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爪痕〈4〉〜明是ルート〜

さぁ、ラフレシア。

出番だよ!

 俺と七夢さんと乱歩の三人は、記録のループが終わるまで秘密の問答を繰り返していた。

 その後、手はず通りに目覚めたふりをし、七夢さんからマニュアルじみた問答と説明を受ける。

 乱歩の姿がないことから、ここでの彼の役割は他にあるのだろう。

 退院まで異例のスピードらしいが、今後も検査のために足を運ぶという条件で誤魔化しているようだ。


 俺がいるこの塔は『セブン・ドリームス・プロジェクト』が行われている専用施設『A−二塔』とやらで、なんとなく近未来SF的な内装をしている。

 施設内を歩いている人間は国際色豊かだが、誰一人干渉してこない。

 そもそもこの塔の内部は、何処も彼処も監視されているせいか、無駄な会話も聞こえてこない。

 まるで自分が幽霊にでもなったのではと思ってしまうほど、あっけなくラウンジを抜けていく。

 そうして俺は、晴れて見知らぬ未来の世界へと足を踏み出したのである。


 そこにある光景は、まさにSFそのものだった。


 視界に広がるのは、無数の……それこそ数え切れないほど建ち並ぶ無機質な塔の姿だった。

 なんというか、巨大な空間に何百という塔を建てた感じだ。

 目を凝らしても遠くの塔が霞んで見えていて、空間の果てがどこまであるのか分からないほどだ。

 塔を見上げると、思わず目眩を起こしてしまうような高さだった。

 一体、何階まであるのだろうか。

 それに天井自体が発光しているせいか、どれが天井なのか目視では確認できない。

 通路に出て手すりを握りおそるおそる下を覗き込むと、奈落の底までつながっているような高さで、思わず吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。


 塔の壁面には無数のパイプが張り付いており、まるで無計画に増設していった跡のようにも見える。

 塔の他にあるものといえば、塔と塔を繋ぐ無数の通路や、やたらと入り組んだ階段だけだ。

 エレベーターもあるにはあるのだが、一人あたりが二十四時間で使用できる階数に制限があるらしい。

 そのため、基本は徒歩移動となる。

 なんでも船内での運動不足を、不便な生活で解消しようという試みらしい。

 まぁそんなものは政治的なプロパガンダで、単に節電が目的なのだろう。


 さてどうしたものか……と思っていたら、目的の人物が目の前のパイプの上に足を組んで座っていた。

 ワッペンをベタベタ貼り付けた蛍光グリーンのコートを羽織っていて、フードを被っている。

 フードには猫耳のようなものがついており、ちょっと可愛らしい。

 コートの下はピンクのシャツとピンクのフレアスカートで、意外と健康的なスタイルをしている。


「よう、こっちだよ」

 足を組んだまま、風船ガムを膨らませる。


 乱歩曰く、この若い女性が『ウィザード級のハッカー』で『凄腕のゲーマー』で、あの『七夢』に侵入する方法を見つけ出した張本人らしい。

 そして七夢さん曰く、何を考えているのか解らない得体のしれない存在だそうだ。


「話は聞いたのか?」

 まるで視線誘導でもしているかのように、組んだ足をぶらぶらと揺らせる。

 声も可愛いし、顔も可愛い。

 しかし男っ気がまったくないのは、オタク特有の何かを発しているからだろう。


「まぁそれなりに、な。でも、あとはきみに任せたって、丸投げの感じだったぞ」

 彼女は「それでいいよ」と頷くと、勢いよくパイプの上から飛び降りて通路に着地した。

 ふわりとスカートが舞い上がるが、とりあえずまた突っ込まれそうなので目を逸らしておく。


「さて、明是秋景くん。鏡は見てきたか?」

 無防備に顔を近づけて、俺の目を見上げてくる。

 身長は百六十センチくらいか。

 真っ直ぐな目をしていて、何故か悪い娘ではないと思えた。


「あぁ、見たぜ。それなりには驚いてきたよ」

 そうだ。

 俺は三年も眠っていたため、今は二十一歳の立派な成人男性なのだ。

 身長は事故前から十センチ近く伸びたらしく、百八十センチになっていた。

 体つきは『感覚共有エンジン』の使用により、レーナにいた時と同じで鍛え抜かれた格闘家のようだ。

 伸びに伸びた黒髪は、とりあえず肩口で結んで前に垂れ下げている。

 黒目は右にのみ存在し、左の目には義眼が埋め込まれていた。


「なぁ、この義眼さ……視覚を補助する機能とかがない、ただの飾りらしいんだが……これを入れろってお前が言ったらしいな」

 女が俺の目を見入るようにして頷く。

 どうせなら見えた方がいいだろうに、どういった考えでそんな指示をしたのか疑問に思っていたのだ。


「サイバー義眼はハッキングが可能だからね。オレみたいなのが相手だと、アンタの視界から消えることも、逆に嘘の映像を見せることも出来るんだ。ここでは、なるべく生身でいた方がいいよ」

「なんだそりゃ。かなり、サイバーパンクだな」

「アンタの目から見たら、この世界はサイバーパンクそのものさ」

 わずかに笑う。

 茶色の髪に茶色の目、綺麗な白い肌……こうして見ると可愛いのだが……


「なに女を見る目してるんだよ。三年ぶりに肉の女を見て欲情してるのか?」

 そして意地悪な女である。

 聖人じゃあるまいし、女として意識しないわけがない。


「そんなつもりは……なくもないけど、俺は理性で制御するタイプだ」

「つもりあるのかよ。アンタの場合は理性じゃなくて、ヘタレなだけだろ?」

「おい待て、抗えない系男子をなめるなよ。身の危険を感じさせるぞ、この野郎」

「アンタ、理性で制御はどうした?」

 目を細めて呆れた表情を浮かべる。

「うるさいな。それより、これからしばらく行動を共にするんだろ? まず、名前を聞かせろよ」

 女は肩をすくめるような仕草をし、膨らませていたガムを口の中にしまう。


「ラフレシア……つぅことで、よろしく」

 愛想のない表情のまま、右手を差し出してきた。

 オレも黙って右手を差し出すと、その腕にスルリと組み付いてきて……


「ほら、行くよ」

 そのまま強引に通路の奥へと進み始めた。


挿絵(By みてみん)



 しかし本当に、通路と階段ばかりだ。

 街と呼ぶにはあまりにも殺風景で、ただ住んで生活するだけの物にしか見えない。

 また上層と下層では、住んでいる人間の階級が違うのだろう。

 下層に向かえば向かうほど雑多な露店が増えていき、生活感で溢れていく。

 計画性のない増改築を繰り返しながら逞しく生きている下層の様子は、ラット・シーに似たものを感じる。


「なんだ。楽しそーだな、アンタ」

 ぷぅとガムを膨らませる。

 そして何故か腕は組んだままだ。

 本人曰く、安全のためらしい。


「そうだな。こういう光景は親しみが持てるな」

 俺は、まんざらでもないように笑みを浮かべた。

 下町ってぇのは何処にでもあるものなんだな、と嬉しく感じてしまったのだ。


「それより、その……ラフレシアさん?」

「ラフレシアでいい。なんだ?」

 思っていた以上に身長差があるせいか、見上げてくる顔が人懐っこく感じる。

 いやでも、中身は素っ気ないハッカーなんだが……


「とりあえず、俺も名前で呼んでくれない?」

 パンッと風船が破裂する。

 それほど嫌なのか?


「いやな。俺の本名ってさ、記憶がないせいで馴染みがないんだ。ちょっとは、呼ばれ慣れておきたいんだよ。そうでもしないと、いつまでも違和感を覚えそうでさ」

 じっと見上げてくる。

 なるほど、七夢さんの言う通りだ。

 何を考えているのか、さっぱり解らない。


「明是……クン」

 すごく小さい声で呟く。

 そこまで嫌なのか?


「いやいや……呼び捨てにしろって言った本人が『クン』はないだろうよ。せめて、下の名前にしてくれない?」

 またしても、じっと見上げてくる。

 まじで何を考えているのか解らん。


「あ……秋景……」

 そして下を向いてしまう。

 なぜに恥ずかしいのか、俺はそれを聞きたい。

 そんなに恥ずかしい名前なのだろうか。


「ラフレシアって、確か花の名前だよな。やたらデカイ」

 コクリと頷く。


「うん。今はもう博物館にもない花だよ。オレも写真でしか見たことがない」

 あぁ、氷河期とやらのせいか。

 他にも絶滅したものは沢山あるんだろうな。


「なにか意味はあるのか? 花言葉とか」

 少しの沈黙。

 話すかどうするか悩んでいるのだろうか。

 やがて、はっきりとした声で説明を始めた。


「花言葉は夢現(ゆめうつつ)だ。夢と現実の区別のつかないぼんやりとした存在って意味らしい……ゾ」


 夢現と聞いて、思わず泡沫の夢を連想してしまう。

 しかしまぁ監視カメラで記録できないほど、超凄腕のハッカーである彼女に相応しい名前だろう。


「いい名前だな。似合ってるよ」

 今度は無言で見上げてくる。


「相変わらずだな……アキカゲは……」

 ラフレシアは少し不満げにそう言うのだった。

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