鈴屋さん、いい湯だなっ!
さくさくっと三話目です。
ここはたしかに、ダンジョンへ行く前に立ち寄った「港町レーナ」で間違いない。
だがしかし、半分は知っていて半分は知らない町といった感じだ。
ゲームの町って実際に住んだら小さいよな、とよく思っていたけど、その辺が修正されたかのように大きくなっている。
主に居住区が増えてるといった印象だ。
MMORPG「THE FULLMOON STORY《満月のハナシ》」は4つの月が存在するファンタジー世界で、4つの国の中から所属する国を選んで、冒険や戦争を楽しむというゲームだ。
俺は、人間で盗賊の最上級職「ニンジャ」だ。
黒目に黒髪で、ツンツンとしたショートヘアー。目つきが悪く、全身黒ずくめという女子ウケしないヴィジュアルである。
鈴屋さんは、エルフで精霊魔法使いの最上級職「サモナー」だ。
水色のロングヘアーで、超がつくほど整った顔立ちに、エルフらしい長い耳。
エルフは細身で〜ってのが定番だが、そこはキャラメイクの時にいくらでも調整できるため、鈴屋さんは普通の人間的な肉付きをした女性だ。
それでも無駄に胸をでかくしたりしないあたりに、ものすごい美学を感じる。
露出も抑え気味にしつつ、さりげなくスリットが深く入ったスカートにブーツをはくなど、要所要所で妙なこだわりが滲み出ている。
何よりも特筆すべき点は、動きの一つひとつが女の子っぽい。
ゲームだと決まったアクションコマンドや、課金アクションで様々な動きができたけど、今は違うはずだ。
つまり、鈴屋さんは演じているのである。
相変わらず、その徹底したロールプレイっぷりには感服する思いだ。
「……あー君、あー君」
俺の視線に気づいたのか、何もしていなくても可憐な鈴屋さんが話しかけてくる。
ちなみに声もキャラメイクで微調整して選べる。
ゲームの時と全く同じで、透き通った澄んだ声だ。
もし「THE FULLMOON STORY」がVRMMOだったら、きっとこんな感じなのだろう。
モニター越しのポリゴンキャラですら、あんなにもてていたのだ。
VRMMOでネカマプレイをしたら、とんでもないことになっただろう。
「あー君、さっきから目つきがいやらしいんですけど。ハラスメントで、GMコールしたいレベルなんですけど……」
「いやだって……自分で自分を見て、どう?」
鈴屋さんが、自分の体に視線を向ける。
こういう時って、映画「君の縄!」みたいに、自分で胸とか揉んだりしないものだろうか。
「……ん~、実際に自分の身体になってしまうと、そういう目で見れない感じかなぁ」
そういうものなのだろうか。
俺なら絶対に触っていただろう。
いやむしろ、触らせてはくれないだろうか。ネカマなんだし。
「それよりさ、あー君。さっき、テレポートダガー使ったじゃない。もどすやつ」
「あぁ、うん」
「あっちはできるの?」
「……あっち? あぁ、あれかぁ」
確かにこのダガーは、あっちの機能の方が重要だ。
ものは試しとダガーを抜いてみる。
「ん~。じゃぁ、あの木あたりに」
適当に選んだ木に狙いを定め、おもむろに投げつけた。
トスッ!
今度は見事に狙った場所へ突き刺さった。
うん、さっきよりも命中精度が上がってる。
「で、えっと……これ、いちいち言うの恥ずかしいな」
「そんなの精霊魔法なんて、どれも言わなきゃ駄目なんだよ?」
たしかに鈴屋さんの精霊魔法は、一々技名を叫ぶ少年漫画のようで恥ずかしい。
俺は仕方なく右手をダガーの方に向けて開く。
たしかゲーム内でも、こんなアクションだったはずだ。
「んじゃぁ、トリガー!」
次の瞬間、視界が暗転し右手にダガーの感触が戻ってくる。
もちろんダガーは木に刺さったままだ。
つまり俺は、木に刺さっているダガーの方へとテレポートしたのだ。
「おぉ! 鈴屋さん、見た? 厨二病も実際やってみるとすげぇ! さすがレア武器!」
「あー君、すごい、すごい!」
手をパタパタとして喜ぶ鈴屋さんに、一瞬また可愛いと思ってしまった自分が腹立たしい。
今やどう見ても、可愛いエルフ娘だ。
……実際、本当は女なんじゃないかと思ったこともある……
オンゲ界隈では男性プレイヤーに粘着されて、メール攻撃に悩まされる女性プレイヤーも多い。
友人登録なんてしようものなら、毎分のようにログインチェックされて、ログインした途端にメッセージが飛んでくる。
ある意味、デジタルなストーカーだ。
GM報告しようにも明確なハラスメント行為でもない限り動いてはくれないし、迷惑フィルターも別垢を使われるだけで、さほど効果は得られない。
そんな時、女性プレイヤーが使える最強の言葉がある。
“俺、ネカマなんだけど?”
これで、大体の出会い厨男性プレイヤーは遠のく。
そのため、自称「ネカマ」と言っておいて、実は本当に中身も女性だったというパターンがあるにはある。
しかしまぁ、鈴屋さんに限ってそれはないだろう。
なぜなら俺は、鈴屋さんに対して出会い厨のような発言をしていない。
そんな俺に「自分はネカマだ」と打ち明けてきて、「ネカマプレイで楽をしたいから手伝ってほしい」と申し出てきたのだ。
本当にリアルも女性なら、ネカマを演じて「恩恵プレイ」なんぞする必要はない。
だから鈴屋さんが実は「本当に女の子」というヲチだけはないだろうと、俺は思っていた。
「ねぇ、あー君。お風呂って、本当にあるのかな?」
見慣れた街を確認するように散策をしていると、鈴屋さんが可愛らしく首をかしげて聞いてきた。
「公衆浴場だよな。たしか、この先にあったはずだけど。そう言えばあれってさ、時間制限付きでバフがかかったりして、いかにもゲーム的なシステムだったよな。恋人契約すると混浴に入れて、バフの共有ができたりさ」
そう言えば、俺はゲームの中で鈴屋さんと恋人契約をしていた。
断っておくが、単純に「アイテムストレージの共有化」を目的としていただけであって、一切の他意はない。
アイテムストレージの共有化をすれば、鈴屋さんが貢いでもらったレア装備を俺に渡す時に、何の制約も受けないため大変便利なのだ。
「……あー君」
気が付けば鈴屋さんが、えらいジト目で俺を見ていた。
「それは、私と混浴に入りたいってことかな?」
「えっ、やっ、あっ……そういう意味じゃないからね! てか鈴屋さん、男だろ!」
「……声が裏返るあたり怪しい。大体そういう問題?」
くそっ、怒っても可愛いな。
その完璧なロールプレイっぷりが、余計に腹立たしい。
でも、可愛いのだ!
「あっ! お風呂屋さん、やっぱりあったよ!」
進行方向を指をさすその先に、見慣れた神殿調のでっかい風呂屋が、でぇ~んと現れた。
建物のデザインも全く同じだ。
「おっきぃね~。じゃぁ、一時間後ぐらいに外で待ち合わせる?」
「え? 鈴屋さん、女湯に入るの?」
俺の至極当然なツッコミに対し、えらいジト目で返してくる。
「……あー君……私に、男湯入れって言うの?」
「いやだって、さすがにそれは倫理的にまずくない?」
鈴屋さんが呆れた表情を浮かべつつ、大きなため息をする。
「……今の私が男湯に入る方が、倫理的におかしくない?」
「まぁそうだけど……なんて、うらやまけしからん!」
「普通に、女湯に入るからっ!」
「じゃぁせめて混浴にして、俺が脱衣所の外で待つってのでどう?」
鈴屋さんはかなり不満げに頬を膨らませていたが、やがて呆れたようにハイハイと頷いてみせた。
風呂場までの移動は、ゲームではかなり省略されていたようだ。
当たり前だが、お金を払い、タオルを借り、看板に導かれて風呂場へと移動する。
どこか日本式で違和感を感じるが、まぁどうでもいいことだろう。
混浴は脱衣所も狭く、お風呂もさほど広くない。
「言っときますけど……あー君、ラッキースケベは計画的なピタゴラだからね。一発で衛兵行きだからね?」
わかってますよ、間違ってもそんなことしないですよ、と自分から脱衣所を出ていき、扉の前で胡坐をかく。
時折、通路を通るカップルに白い目で見られるが、知ったことか。
中から聞こえてくる着替えの音やら、お湯のかかる音が妙に生々しい。
「……って、なに考えてんだ、俺は!」
邪念を振り払うように頭をふり、仏頂面で右頬に手を当てて目を閉じる。
しばらくそうしていると、扉がトントンとノックされた。
「ごめんね、あー君。もういいよ?」
鈴屋さんの、申し訳なさそうな声が聞こえる。
意外に早いなと思いつつ、まぁ男は基本的に早風呂だろうから当然かと納得する。
「んじゃぁ〜サクッと入るから、鈴屋さんは端っこにでも座っててよ」
「えっ……いいよ! 私は廊下で待つから」
一瞬、さっき俺が向けられた目を思い出す。
混浴の外でひとり待つっていうのは、少しばかりおかしな風景なのだろう。
「いいから、いいから。濡れ髪の鈴屋さんを一人で待たせる方が心配だし」
俺は鈴屋さんの返事を待たずに、ぽいぽいと装備を外していく。
一方の鈴屋さんはというと、風呂上がりで上気した頬を隠すようにタオルをかぶり、そっぽをむいて髪を拭き始めていた。
「あぁ〜鈴屋さん、あれだ。風呂とか入った時に、タオルで前を隠す派なんだろ。誰とも目を合わせない感じのやつ」
「え? そういう時って、隠すものなの?」
「あれ、違った? けっこう隠す人いると思うけどなぁ。まぁでも、俺は隠さない派なんだけどね」
話しながらも手早く体を洗い、湯船につかる。
……しかし、なかなかにいい身体してるな、俺……
戦士系のマッチョと違って、引き締まっている感じが俺好みだ。
脱衣所にあがり体を拭きながら、ついそのことを話したくなってしまう。
「なぁなぁ、鈴屋さん見て。けっこう凄くね?」
「なにが~?」
無防備にこちらを振り返る鈴屋さんの顔つきが、みるみると引きつっていった。
「ほら、こんなに筋肉ついてる」
「ちょ、ちょ、ちょっと、あー君っ!」
そう言ってタオルをかぶり、またそっぽを向いてしまう。
「ハラスメントだよ、それっ!」
「男同士でハラスメントもないだろ。でもさ、ほんとにすごくない? 俺、こんな体になったことないぜ。ちょっと感動もんなんだけど。鈴屋さん、そんないい身体になってよく平気でいられるなぁ」
「もうっ、その話はいいから早く着替えてよっ!」
意外に繊細なんだなぁ~、と思いながら装備を整えていく。
鈴屋さんは未だに濡れ髪だったが、そこはいつものアレだと帰り際に理解できた。
鈴屋さんが入り口で売っている飲み物を眺めているだけで、常連客と思われるおじさんから「よかったら飲んでよ」と渡されるのだ。
そしてそれを飲むこともなく俺に渡すと、また飲み物を眺めに戻る。
すると一分と経たないうちに、また一人カモが飲み物を進呈してくれる。
あぁ、鈴屋さん。
そのプレイスタイルはここでも活用できちゃうのね……と、俺はどこか頼もしくそう感じていた。
【今回の注釈】
・集団PK戦……自分の場合は信長の野望オンラインの大人数による対人主体の合戦イベをイメージしてます
・エルフで細身……今時のゲームはキャラメイクできるので、そんな設定はすっ飛ばされます
・ポリゴンキャラでももてる……リアルが女だとばれるとけっこうな確率でもてます
・君の縄!……君の名は。です、ごめんなさい、ブルーレイ買いました
・ハラスメント行為……実際にフレが二人ほど、ライトなのとヘヴィなのとで被害にあってましたね
・厨二……偽善を完全否定するとモラルがなくなるのと同じで、ある程度認めていかないと面白くない
・風呂でバフがかかる……討鬼伝ってゲームで、男女関係なく混浴できます
・ラッキースケベは計画的なピタゴラ……ラブコメの定番で犯罪スレスレの行為
・前を隠す派、隠さない派……男子限定あるあるで、女子は隠さない人の方が多いと聞いたことがあります
・風呂屋の入り口で売っている飲み物……今回はコーヒー牛乳でした
・よかったら飲んでよ……ほんとにこんな人がいるそうです