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爪痕〈5〉〜明是ルート〜

「それで、これからどうするんだ? ラフィー」

 俺の腕をグイグイと引っ張るラフレシアに聞いてみる。

 そもそも何処に向かっているのだろう。

「なんだ、その呼び方は……」

 またジト目である。

「ラフレシアって長いから、親しみを込めてラフィーと略させてもらった」

「やめろ。すぐやめろ。レシアを略すな」

「なんでだよ。『フィー』って伸ばしたほうが言いやすいだろ?」

「名前は大事なアイデンティティだ。勝手に略すな。あとアキカゲは、ネーミングセンスが死んでいる」

「ひでぇ!」

 しかしそれは何度か指摘されたことがある。

 ここは渋々ながら、彼女の申し出を受け入れよう。


「じゃあ、ラフレシア。今日の俺の予定を聞きたい」

「なんだそれ、オレは社長秘書かよ」

 ぶつぶつと不満を言いつつ、やがてため息をついて説明を始める。

「まずは飯。その後は運動。それからアキカゲの家に行く」

 なんか普通のコースだ。

 聞いた俺が馬鹿みたいに感じる。

「もっとこう……名所とか、あれが地球だぜとか、ないのか?」

「アキカゲは宇宙で事故にあったんだぞ。そんな気軽に宇宙なんて見せられないよ」


 PTSDの危険か。

 その記憶がないのだから、心配ないと思うんだが……でもこれは彼女の優しさだ。

 受け入れるべきだろう。


「しかし俺ん家とか記憶もないし、なんともなぁ。そもそも住めるのか?」

「大丈夫だ。二年くらい前から、オレが勝手に住んでいる」

「なるほど、なるほど……って、おい!」

「なんだよ。どうせ住む人がいないんだ。メンテも兼ねて住んでやってるんだから、感謝しろ」

 酷い言い分だ。

 というかこいつは、こうなることを予想していたのではなかろうか。

 二年も前から俺の家に住みつき、俺の世話役を申し出たことは偶然と思えない。


「しかし、いい匂いだな」

 露店から漂う何かを焼いた匂いが、俺の鼻を刺激する。

 しかしラフレシアは、組んだ腕を離さず引っ張り続けた。

「ダメだぞ。アキカゲはこれまで、まったく胃袋を働かしていないんだ。いきなりあんな消化に悪いもの食べたら死ぬぞ」

「別に死にはしないだろうよ。俺は屋台飯が好きなんだよ」

「ダメだ。オレにだって世話役としての義務がある。今日は大人しく、レストランでスープと洒落込もうじゃないか」

「なんだよ〜液体かよ〜」

 思い切り残念そうに項垂れてみせる。

 俺の食欲が、それで満たされるとは思えないのだ。

「俺は肉が食べたいんだ。できるだけジャンキーなものを、濃い味を!」

「子供か、アキカゲは。ちゃんと食えるようにしてやるから、しばらくはオレの言うことを聞いてくれ」

 そんなふうに頼まれると、これ以上わがままは言えない。

 なんだかんだラフレシアは、俺のことを思って行動しているようだ。

 優しい娘なのだろう。

「着いたぞ」

 そう言って、レストランと思われるお店の扉を開ける。

 中に入ると受付があり、奥にはいくつも個室があった。

 色々とゴシック調の飾り付けがされていて、なんだか良くはわからないが可愛らしいレストランだ。


「いっらっしゃいませー。ようこそサンディーズへ!」

 明るい声とともに、店員と思われる女の子が駆け寄ってきた。

 短めのスカートにチューブトップという極めて露出度が高……

「なに鼻の下伸ばしてんだ、スケベ」

 むぎぃと耳を引っ張られる。

 いちいち俺のエロセンサーに対して、高感度レーダーで反応してくるな、こいつは。


「お客様は何名様ですかぁ〜?」

 ムチムチボディに対して、ラフレシアが指を二本立てて見せる。

「二名だ。恋人席でよろしく」

「こっ?」

 むぎぃと耳を引っ張られる。

 選択肢も説明も俺にはないようだ。


「では恋人席にごあんなぁ〜い」

 笑顔を絶やさないプロフェッショナルなムチムチ……

 むぎぃと耳を引っ張られた。

 一分の隙も見逃さない凄まじいレーダーだ。

 もしかして俺はラフレシアの手によって、本物の紳士になってしまうかもしれない。


 案内された個室は、対面型の席ではなく並んで座るタイプのものだった。

 ラフレシアに引っ張り込まれるようにして、足の短いソファに座らされる。

 背面がハートの形をしていて、まさにラブソファである。

 店員はすぐにカーテンを閉めると、そのまま受付に戻ってしまった。

 そこでようやく俺の腕は開放される。


「あれ、メニューは?」

 キョロキョロとテーブルの周りを見るが何もない。

「オールドジェネレーション全開だな、アキカゲは……」

 ラフレシアは右手でコートの猫耳を軽くつまみ、空中に指を滑らせはじめた。

「おっ! それ、AR端末の起動? ラフレシアの目から何か見えてるの?」

「そうだ。あとでアキカゲにも買ってやる……というか……なにしてんの?」

 顔を横に並べて何か見えないかと覗き込んでいると、半目で睨まれた。

「そんなことしても見えないし……もしかして……オレの太もも見てたの?」

「お前は俺を、なんだと思っているのだ」


 これ以上は冤罪をかけられそうなので注文は任せることにして、俺はソファに深く身を預けた。

 すると沈んだソファに傾斜が生まれ、体勢を崩したラフレシアがコロンと俺の膝の上に頭を乗せてしまう。


 まぁ、なんというか、膝枕だ。


 いや……する側って全然うれしくないのだが。

 これは俺、セーフですよね。


「あの〜」

 しかしラフレシアは微動だにしない。

 この体勢で注文を続けているのだろうか。


「おーい」

 しばらく固まっていたラフレシアだったが、突然ガバリと起き上がる。

 そして何事もなかったかのように、また指を空中で振り始めた。

「なるほど、これも売っているのか。悪くない」

 そう言って指を下へと滑らせる。

 本当によくわからないハッカーである。


「お待たせしましたぁ〜」

「はやっ!」

 あまりの早さに思わず声を上げてしまう。

「アキカゲ……恥ずかしい」

 どうやらここでは、このスピードが当たり前らしい。

 料理を運んでくれた店員さんまで驚いている。


「え〜と、ビンビンびぃ〜んずの黄緑スープのお客さまぁ〜」

「そっちだ」

 ラフレシアが冷静に、俺の目の前を指差す。

 まずはそのネーミングに突っ込めよと言いたい。


 さて記念すべき復帰最初の飯は……と見てみると、名前とは裏腹にただのグリーンのスープのようだ。

「あぁ、豆のスープってことか」

「はぁい、当店自慢の『滋養強壮MAXで今夜は寝かせないゾ♡』入りでぇす!」


 無言でラフレシアの方を見つめる。


「違うゾ。変な目で見るなスケベ。復帰したてなんだから、栄養たっぷりのスープを飲めと言ってるだけだスケベ。変な期待するなスケベ」


 なぜ怒られるのだ、俺が。


「ではぁではぁ〜、マキバ牧場産牛九十九パーセント使用ハンバーグの三段重ねデミグラマラスソースがけと、赤のグラスワインのお客さまぁ〜」

「はい」

 ラフレシアが無表情で手を挙げる。

 おい、お前はガッツリ食うのかよ、と思わず脳内で突っ込んでしまう。


「お前は、ダイエット女子をいじめるタイプだな」

 せめてもの恨み節だったが、本人はまったく気にもしてないご様子だ。


「オレは食べても太らない不知の病にかかっているのだ」

「お前、全てのダイエット女子を敵に回したな」

 ジト目を向けつつ、仕方なくスープをすする。


「おぉ……」

 クリーミーで味も濃く、甘みがあってすごくうまい。

 普通にうまい。


「うまいだろ?」

 ラフレシアが、ナイフをくるくると回しながら笑顔を見せる。

 その得意げな表情が不意打ちのように可愛くて、俺は黙って頷くことしか出来なかった。

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