アークと鈴屋さんの物語っ!〈4〉〜鈴屋ルート〜
「えー。あーにぃ、どっか行っちゃうの?」
十四歳の私は、明是君のことを『あー兄』と呼んでいた。
彼は幼馴染で一緒にいることが当然の存在だった。
「いやいや、行くって言っても一週間だよ。親父がさ、月にあるリゾート区画の宿泊券当ててさ」
「えー。あーにぃ、月に行くの?」
「そうそう、初めての月だぜ。あんな金持ちしか行けないリゾート区画に行けるなんてよ。しかもスペースバス! 俺、初めて乗るぜ」
目をキラキラと輝かせて言う。
十八歳の彼は少年のような表情を持っており、特に笑った顔は無邪気で可愛い。
「いーーなーー。いろはも行きたいなぁ」
「カカカ、お土産いっぱい買ってくるからよ」
「……うん」
わざと寂しそうにしてみる。
私は彼に甘えていたのだ。
この頃から……いや、これよりもずっと前から甘えていた。
「そんな顔するなよ。いつか俺が、いっぱいお金を貯めて連れてってやるよ」
「うん!」
だけどあの日、全てが壊れた。
父が整備事故を起こしたのだ。
父の死を聞かされた私と母は悲しむ間もなく、もう一つの大きな事故を知らされた。
整備事故で生まれたデブリが、運悪く彼の乗るスペースバスに当たってしまった。
その事故で彼の両親は死亡、彼は半死半生の状態で救出された。
スペースバスの事故は二次的なものではあるが、残された私と母が背負う罪の意識は大きかった。
知らない人から、心ない言葉を浴びせられたりもした。
そうした中、母は日に日に衰弱していき、ある日そのまま目を覚まさなくなってしまった。
父と母を亡くし、ひとりぼっちになった私の元に現れたのは、親戚の七夢さんだった。
私は七夢さんに生活の面倒をみてもらいながら、毎日を無気力に過ごしていた。
そんな時だった。
七夢さんに『セブン・ドリームス・プロジェクト』の話を聞かされた。
私はその時、初めて彼が置かれている状況を知った。
彼を助けるには長期ダイブが必要で、何年もの人生を捧げなくてはならない。
そのため、サルベージチームに志願する人材が不足しているという。
自分しかいないと思った。
自分が罪を償うのだと思った。
それが始まりだった。
まずは第一層と呼ばれている『TOKYO2020』へのダイブだ。
彼は記憶を失くしている。
そのため、割と現実に近い世界と言われている『TOKYO2020』で、基本的な人間としての生活を覚えているところだった。
私は『TOKYO2020』内で、彼が遊ぶオンラインゲームを介してさりげなく接近した。
演技をすることが下手な私は、自分がネカマであるということにした。
そうしておけば、いつもの自分でいられるし下手なボロも出ない。
それにネカマだと言っておけば、現実世界で会いたいと思われることもないはずだ。
私の任務には、最後に決して避けられない別れがある。
それなら少しでも未練が出ないように……と考えたのだ。
彼はその後、理由不明のまま他の『七夢』へドリフトを行った。
私はかろうじて彼の追跡に成功し、そのまま彼の専属サルベージャーとして物語を綴ることとなった。
そのあとは辛かった。
ずっと、嘘をつかなくてはならい。
何ひとつ本当のことは話せない。
現実世界で起きた事故に対して謝罪もできない。
好きだとも言えない。
それが、とても辛かった。
それでも……
それでもあの世界は、陽だまりのように暖かく、どんな思い出よりも美しく、いつか見た桜の花よりも儚く、幸せだった。
だから余計に、罪の意識が重くのしかかるのだ。
償いをしたいのに、そのために来ているのに、楽しいのだから。
「また私、あの世界に帰りたいだなんて思ってる……」
帰りたい……そう考えること自体が間違いだ。
私が帰るべき世界はここで、帰るべき家はここなんだ。
もう誰も住んでいない、自分の家族が住んでいた部屋の窓を見上げる。
もちろん明かりはついていない。
この時間、夜を認識させるため天光が消されているせいか、部屋の暗さが余計に重々しい。
そしてつい、彼の家族が住んでいた七十二階の窓を見てしまう。
「……えっ」
私は思わず声をあげてしまった。
なぜか明かりがついていたのだ。
「誰か住んで……でも、売りに出されたなんて話は聞いていないけど……」
いや、私は何年もダイブしていた。
彼の部屋がどうなったかなんて聞いていない。
自然と階段を足早で登ってしまう。
間違いない。
扉からも明かりが漏れているし、中からは生活音も聞こえている。
誰かいる……違ってもいいから確認したい。
その想いは止められそうになかった。
数秒の迷いの後、やがて私は手を軽く握り、扉を二度ノックする。
心臓が高鳴る。
とても顔を上げられない。
期待と不安が入り混じり、逃げ出したい気持ちまで生まれてくる。
その時、分厚い扉が開かれ……
「何。アンタ、だれ?」
フード付きのコートを被った若い女が出て来たのだ。




