 そう言って階段を見上げ、登り始める。

「ていうか、そんなに近いのな。俺ん家、七十二階だし」

「ご近所様だもん。よく一緒に遊んでくれたんだよ?」

「そうか。昔から相性は良かったってことだな」

 カカカと笑うと、鈴屋さんがぎゅうと首を絞めてくる。


「私、いったん家に帰るね。まだ一度も帰ってないの」

「へ……そうなの? 退院して、いきなり俺を探しに来てくれたの?」

「だって、あー君とこ明かりがついてたから」

 なんと健気なのだ。

 可愛すぎて死にそうである。




 鈴屋さんを部屋まで送ったと、とりあえず俺は部屋の片付けをしていた。

 ラフレシアはベッドにゴロゴロと寝そべりながら、ARで何かをしている。

 いちいち無防備なので、今度ジャージ的な物でも作ってやろう。

 というか、こいつはいつまで一緒に生活するつもりなのだろうか。

 出て行けとも言いづらく、相談するタイミングがない。

 鈴屋さんも帰ってきたことだし、ここらでその話もするべきか……などと考えていると、俺の物語は斜め上に進んでいくことになるのである。


「あー君、開けて〜」

 外から声が聞こえたので扉を開けてみる。

「支度に手間取っちゃった」

 そこには、自律移動型のアタッシュケースを七台も引き連れた鈴屋さんの姿があった。

「その荷物は……?」

 しかし鈴屋さんは答えることなく、荷物とともに部屋の中へと大行進をする。

「まず部屋の掃除からかなー」

 腕まくりをする鈴屋さんを、ぽかんとした顔で眺めてしまう。


「オイ、鈴やん」

「ラフレシアはそこのベッドで、あー君はその恥ずかしいソファで寝てるのね」

「オイ、鈴やん」

「プリンター借りるね。とりあえず、私のベッドも買っておかないと」

「オイ……」

 しかし鈴屋さんはラフレシアを無視したままイヤリングをつまんで、空中で指を滑らせ始める。

 どうやらあれが、鈴屋さんのAR端末らしい。


「オイ、鈴やん」

「あ、ラフレシア。あとでこの部屋のパス・キー送っておいてね」

「オイ、まさかここに住むつもりじゃないダローな?」

「住むよ? 当たり前でしょ?」


 おぉ……

 おぉぉぉぉ……

 家主の同意無しで、同棲の話が進んでいく。


「だ、ダメだっ!」

「どうして? ラフレシアは住んでるのに?」

「オレは、アキカゲの社会復帰支援プログラムの……」

「そんなの私でも出来るし。そもそも、同じ部屋にいる必要ないでしょ?」


 おぉ……

 おぉぉぉぉ……

 なんか怖くて、何も言えない。


「行く場所がないのなら、私の部屋を貸してもいいけど?」

 意地悪な笑顔である。

 ちなみに俺は、すでにソファの上へと退避していた。

 もはや空気だ。


「クソ……わかったよ。好きにしろ。だが、これ以上部屋が狭くなるのは嫌だ。鈴やんは、オレのベッドで一緒に寝ればいい」

「まぁたしかに、これ以上ベッド増やすのも……うん、そこは折れてあげる」

 鈴屋さんがそう言うと、奥の部屋にアタッシュケース達を引き連れていく。

 しばくするとアルフィーと同じような、キュロットスカートにワンピースっぽいものを着て部屋に戻ってきた。

 あれが部屋着らしい。


「シューティングスター☆ダーイブッ!」

「ウギャァァァッ!」

 やたらテンション高めにベッドへと飛び込み、ラフレシアに抱きつく鈴屋さん。

「なんだ、なにスんだ!」

「だって、アルフィーもいるんだもん! 泡沫の夢だと思ってたんだからね!」

「わかった、わかったから、ひっつくな!」

「む~、アルフィー、けっこう胸あるのね」

「ヒィィィッ、脱げる、ぬげるダロ! アキカゲ、見てないで止めろ! この女を止めろ!」

「無理だ。とてつもない目の保養となっている。かまわず続けてくれ」


 薄着の女子がベッドの上で、くんずほぐれつしている光景は大変興奮……微笑ましい。

 鈴屋さんは、もともと寂しがり屋だ。

 両親を亡くし、俺たち家族への罪の意識に悩まされ、帰ってきても一人ぼっちだった。

 それがまさか、ここには俺やアルフィーがいる。レーナにいた時と同じなのだ。

 ほんとに嬉しかったのだろう。

 そう考えれば、今後の話も説明しやすい。


「肌やわらくて、すべすべー!」

「あんっ……やっ……ダメだッテ!」

「お腹あったかーい!」

「ちょっ……あっ……ヤンっ!」

「太もも、ちゃんと筋肉あるね」

「もぅ許して…………見ないでぇ、あきかげぇ」


 いや、あの……俺、これ、平常心でいられないんですけど。

 この環境って、俺は二人とも手を出せないわけでして、ちょっとした天国の地獄(ヘブンズ・ヘル)ですよ。

 鈴屋さんって、女子とじゃれ合うの好きなタイプだったんですね。

 しばらく二人の微笑ましいキャットファイトを鑑賞し、落ち着いた頃合いを見て話を切り出すことにする。


「それで今後のことなんだけど」

「今後?」

 鈴屋さんが、涙目ではぁはぁと息を切らせているラフレシアを後ろから抱きしめたまま、こちらに顔を向けてくる。

 ラフレシアは、アルフィーの時こそ積極的だが、現実世界では普通に少女だったりする。

 はやくも鈴屋さんに、それがバレたのだろう。

 かわいそうに、オモチャにされてぐったりしている。


「あぁ、ラフレシアに頼んで色々調べてもらったことがあってね」

 話しながら、赤マフラーを口元に持ち上げてARを起動させる。


「まだ眠ったままの乗客の中に、プラシーボ効果があった人を調べてたんだけど……」

 話しながら鈴屋さんの端末に、データの同期を求める。


「その中で背中にうっすらと、爪痕のような傷があるドリフターがいてさ」

 鈴屋さんが転送されたデータを受け取ると、おもむろに空中で指をタップして開く。

 それは、今もまだ『七夢』内で彷徨っている乗客のリストだった。

「あー君、これって……」

 俺は深く頷いた。


「彼女の名前は、如月(きさらぎ)綾女(あやめ)……たぶん、ハチ子さんだ」


 俺は魔王になった時、彼女を別の世界へとドリフトさせた。

 だから、きっとこれは自分の役目なのだ。


「俺はフラジャイルとしてもう一度ダイブして、ハチ子さんを救ってこようと思う。『七夢』のひとつ、『最果ての斑鳩』に……」

 決意に満ちた目で、俺はそう告げた。

これにて「ネカマの鈴屋さん」は、いったん完結となります。


前にも触れましたが、すでに「ネカマかどうか」や「現実世界がどうなっているのか」が明かされているため、今後は「ネカマの鈴屋さん2」を副題として、ハチ子さんを探しに行く話を執筆していく予定です。


連載再開は、7月2日くらいを予定しています。


ラブコメとしての要素は今まで通りなので、引き続き楽しんでもらえれば幸いです。


連載のペースについてですが、現在二本同時連載をしているため若干落ちるかもしれません。

これまでは隔週1〜2回の更新でしたが、今後は1〜2週に1回くらいの予定です。

とはいえ鈴屋さんは書きやすいので、ペースがそれほど乱れないとは思います。


それでは、7月にまた会いましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] デザート(ハチ子さん)は一番最後ですね、わかります 最高かよぉ!
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