アークと鈴屋さんの物語っ!〈5〉〜鈴屋ルート〜
「あっ……」
返す言葉を見失う。
……なぜここに?
……誰?
……今の住人?
次々と疑問が生まれてしまい、相手の質問に対し名乗るかどうかの判断が遅れてしまう。
そして改めて彼女のことを観察してみる。
年齢は私と同じくらいだろう。身長は私よりも少し高く、百六十センチちょっとくらいだ。
部屋の中だというのに派手な色をしたグリーンのフード付きコートを被り、コートにはワッペンやバッジをベタベタと付けていて、いかにもオタクっぽい。
コートの下には薄ピンクのシャツと短めのフレアースカートを着ていて、スタイルは私よりも良さそうだ。
スカートから覗かせている健康的な白い足と、紐を結ばずダラシなく垂らしている大きめのスニーカーが視線を誘う。
茶色い目に茶色い髪、愛嬌のある整った顔立ちをしているが、その表情は何故か不機嫌そのものだ。
部屋の中を覗き込むと、レトロゲームや何かの機器の部品で足の置き場がないほど散らかっていた。
「なに黙ってんの?」
彼女はどかっと足を上げて、通せんぼをするかのように扉を蹴る。
そして音を立てながらガムを噛み、ぷぅと大きな風船を膨らませた。
ゲーマーで、ハッカー……そんなイメージだ。
「あの……昔、ここに私の幼馴染が住んでたんだけど……」
恐る恐る聞いてみる。
彼女は睨むように視線を光らせ、とても友好的とは言えない口調で返してくる。
「今は私と……ダーリンの部屋なの。で、アンタは誰なのよ?」
あぁ、と確かにここまで名乗らずにいるのは失礼だったと気づく。
「ご、ごめんなさい。私、六十八階に住んでる、鈴屋彩羽です」
ペコリと頭を下げるが、反応は薄い。
無言のまま私をじっと見てくる。
「そ。オレはラフレシア。まぁよろしく……っつぅことで」
気のない返事をし、そのままの体勢で腕を組む。
何故か態度が挑戦的だ。
「えっと……」
言葉を探す。
聞きたいことは……
「いつからここに?」
まるで彼の影を探るような質問だ。
ラフレシアは少し考える間を置く。
「一昨年からだよ。なんで?」
何故か責められているような感覚だ。
こんな時間にいきなり訪ねてきて、警戒しているのかもしれない。
「いえ……私もここに帰ってきたの久しぶりで。これからよろしくお願いします」
頭を下げるが、ラフレシアは軽く肩をすくめるだけだった。
「えっと……ゲーム……好きなんですか?」
部屋の奥に少し視線を移す。
今時手に入らなそうなレトロなゲームから、最新のものまであるように見える。
「まぁね。フルダイブから、むかぁしのパッド使うようなゲームまで何でもやるよ」
うん、物好きだ。
私がそれくらい古いゲームや昔のアニメを楽しんだのは『TOKYO2020』内である。
あのゲームは当時のカルチャーを網羅していて、ゲーム内で体感できることが一番の売りだった。
今はサービスも終了し『七夢』の一つとして管理されているため、サルベージャーとして施設に行かないとログインはできない。
そのため一般のレトロゲーム好きは、こうして実機を手に入れているのだろう。
「あの……さっきダーリンって……結婚されているのですか?」
ぷぅとまた風船を膨らませる。
なにか不満なようだ。
「まだだよ。でも負けないから」
はぁ、と首を傾げて見せる。
負けないとはどういう意味なのか、いまいちピンとこない。
「アンタはさ、好きな人いるの?」
そして思わぬ恋バナの直球である。
初対面でこれは……と思うが、自分も失礼な質問ばかりしているのであまり人のことは言えないだろう。
「いたんですけど……私の場合は叶いそうにないので……」
「ふぅん」
どこか呆れたような表情。
彼女はガムを膨らませたまま足を下ろすと、扉を閉めようとする。
「アンタさ……ここでまで逃げるつもり?」
「え……?」
言葉の意味がよくわからず、聞き返そうとするとバタンと扉を閉められた。
ここでまでって、どういう意味……
それにあの態度……もしかして私のことを知っているのだろうか。
明日また来れば話してくれるかもしれない。
私はそう思ってもう一度頭を下げると、少し残念な気持ちのまま自分の階に向かおうとした。
「おい!」
階段を降り始めた私の背中に、彼女の声がする。
顔だけ向けて振り向くと、ラフレシアが手すりから身を乗り出して何かを伝えようとしていた。
「アンタの探し物は、アンタと約束した場所で待ってるはずだ!」
え……っと聞き返すと、彼女はさらに続けた。
「ちゃんと思い出せ。アンタが言ったんだろ!」
視線を落とし、記憶を探る。
深く深く思い探る。
約束の場所?
私が……言った?
続いて彼の顔を思い出す。
そして、私は約束を思い出した。
「あなたは……?」
私が顔を上げた時には、すでに彼女の姿はなくなっていた。




