爪痕〈10〉〜明是ルート〜
そんなわけで、アルフィーでした。
何人見抜けたんだろう……
「なー、アキカゲー」
ラフレシアが膝枕を堪能する猫のごとく、太ももの上でゴロゴロと転がる。
「なんだよ」
今度はピタリと止まり見上げてくる。
「なんでもないゾ」
酔っ払いだ。
ワイン飲んで、泣いて、ぐるぐる転がって、顔真っ赤にして……完全に酔っ払いだ。
「それ、気持ちいいのか?」
「なにがだー?」
「いや男の膝枕って、ちっとも浪漫を感じないからよ」
ラフレシアが、しばし考え込む。
「なんていうか、安心感なんだ。女が男に抱かれた時に得られるのも安心感と聞くし、きっとそういうことなんだと思うゾ」
「男には分からんやつかねぇ」
「どうせ、アキカゲの思ってる膝枕のカテゴリーはエロいんだろ〜?」
仰向けに寝そべりながら、ピシャリと自分の太ももを叩く。
なんとなく目線がそっちに行くと、白くて綺麗な太ももが……
「やめい、なんで俺の視線を誘導させる」
「オレのは駄目か?」
「そういう話じゃなくてだな……」
呆れて天を仰ぐ。
初日から本当に激動だ。
鈴屋さんが退院したら、同じくらい激動の一日を味あわせてやりたい。
「アキカゲはヘタレだなー」
もはや「ヘタレ」は、俺のあだ名になりそうだ。
ラフレシアは楽しそうに笑いながら、ガムを一つ口の中に投げ入れる。
「アキカゲも食うか?」
「おぅ、いただこう」
そういえばガムとか、すごく久々だ。
レーナには無かったからな。
ラフレシアに渡されたガムは、強めのミント味だった。
ほんの少し甘みもあり、嫌いではない。
「備えアレば、憂いナシだなー」
そう言いながらガムの入っていたクシャクシャの箱を真上に投げる。
俺は無意識のうちにそれをキャッチし、やはり無意識でパッケージに目をやった。
「あぁ! 見ちゃ駄目だ、アキカゲ!」
「なにが?」
そう言われて、見ないやつなどいないだろう。
一体何が書かれているのかと、パッケージを見てみる。
『キッス直前、爽快ミントで憂いナシ!』
おぅ……なんか、こういうガムあったな。
くるはずもないキスに備えるなんて、随分と乙女である。
「ミナイデクレ……こっちの世界では、肉の味を思い出にしたくないんダ」
おう。
おぉぅ。
あったな、レーナでそんなこと。
やはり現実世界だと少し考え方が違うのか。
そう言えばラフレシアはハンバーグを食べたあとも、すぐにガム噛んでいた。
今思えば肉の爆食いや、ナイフを回す癖、たまに「ちぃとばかし」と言う口癖とか、アルフィーらしさもチラホラ出ていたな。
意外と気づけないものだ。
「仮想世界とは違うんだ。現実だと色々と恥ずかしいんだ」
そう言って俺の腹にうずくまるようにし、顔を隠す。
「そろそろ寝るか? 俺はソファで寝るから、ベッドに行ってこいよ」
「いやだ。もうちょっと、お話してたい」
まるで駄々っ子だ。
アルフィーの時は、もう少し大人っぽかったような気もするが……
「そういや名前は、ラフレシア……なんていうんだ?」
「そのまんまだよ。アルフィー・ラフレシアだ」
「本名だったのか」
こくんと頷く。
いや、まぁ……これはこれで可愛いですけど……これから三ヶ月、俺はアルフィーの誘惑と戦わねばならないのか。
早いとこ鈴屋さんに復活してもらわないと、俺の理性がくじけてしまいそうだ。
「あっ、てことは!」
そういえば、と思いつく。
「さっきの黒猫のキーホルダー!」
「……だよ。ミケだ。オレとアキカゲの子供だ。大事にしてくれよな」
今度は無邪気に笑う。
アルフィーだ。
間違いなくアルフィーだ。
しかし、だ。
アルフィーと言えば、ひとつ大きな特徴があるはずだ。
「あのしゃべり……訛りみたいなのは、演じてたのか?」
ラフレシアが当たり前だろ、と頷く。
「なん〜。信じてないん、あーちゃん」
「うぉ……マジだ。アルフィーだ……」
「そうなん。あーちゃんのことが大好きなアルフィーなん。あーちゃんに太ももばっかり見られてた、あのアルフィーなんよ?」
なぜだか、凄まじく恥ずかしくなってきた。
あの世界でちゃんとロールプレイをできていたのは、アルフィーだけだったのではと思ってしまう。
「あーちゃんも、膝枕してほしいん?」
これがおちょくっているのか、本気なのか、アルフィーだと思うと分からなくなってしまう。
「やめろ、俺を誘惑すんじゃない」
「なん〜、お昼の『ビンビンびぃ〜んず』きいてきたん〜?」
「いや、あの、ほんとにやめて……」
「んふふ〜氷茸どこなん〜?」
股ぐらをまさぐろうとするラフレシアだったが、ピタリとその動きを止める。
急に我に……いや、現実に帰ってきたのだろう。
「アキカゲー、ナンカ、ハズカシクナッタ」
「お前、基本阿呆なのは変わらんのな」
「失礼なやつだな。オレは天才ハッカーなんだぞ?」
そうだ。
それは紛れもなく事実なわけで、あの七夢さんを子供扱いできるほどのスキルを持っているのである。
それなら……もしかしたら……
「なぁ、ラフレシア。調べてほしいことがあるんだ」
俺は真剣な眼差しで、彼女のハッキングの力を借りるべく、自分の考えを話してみることにした。




