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アークと鈴屋さんの物語っ!〈3〉〜鈴屋ルート〜

 七夢さんの言葉通り、次の日からリハビリが始まった。

 内容はいたって原始的だ。

 まずは電気の刺激で筋肉をほぐし、そのあと療法士の手により負荷を与えていく。

 最初は、それの繰り返しだった。

 ある程度筋肉が動くようになると、物を掴むトレーニングから立ち上がるトレーニングへと、段階を経てリハビリの内容も変わっていった。

 またそれとは別に記憶の消去が的確に行われたかどうかの診断も、七夢さんから直接行われた。

 体を起こせるようになると、退院後に起こる行動制限や当面の生活について話し合うこととなった。

 すでに長期間のダイブをしてしまった私は、しばらくダイブ禁止となる。

 まぁでも、これまでのダイブによる給料もあるので生活には困らないだろう。

 物語の収益については、あまり興味のない話なので適当に聞き流していた。


 そうして私の三ヶ月に及ぶリハビリは、あっという間に終わったのである。


 退院の手続きを簡単に終えると、特に見送られることもなく施設のエントランスへと向かう。

 ここでは誰がどんな役割の仕事をしているのか、秘匿としていることが多い。

 まさか私が物語を完成させたサルベージャーだとは、誰も思っていないのだろう。

 セブン・ドリームス・プロジェクトが行われている専用施設『A−二塔』から出ると、久しぶりの外である。


 外……といっても、ここは巨大な宇宙船の中にある街なわけで、厳密には外ではない。

 もちろん空なんていう美しいものはなく、天光と呼ばれる味気のない明かりが天井から照らされている。

 建物といえば、特に色も塗られていない無機質な塔が無数に建てられているだけだ。

 無計画に増改築が繰り返された歪な形の塔と、それをつなぐ階段や細い通路でこの街は出来ている。

 塔には大小無数のパイプがむき出しで這っており、情緒や建築美とは無縁そのものだ。

 これなら『七夢の世界』の方が……いや、どこでもいいから仮想世界にフルダイブでもして、綺麗な街に籠もった方がマシだろう。

 そこには太陽や空、海がある。

 時折風が吹いては、潮の香りを運んでくる。

 どこまでも続く土の地面を歩き、草原を駆け抜け、多種多様な料理に舌鼓を打てる。

 健全なAI……泡沫の夢たちと、より人間らしい営みを築くこともできる。

 現実よりもレーナの町並みの方が恋しいなどと考える自分は、もう立派な『フルダイブ・ジャンキー』なのかもしれない。


 ……レーナ……


 ……そう


 私の記憶は消されていない。

 もちろん明是(あー)君の記憶もある。

 これはきっと、七夢さんの配慮だ。

 あの塔の中では常に監視されているので直接確認は取れていないが、まず間違いないだろう。

 ただ……記憶があるまま、こうして放り出されても空虚な思いしか生まれなかった。


 彼は三ヶ月前に退院している。

 スペースバス事故の被害者には『社会復帰支援プログラム』というものがあり、当面の住居と生活支援が用意されている。

 職を求めれば斡旋も行われるが、ドリフターなら物語の収益もあるから生きていくためのお金には困らないはずだ。


「あー君……」


 彼は今、どこで何をしているのだろう。

 この街のどこかに彼はいる。

 彼にとって見たこともない歪な無数の塔と、階段と、それを繋ぐ通路しかない……この無機質で何の面白味もない世界へ放り出されているはずだ。

 彼は、この世界に順応できているのだろうか。

 しかしそれを確認するための手段がない。

 そもそも再会する資格など、私にはない。

 これをもって私の背負う罪が少しでも軽くなればいい……それだけの話だ。


 人通りの多い通路に入ると、周りの雑音が嫌になり耳をふさぎたくなる。

 声をかけようとする男も多く、それを避けるように帽子を目深にしてかぶる。

 塔の間を抜け、通路を進み、階段を降りていく。

 賑やかな商店通りを避けて、人通りの少ない通路を選ぶ。


挿絵(By みてみん)


 あの賑やかなレーナでの生活と比べて、今はどうだ。

 私は1人、ただひとりだ。

 仮想世界ではあんなにも賑やかだったのに、現実世界ではひとりなのだ。

 現実世界のほうが孤独だなんて、まさにフルダイブ・ジャンキーそのものだった。




 E−五二塔。

 帰って来たのは数年ぶりだ。

 この塔の六十八階に、私の家族が住んでいた部屋がある。

 彼の家族が住んでいたのは七十二階だ。

 小さな頃から、家族同士で仲良くしていた。

 私に読み書きを教えてくれたのは彼だった。

 体を動かすことが得意な彼は、階段を転げそうになる私を何度も助けてくれた。

 人工衛星の整備技師で不在がちな父親に代わって、いつも兄のように側にいてくれた。

 大好きな、お兄ちゃんだった……


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