爪痕〈7〉〜明是ルート〜
店から出ると別の塔へとつながる通路を渡り、塔の外周を回り、また別の塔へと移動する。
そして今度は階段を降りて、さらなる下層へと向かう。
「あのさ、ラフレシア」
くりっとした目を見開いて、顔を上げる。
「こういう高低差だらけ、階段だらけでそのスカートはどうかと思うのだ」
ただでさえ、ひらひらと揺れ動く短いフレアスカートだ。
こんな格好で歩いてたら、ちょっと下から……なんて考える変態紳士がいても可笑しくない。
「そういう考え、引くぞ?」
「いや……純粋に注意喚起をしているのだが」
ふむ、と少し考える素振りを見せる。
「オレとしては、アキカゲがこういう格好を好んでいると思ってな。これからしばらく一緒に生活するんだから、好感度は上げておくべきだろうという真摯な気持ちだ」
「いやまぁ、俺の性癖に刺さるかどうかはともかくよ」
ふむ、とまた考える。
「オレが見知らぬ男から、そういう目で見られるのは嫌か?」
「嫌というか、あぶねぇだろうと」
「オレは強いから、危ないってことはないぞ?」
まぁたしかに、あのナイフさばきは只者ではない動きだった。
「だとしてもよ。いらぬトラブルに巻き込まれたりするだけだろ?」
「トラブルよりも、女心を優先したんだけど?」
真っ直ぐに見つめてくる。
まじで何を考えているのだ、こいつは。
七夢さんの言う通り、本当に思考が読めない。
「まぁアキカゲなりの心配だってのはわかった。ちょっと引くが」
「ちょっと引くのかよ」
ラフレシアがクスクスと笑う。
楽しいらしい。
なんか未知の生物を観察している気分だ。
「ちょうどあそこに、オレのことをそういう目で見ている奴らがいるな」
ラフレシアが手すりにもたれかかって、顎をくいっと動かす。
その視線の先には四人組の若者が、ラフレシアを見ながらニヤけ面を浮かべていた。
こういう輩は、こんな未来の世界でもいるんだなと半ば呆れてしまう。
「気持ち悪いし腹立たしい。アキカゲに見られてるほうがマシだ」
「それって俺は喜ぶべきポイントですかね?」
思わず苦笑する。
さてどうするかと考えていたら、ラフレシアがコートのポケットから二センチくらいの玉をいくつか取り出した。
なにそれと興味深げに覗き込むと、彼女はいたずらっぽく笑って返す。
「さて、アキカゲ。今日の予定を覚えているか?」
「予定? 飯食って……あぁそうだ、運動して、俺ん家に行くとか?」
「正解だ、アキカゲ。じゃあ実践を楽しもうじゃないか」
言っている意味がわからず首を傾げていると、ラフレシアが手の平に乗せた複数の玉を目の前まで持ち上げる。
「ロックオン。ショット!」
その言葉をきっかけに玉がふわりと浮き上がり、弾丸のように加速して四人組に襲いかかる。
次の瞬間、着弾した玉が弾け、色とりどりの塗料がぶちまけられた。
四人組は「うわ!」だの「ぎゃあ!」だの、月並みな悲鳴をあげたのち、最後は「てめぇ!」と怒りをあらわにする。
てめぇってことは、なぜか怒りの矛先が俺に向けられているらしい。
現実世界に帰った初日に、この展開はあんまりだ。
「おい……何やってんだ」
この理不尽極まりない展開に抗議するが、当のラフレシアは舌をベッと出して笑うのみだ。
「ほぅら、がんばれ、男の子!」
そして、どこかで聞いたこのセリフ。
「大丈夫、安心しろ。アキカゲは、あの世界と同じ感覚で戦えばいい。あ、でも気を練ろうとしても無駄だからな」
「いやいや、お前なぁ。これはあまりにも、理不尽すぎるだろうよ」
「アキカゲはオレの貞操を守ってくれないのか?」
ラフレシアが、ひらひらと挑発的にスカートをはためかせる。
「あぁ、くそ。選択肢なしかよ」
俺は頭をバリバリと掻きながら、四人組と距離を詰める。
この状況……どうみても、いきなりペイント弾を撃ち込んだこっちが悪い。
なにかこっちに正当性を持たせるとしたら……
「さっきから……俺の女にいやらしい目を向けてんじゃねぇよ、お前ら」
これで、一応の筋は通ったか。
あいつらがラフレシアのことを見ていたのは事実だし、もし彼氏ならこの行動は当たり前のはずだ。
たぶん。
「あぁ? いきなりこんな事して、ただですむと思うなよ!」
うぅむ。
やはりレーナ初日を思い出す。
問答無用で、やるしかないようだ。
軽くステップを踏み出す。
確かにラフレシアの言う通り、レーナにいた時と比べても体の動きに遜色はない。
まったく同じ感覚で動けている。
それなら……
タタンッと低い姿勢で飛び込む。
一人がその動きに合わせて拳を振ってくるが、体勢をさらに低くし不規則なステップで揺れ動く。
シメオネの八の字ステップを完全にトレースし、そのまま体を回転させて足払いを放った。
エイジアン・アーツの、後ろ掃腿という技だ。
俺は相手が派手にすっ転ぶのを確認し、そのまま回転を止めずに飛び上がる。
標的は……視界に入った一番近い男だ。
空中で体を捻り、飛び後ろ回し蹴りを放つ。
これもエイジアン・アーツで、旋風脚という技である。
俺の足先は相手の頬を捉え、ぐるりと一回転させて吹き飛ばした。
「カカカッ、まじかよ!」
思わず自分の動きに歓喜してしまう。
ここには魔法の武具も、術式もない。
気を練ることも出来ない。
しかし、あちらで毎日のように行なっていた筋トレや習得した体術は、ここでも力として体現できるのだ。
残りの二人が同時に殴りかかってくるが、その緩慢な動きに笑ってしまう。
お前らは水の中にでもいるのか、と言いたくなるほどだ。
着地と同時に横へ飛び、稲妻のようなステップで相手の脇腹に膝を入れる。
そして、くの字になった男の背を蹴り、最後の一人に旋風脚を決めた。
あっという間に四人組を倒すと、踵を返してラフレシアの元に走り出す。
そしてそのまま彼女を抱き上げると、手すりを蹴って塔の外へと飛び降りた。
「きゃぁ!」
一瞬、だれの悲鳴かと思ったがラフレシアで間違いないようだ。
もはや現代の忍者となった俺には、常人を超えた動きを可能としていた。
落下をしながらも下の層の手すりを右手で捉え、左手でラフレシアを強く抱き寄せる。
そしてひらりと回転するように、一層下の通路へと着地した。
「どっちに走ればいい?」
目を丸くして驚いているラフレシアを再び両手で抱きかかると、とりあえず俺は駆け出す。
「あ……あぁ、なびげーとスル……」
さすがに俺の動きは刺激が強すぎたのか、いまだに目をパチパチとしている。
「カカカ、きゃぁ、とか可愛い声出すのな」
先程のお返しとばかりに笑ってやると、ラフレシアはみるみると耳の先まで真っ赤になってしまった。
「落ちたらどうする気だ、バカ……」
「あぁ、まぁ行けると思ったからな」
とは言え、いま思えば危険な行為だったと思う。
さすがに反省するべきだろう。
「まぁ、下まで落ちれば反重力装置が働くから、怪我はしないんだケドナ……」
まだ赤い。
天才ハッカーも、こうしてみると普通の女の子だ。
「まじか。じゃあ下に行くなら飛び降りたほうが早いんじゃないのか?」
しかしラフレシアは首を横に振る。
「反重力装置を作動させると、けっこうな罰金が請求される。もちろんゴミのポイ捨ても同様だ」
「なんだ。残念だな」
しかし階段を降りるよりも、楽な移動手段を覚えられたと思う。
罰金覚悟だが、いまのような状況なら全然アリだろう。
「アキカゲ……」
後ろから追われてないかを確認しながら、なんだと返す。
「なんでもない……」
ラフレシアはそう言うと、フードの先をぎゅっとつまんで顔を隠してしまった。




