爪痕〈6〉〜明是ルート〜
しばらく、秋景とラフレシアのラブコメになります。
鈴屋さんの初日と違って楽しそうだな……秋景くん。
それではワンドリンク片手に、どうぞ。
「なぁ、ラット・ゴースト」
ラフレシアが真剣な面持ちで、ワインの入ったグラスを持ち上げて照明に透かしている。
水で薄めているんじゃないかと怪しんでいるようだ。
「なんだ?」
ちなみに彼女が手に持つグラスワインは三杯目で、既に頬をピンクに染めている。
「お前、何歳なの?」
「十八歳になった」
いけしゃあしゃあと答える。
「おい、酒のんじゃ駄目だろ?」
しかしラフレシアは、呆れた表情を浮かべて笑った。
「オールドジェネレーション全開だな、アキカゲは。ここじゃ、十五歳で成人するんだよ」
「えぇっ……まじかよ。じゃあ二十一歳の俺って、けっこうなオッサンなのか?」
「そんなことない。なんなら結婚適齢期に入ったとこだよ。理想的な年齢だ」
いや、それでも早い気がする。
そんな年齢で社会に出るとか、けっこう過酷な世界なのだろうか。
「成人が早いとか、まるで短命の時代みたいだな」
「短命ではないぞ。この船の平均寿命は八十を超えてるしな。単純に人類の繁栄、種の保存だよ」
ラフレシアが、ナイフをくるくると回しながら続ける。
「知らなそうだから教えておくが、ここでは一夫多妻制だ。ようは子供をたくさん産んで、宇宙船いっぱい作って、人類を増やそうぜってことだ」
「そんな大雑把な……」
しかしよく考えてみると、閉鎖的に暮らしながら数を減らしていくよりは、まだマシなようにも受け取れる。
前向きと言えば、前向きだ。
「もちろん一人の女と添い遂げるのも自由だ。税金は高くなるけどな」
ますます、ラット・シーを思い出してしまう。
「ラフレシアは……その、パートナーはいるのか?」
ピタリと動きが止まる。
やがて目を細めて横目で睨んでくる。
「いるわけないだろう」
「いや、そんなの分からないだろうよ。普通にかわ……」
瞬間、ラフレシアが俺の鼻先にナイフを突きつける。
その鋭さは、レーナでも通用しそうな動きだった。
「おい、その先は口説いていると自覚して言え。オレはそう受け取るぞ?」
「は、はい」
果たして、ただのゲーマーでハッカーが、こんな鋭い動きを出来るものだろうか。
ラフレシアは、フンと鼻を鳴らすとナイフでハンバーグを突き刺し口の中へと放り込んだ。
「そうだ。家に行くまでに、なんか買っておきたいものはあるか?」
買っておきたいもの……そもそもこの世界では、どんな物が売られているのかも知らない。
考えたところで浮かぶはずもない。
「コンビニとかか? お菓子とか?」
「オールドジェネレーション……」
「うるさいな。ジェネレーションギャップがあって当然だろう。俺の記憶の殆どはファンタジーで、かろうじて残っているのは地球にあった東京止まりなんだ。しかも、それだって仮想世界だしな」
ラフレシアが、カタンッとナイフを置く。
そして俺の目を真っ直ぐに見上げて……
「ごめん……」
なぜか、しおらしく謝ってきた。
「いや、いいんだけどよ」
フードごしに頭を撫でる。
責めるつもりはないのだが、本当に何もわからないのだ。
「ごめん、アキカゲ。オレの説明不足だった。正直、男の入用がわからないんだ」
そう言ってフードの耳をつまむ。
またARを起動しているのだろう。
「コンビニはないが、買い物はいつでもできる。たぶん部屋につく頃には届いているか、完成しているはずだ」
「完成?」
指を滑らせて何かを選んでいるようだ。
ほんとに便利だな。
「あぁ、データだけ買って、素材が揃ってれば部屋にあるプリンターで作れる。アキカゲのARもつくれるぞ?」
「おぉ、まじか!」
「媒体は何がいい? ピアスとか指輪が、わりとポピュラーだが……」
うぅん、と少し考える。
そういったアクセサリーは普段つけないから、無意識のうちに外して無くす気がする。
それなら、ラフレシアみたいなやつがいいだろう。
そこで俺は、あるひとつのアイテムを思い浮かべた。
そうだ、あれがいい。
いつか約束を果たす時のために、持っておくべきだろう。
「マフラー、赤いのだ」
ラフレシアが無言で、じっと見つめてくる。
「なんだ、マフラーとかないのか?」
「いや、まぁ珍しいよ。してる人なんて滅多にいないし。データもあったから、プリンターに流しておこう」
再び視線を落とし、空中で指を下へと滑らせる。
「あとは……なんだ? 男ってこういう時なにが必要なんだ?」
「うぅん、改めて聞かれると俺にもわからんが……とりあえず初めていく部屋で、お泊りに必要な感じか?」
「ふむ……二十代男が……初めて行く女の部屋にお泊り……あぁ、部屋は今はオレが使ってるから、オレが持ってないもので……っと」
ラフレシアが何か検索を掛けているようだ。
女の部屋というか、もとは俺の家族の部屋のはずだが……まぁいいだろう。
「ふむ。着替え、タオル……この辺はプリンターに流しておう。それからオーラルケア、うん必要だ……お酒……うん、まぁ、いずれ飲むだろうし……この辺は届けさせよう」
ひょいひょいと、指を下に滑らせていく。
たぶん買い物カゴ的なところに入れているんだろう。
「ゲーム? ゲームはオレのがいっぱいあるしな」
今度は指を上へと滑らせる。
要らなかったんだろう。
「おやつ……うん、買い足しておこう……あとは……ゴム?」
ひくっと俺の頬がつり上がった気がした。
このシチュエーションでのゴムなら、俺にだって理解できる。
「ゴム……なんだ、ゴムって。なんでそんな物が、男のお泊り必須アイテムに入ってるんだ?」
「いや、あの……おま……」
「何に使うんだ。画像はないの──」
ラフレシアの指がピタリと止まる。
見たんだな、アレの画像を。
というか、これほど科学が発展していてもあるのか、アレはまだ。
そして黙って指を下に滑らせる。
いまカゴに入れただろっ……と突っ込みかけるが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
買ってなかった場合に「変な期待するなスケベ」と、また突っ込まれそうだからだ。
「よし、必要なものは買った。支払いも済ませたし次に行くぞ」
「お、おぅ」
まったくもって、何を考えているのか読めないハッカー娘だ。
ラフレシアは勢いよく立ち上がると、俺の左腕を掴む。
そして半ば強引に腕を組み、店から引き摺り出されてしまった。




