爪痕〈2〉〜明是ルート〜
ラブコメ、ラブコメ!
コーヒーでも飲みながらどうぞ!
コートの女が出ていって一分と経たない間に、違う女性が入ってくる。
ハイヒールの音をカツカツと鳴らし、いかにも仕事ができる女といった雰囲気だ。
栗色の長い髪にヘーゼルナッツ色の瞳をした眼鏡がよく似合う美人で、真っ白な科学者風のコートを羽織っている。
フェリシモの妖艶さとはまた違った、聡明で大人のいい女だ。
「ちょっと!」
女性は俺の顔を見るなり、大きな声をあげる。
そして足早でベッドに近寄ると、俺の顔を覗き込んできた。
「なんで外してるの!」
そう言って、俺の口元に生命維持装置のようなものを慌ててつける。
「ていうか、めちゃめちゃ覚醒してるじゃない!」
騒がしい女である。
さっきのフード女に呼ばれて来たのではなかったのか。
「あのさ……さっきの奴も、そうなんだけど……とりあえず誰?」
彼女が驚いて目を見開く。
「なんで、もう話せるの!」
何故だろう。
彼女に対しては理由のない既視感を覚える。
俺はどこかで、この女性と会ったことがある気がする。
「なんで覚醒の報告が来てないのよ」
彼女は耳についているイヤリングつまみ、何かをブツブツと呟き始める。
そして何もない空間で、指を上下左右に滑らせ始めた。
まるで液晶パネルを操作しているかのようだ。
「ここ一時間の、この部屋の記録を見せて……うん。映像もね」
あぁ……と、俺はこれで思い出す。
「目を覚ましていない……というか、今も明是君が一人で寝たままの映像になってる。これって、どういうこと?」
本人を目の前にして、考えに没頭するあまり大事な情報をぶつぶつ呟く女。
間違いないだろう。
「お前、南無子だろ」
またしても目を丸くしている。
なんて分かりやすい奴なんだろう。
そしてなにが『中身は十五歳の女の子』なのだ。
やはり俺の見立て通り『二十五歳くらいのキャリアウーマン』で間違ってなかったじゃないか。
「あとな。さっき誰もいなかったみたいに言ってたけど、南無子が来る前に一人いたぜ」
また驚きの表情だ。
本当に、まんま南無子なんだな。
「そんな……でも、明是君が一人で寝ている映像しか記録されていない……どうして?」
「いや、確かにいたぜ。派手なグリーンのコートを着て、ガムを噛んでた女」
そこで南無子が、顎に手を当てて一考する。
やがて……
「ラット・ゴーストだ。僕らと契約の話をした後に、ここへ来てたんだろう」
いつの間にか部屋の隅に座っていた、水色の短い髪に黒縁メガネをかけた若い男が呟いた。
暗い色のジャケットと無地のTシャツ、紺色の細身のパンツを履いていて、いかにもこの施設の人間ではない一般人といった感じだ。
左目には一筋の傷跡があり、閉じられている。
失明しているのだろう。
年齢は十八歳くらいか……知的でクール、そんなイメージだ。
「次から次へと、何なんだよ。お前は誰なの?」
相変わらず説明のないままだな、とため息をつく。
男はメガネをくいっと上げると、南無子と同じように空中で指をなぞらせ始めた。
あの予備動作は、ARの端末でも起動させているのだろうか。
いかにもなデザインの端末ではなく、色々な日用品にそういった機能をつけているということだ。
スマホしか知らない俺にとって、なんともお洒落で実用的なアイテムに見える。
「うん、間違いない。半日前からこの部屋の記録が、明是さんの寝ている時のものでループされている。目的は十中八九、記録の防止だろう」
その言葉を聞いて、南無子が慌てて何かを調べ始めた。
「なんて娘なの……この部屋どころか、この塔に入ったという記録が全くない。あの娘、どこにも映っていないわ」
「自分の映像記録を残したくなかったんだろうね。さすがウィザード級のハッカー『ラット・ゴースト』だ」
なんだかよく分からないが、さっきのフード女は凄腕のハッカーらしい。
監視カメラに、自身の映像記録を残さないことから『ラット・ゴースト』と呼ばれているのだろうか。
「ああ見えて彼女は『七夢』への不正侵入プログラムを作った天才だ。この塔のハッキングも容易いものなんだろう」
「ちょっと……それ『七夢』のプログラム管理してる私にとって、笑いごとじゃないんですけど……」
ジト目の南無子に、男は苦笑する。
たしか『七夢』へのダイブはサルベージャーしかできないはずで、それを外部から不正に行っているのがフラジャイルだった気がする。
となると、フラジャイルが生まれた原因は彼女にあるということか。
「もちろん七夢の組み上げたセキュリティは最高だが、それでも『ラット・ゴースト』を相手にするのは賢明じゃない。だから、仲間に引き入れたんだろう?」
「そうだけど……それだって、明是君がいるから仕方なく手を貸してやるって感じだったし……あの娘、私に対する信頼なんてゼロよ?」
チラリと俺へと視線を向けてくる。
俺がいるから?
じゃあやっぱり、さっきの女は俺のことを知っているということか。
「大丈夫だよ。僕をフラジャイルに引き入れたのは『ラット・ゴースト』だ。僕がここにいれば、きっと協力してくれるだろう」
だけど……と、不安の色を見せる南無子。
男は苦笑しながら彼女に近づき、すっと首元へと手を伸ばす。
「らしくないな。七夢はいつも通り、自信をもっていればいい。僕がついているから、安心して」
優しくほほえみ、白衣の襟を直す。
「そのほうが、可憐で好きだよ」
十八歳くらいの若い男にリードされて、顔を真っ赤にしている二十五歳くらいの南無子。
何このラブコメ。
起きてすぐ、これはきついんですけど。
というか……麻宮七夢。
そうだ、それが彼女の本名だったな。
となると、こいつは……
「お前がセブン……小泉乱歩か」
男は顔を向けずに、黙って頷いた。
この後2人は、ウマピョイ不可避…




