爪痕〈8〉〜明是ルート〜
鈴屋さんがリハビリ中に何ラブコメしとんねん的な、何か。
2日連続更新です。
憂鬱な日曜夜、月曜朝に、気軽なラブコメをどうぞー。
「そこの連絡橋を渡ればE−五二塔だ。オレの部屋は七十二階だ」
ラフレシアを抱きかかえながら、言われるがままに進む。
「オレの〜じゃなく、俺の部屋な」
ようやくフードを少し上げて、顔を見せてくる。
「じゃあ二人の部屋ダナ」
「同棲みたいに言うな」
などという漫才じみたやり取りをしながら、目標とするE−五二塔に到着した。
ここからは階段だ。
「そろそろ自分で歩いてくれると、ありがてぇんだが……」
この状態で階段を登るのかと思うと、少し気が重い。
「イヤダネ。さっきので腰が抜けたままなんだ。責任をとってくれ。それに、いい運動になるだろ?」
「そうだけどよ。まぁラフレシア、そんな重くないしな」
「オモクナイ?」
「あぁ。あっちの世界では毎朝、酒樽抱えて走らされてたからな」
シメオネ先生の非常識な鍛錬が、こんなところで活きてこようとは思いもよらなかった。
「ソッカ」
なんか、まだ片言だ。
よほど飛び降りのショックが大きかったのだろう。
「なぁ……」
また声を掛けてくる。
「オレって……その、アキカゲから見て、どうだ?」
「どうって、何が?」
「だから……その、可愛いか?」
「んあ? 可愛いだろ。普通に色っぽいし。俺は初日から煩悩とガチバトルだぞ?」
確かに中身は得体のしれないハッカーだし、オタクなんだろうが、外見も性格もそれとは別だ。
彼女は十分すぎるほど魅力的な女性といえるだろう。
もし自分に自信がないのなら、誰かがその事実を教えてやるべきだ。
「ソッカ」
何故か身を縮こませる。
「とても身の危険をカンジル」
「うぉい、言わせといてそりゃないだろうよ。ヘタレなめんなよ?」
「うん。安心感も感じてるよ?」
今度は素直な笑顔だ。
なぜか自分の頬が熱くなった気がした。
どうにも調子が狂ってしまう。
そうこうしているうちに、フロアナンバー72と書かれた場所へと到着した。
さすがに息も切れてしまうが、もうここまできたら部屋まで運んでも変わらないだろう。
通路を進んでいると、ラフレシアがグイと俺のシャツを引っ張りだす。
「ここだ、アキカゲ」
何の変哲もない扉の前で彼女はつぶやいた。
「ここが、明是家が住んでいたフロアだ」
見知らぬ扉だ。
記憶がないせいで、なんの感慨もない。
「実感ゼロか?」
黙ったまま頷く。
「表札とか、ないのな」
「個人情報の保護だ。ちゃんとナビに入れとくから安心しろ。いま開ける」
ラフレシアはそう言って、フードの耳をかるくつまむ。
鍵もARと連動しているのか。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ、ガキン、ガチャガチャ……
「何だ、この音……」
「鍵だ。アナログな方式から電子的なもまで、合計七十七個の鍵がついている」
「金庫室かよ!」
「厳重にする理由は、ちゃんとあるんだ。あとで説明してやる」
ガチャガチャ、ピー、ピピッ、ぐぅおんぐぅぉん、ガチャコ!
長い解錠音ののち、扉がゆっくりと壁の中に吸い込まれていく。
同時に部屋の中の明かりも点灯し、俺は中へと足を踏み入れた。
部屋の中は……
「おぃ、おまえな……」
足の踏み場もないほど散らかっていた。
そのほとんどが、古いゲームだ。
なんとか踏まないように中へと進むが、途中にある布とかはもう踏んでしまうしかないだろう。
というか……
「あのぅ、ラフレシアさんよ」
「ナンダ?」
「ゲームで足の踏み場がないんだがよ」
「ソウダナ」
「あと、なんつぅか、脱ぎ捨てた服の中に、下着っぽい地雷が混じってるのは、俺に冤罪でもかける気か?」
「アキカゲ、アンマリ見ナイデ。ハズカシイ」
「なら片付けろよ、阿呆ぅか」
「チイトバカシ後悔シテル」
俺は大きめのため息を吐きつつ、奥にあるベッドまで彼女を運び、そのまま投げ捨てた。
「あんっ! もっと優しくして?」
この野郎……と拳を握りつつ、俺は部屋の中を改めて観察してみる。
見覚えのあるゲームマシン、モニターとかも古めかしい。
今はARが主流っぽいし、このモニターは古いゲームマシンで遊ぶために必要なんだろう。
僅かな足の踏み場には着替えやお菓子の袋が散乱していて、到底女子の部屋には見えない。
「アキカゲ。扉の近くにあるBOXに、買った荷物が届いているはずだ」
「あぁ、まぁそれはあとでもいいけど……プリンターで作ったってやつはどこだ?」
「それは奥の部屋だ。オレはちょっと部屋を片付けるから、見てきてくれ」
俺はやれやれと頭をかいて、奥の部屋へと向かった。
その扉にも鍵がいくつも付いていたが、先程ので全部解錠できたようだ。
奥の部屋には巨大な箱と、円柱の形をした水槽のようなものがあった。
まず目を引く真っ黒な箱だが、部屋の中にもう一つ部屋を作ったかのような大きさだ。
「この黒い部屋みたいな箱がプリンターか?」
「そうだ。さっきオレが選んだやつが中にあるはずだ」
巨大な3Dプリンターって感じだろうか。
俺にとっては、まさに未来の代物だ。
「隣の水槽みたいな柱はなんだ?」
青白い光を放ち、中には水が満たされている。
夕凪の塔で鈴屋さんとアルフィーが閉じ込められてた柱に似ている。
「感覚共有エンジン付きの蘇生ポッド兼ダイブシステムだ。『A−二塔』にある、アキカゲが入っていたのと同じタイプだよ」
あぁ……と、うっすら記憶にある光景を思い出す。
最初に一瞬だけ目覚めた時、この中にいた気がする。
「なんでこんな物があるんだよ。軍用の貴重なやつじゃないのか?」
「四年に一度開催されるゲームの世界大会で、優勝した時の賞品だ。それでダイブしている間、オレは裸だし無防備だから、ここのセキュリティは厳重なんだ」
なるほど、と頷く。
ダイブ中に誰かが管理してくれているならともかく、たしかに一人だと危険だ。
俺がこれを使うことは、もうないだろうと考えつつプリンターの扉を開ける。
中はすこし蒸し暑く、空調で急速に冷やしている途中といった感じだ。
「えっと……そもそも何を頼ん……」
思わず言葉を飲み込んだ。
中にあった物。
まず最初に目についたのは、さっきの店で見たハート型のラブソファだった。
「これ、買ったのかよ……」
呆れてしまう。
ソファの上には、他にも物が乗っかっている。
赤いマフラー……たぶんAR機能付きだろう。
着替えとタオル。
それに……なんだここれ、黒猫のキーホルダーがふたつ。
あと、小さな……
「のわぁっ!」
思わず、見覚えのある『ゴム』をポケットに突っ込んでしまう。
まじで作ってるし、何考えてるんだ、あいつは!
「アキカゲ〜、出来てた?」
いつの間に着替えたのか、テロテロした生地のピンク色のタンクトップとキュロットスカート姿のラフレシアが入ってきた。
「お、できてる出来てるー。ソファ、気に入ったんだ〜」
「そう……なのか」
「うんうん、キーホルダーも出来てるね。着替えも出来てるし……あれ?」
黙る二人。
いや、空気が悪いのはお前のせいだぞと心の中で突っ込む。
「アキカゲぇ」
「……何スカ?」
二人とも目を合わせない。
なんだこの空気……
「……ゴムは?」
これはどう対処すれば……正直に話すしかないか。
「とっさに、俺のポケットの中に……」
無言で数十秒。
ちらりとラフレシアを盗み見る。
彼女は視線を斜め下に落としたまま、桃尻のように顔を赤くしている。
「しっかり備えててクレ。備えがあれば、いつだって憂いなしダ」
何に対してだ、とも突っ込めない。
なんという爆弾を落とすのだ、こいつは……
「ヨシッ! ソファを運ぶぞ、アキカゲ!」
「お、おぅ……」
すっかり彼女のペースに巻き込まれて、俺は恥ずかしい形のソファを運び出すことにしたのだ。




