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アークと鈴屋さんの物語っ!〈2〉〜鈴屋ルート〜

まずは鈴屋さんの視点でログアウトからエンディングまで。


その後、あー君視点でログアウトからとなります。

 ──鈴屋彩羽(いろは)のログアウトを確認


 ──脈拍、脳波ともに安定しています


 ──覚醒まで三百六十秒


 じわりと意識がもどる嫌な感触がした。

 弱々しく瞼をこじ開ける。

 水中で停滞しているような独特の感覚……まだ蘇生ポッドの中なのだろう。

 体は動かない。

 指先すら動かせない。

 『感覚共有エンジン』を使用せずに長期ダイブを行っていたため、筋力が著しく低下しているのだ。

 円筒の水槽のようなポッドの中からは、慌ただしく動く『セブン・ドリームス・プロジェクト』のスタッフの姿が見えた。

 ポッドには衣類を着けずに入るため、覚醒したこの瞬間だけは恥ずかしい。

 もちろん女性スタッフが担当しているのだが、自分は全く動けないので、着せかえ人形のような状態で覚醒室に運ばれることとなる。

 その後はいくつもの検査を経て個室に運ばれ、何週間かかるか分からないリハビリを行うのだろう。


 あー君……明是君のようなドリフターは『感覚共有エンジン』を使用している。

 たぶん、すぐに動けるようになるはずだ。

 もともとこの軍用ポッドは、欠損した肉体の修復だけを目的として開発されたわけではない。

 仮想空間で訓練を行い、そこで得た負荷を肉体へと還元する。

 ようするに向こうで鍛えれば、現実世界の体も鍛えられるのだ。

 それこそが、このポッドの開発された本来の目的だった。

 仮想世界ならば危険度の管理も可能で、もし誤って傷を負っても現実世界ではポッドの機能により修復できる。

 また仮想世界の経過時間を早めれば、現実世界でよりも何倍もの速さで訓練することが可能になる。

 もっとも『時間の加速』は脳や肉体への負荷が大きすぎて、多用できないらしい。

 もちろん『セブン・ドリームス・プロジェクト』は練兵を目的としていないため『時間の加速』は使用されない。


 また、ドリフターは『ウイルス』の攻撃に対し『プラシーボ効果』を起こしやすい傾向がある。

 原因はいまだに不明。

「どうせ『プラシーボ効果』が起きるかもしれないんだから、ドリフターの『感覚共有エンジン』は入れておいていいでしょう」

 それが七夢さんの考えだった。

 ウイルスから受けた傷は『プラシーボ効果』のせいで消せないが、それ以外の傷はポッドで修復できる。それなら最初から入れておいた方が復帰も早くていい……というのが主な理由だろう。

 だから明是君は、目覚めたその日から普段通り動けるはずだ。

 それどころか仮想世界で習得した体術も、ある程度は体現できる。

 セブン……小泉乱歩が私に言った、ヴァルハラへ導くためにヴァルキリーが鍛えているようだという指摘は、あながち間違ってはいない。



 ──月の目の記録と彼女の報告書を照査して、記憶消去の領域を……



 外から声が聞こえる。

 月の目は『七夢の世界』にある観測システムのことだ。

 夜はもちろん、昼間も見えないだけで常にサルベージャーとドリフターを監視している。

 私が明是君に対し表立って真実を話せなかった理由は、主に月の目のせいだった。

 あの世界で月の目が届かなかった場所はドワーフの国と、管理者権限を持つ南無さんの私室くらいだ。

 常に監視された状態で、彼の問に答えられなかったことが本当に辛かった。

 それを察してくれて、疑問を口にしない彼の優しさが有り難かった。

 あぁ、でも……でもこれで……私の記憶も消されるんだ。

 私があの幸せだった記憶を持ち帰れるのは、ここまでなんだ。

 せめて明是(あー)君と、一度でも逢いたかったな。

 しかし悲しむ間もなく、強烈な睡魔が襲ってくる。

 きっと、次に目を覚ました時には……





 目が覚めたら、そこは真っ白な病室だった。

 部屋は個室で関係者しか入れない。

 もちろん体は動かない。

 口元には生命維持装置が着けられ、腕には点滴が打たれている。

「おはよう、鈴屋さん」

 少し艶のある大人の女性の声がした。

「おかえり、かしらね。それとも任務遂行、お疲れ様?」

 少し笑い声を交えながら、虚ろな私の目を覗き込んでくる。


挿絵(By みてみん)


 白衣を羽織ったその女性は、栗色の長い髪にヘーゼルナッツ色の瞳をした二十五歳くらいの、いかにもな美人だ。

 今どき視力回復の手術もせずレトロな眼鏡をかけていて、古い創作物に出てくる科学者のような出で立ちをしている。

「まだ声も出せないでしょ? 待ってね」

 彼女は私の頭のそばにある機器の電源を入れると、もう一度笑顔を見せてきた。

 脳の電気信号を読み取り、会話をするシステムだろう。

「さて、あらためて三年間の長期任務、お疲れ様。鈴屋彩羽(いろは)さん」

 頭の中で言葉を浮かべ、話そうとする。


挿絵(By みてみん)


「ただいま、七夢さん」

 耳元のスピーカーから私の声が聞こえた。

 しっかり私の声で再現するとか、相変わらず仕事の細かい女性だ。


「さて、現実の確認をしましょうか。あなたの名前と年齢は?」

 ログアウト後に必ず行う問答だ。自分が現実に帰ってきたという認識テストのようなものらしい。


「鈴屋……彩羽(いろは)……十七歳」


「任務の内容は?」

 一瞬、考える。

「ドリフターを探し出して、サルベージをすること」

 七夢さんが小さく頷く。

 質問は続いた。


「いつから、どれくらいやってる?」

「いつ……私が十四歳の時からだから、三年……かな」


「あなたの髪の色は?」

「……黒」


「あなたの目の色は?」

「黒かな」


「あなたの父親は?」

「衛星の事故で死にました」


「あなたの母親は?」

「病気で死にました」


「あなたの幼馴染は?」

 一瞬、言葉が消える。


「幼馴染……?」

「あなたが住んでいたE−五二塔よ。同じ塔に仲の良かった年上の男の子がいたでしょ?」

 あぁ、と思考が少し明るくなっていく。


「明是君? たしか父の衛星事故の……デブリに巻き込まれて……?」

 そこで、私は記憶の異変に気づく。

 そして直様、七夢さんの目を見つめる。

 七夢さんは無言のまま、今までにない真剣な眼差しで返してきていた。


「その後は……どうなったのかは、知りません」

 胸の奥底が激しい熱を帯びていく。

 動揺しているのが自分でもわかる。

 しかし今は、この情動を抑えるべきなのだろう。

 七夢さんは、そう……と短く呟くだけだった。

 

「あの……七夢さん……」

「続けるわよ。ここはどこ?」

 私の言葉を遮るように、七夢さんが質問を続ける。


「セブン・ドリームス・プロジェクト専用の……A−二塔……?」

「そう。ここはこれから二十四時間体制で、あなたの体調を管理するための部屋になる。退院するまでの間、すべての行動と会話が記録されるけど……いいかしら?」

「はい……」

「入院中、あなたの体に何らかの異変があった時、尚且つ本人の確認が取れない状態であれば、こちらの判断で手術や薬の投与を行うことになる……これも了承してくれる?」

「はい」

 七夢さんが満足気に頷く。

 そもそもポッドに入ってダイブする前にも了承しているのだから、今更なんで……と思うのだが、色々と手続きがあるのだろう。

「今の問答の記録で入院の手続きはお終い。ではこれから三ヶ月、筋力の回復を主としたリハビリを行います。退院目指して頑張りましょ」


 退院まで三ヶ月……思っていたよりも長い。『感覚共有エンジン』を使っていれば、このまま即日退院できるたのだろうけど……。

 しかし、もし自分にドリフターの資質があった場合、ウイルスの攻撃で『プラシーボ効果』を起こす危険性がある。

 体に傷が残る……それは流石にいい気分ではない。

 このリハビリは、臆病な自分に必要な三ヶ月なのだろう。


「あの、七夢さん」

「なにかしら?」

 問答は記録されている……彼女の目は、そう念押ししているように見えた。

「私が任務を終えたということは、物語ができたんだよね?」

「そうよ」

 物語……それによる収益は、この長期ダイブとサルベージの報酬となる。

 刺激的な娯楽が少ないこの鳥かごのような宇宙船で、物語はよく売れるのだ。


「いつ売られるの?」

 七夢が怪訝な表情を浮かべる。

「あなたは当事者だから、買えないわよ?」

 それは知っている。

 物語の主役となったサルベージャーとドリフターは、自分たちの物語を閲覧不可項目にされてしまう。

 その情報と脳がリンクしないよう処置がされる……らしい。

「一応、一ヶ月後ね。収益は二人の口座に自動分配されるけど、実際に入ってくるのは二ヶ月後かしら」

「うん。ありがとう」

「私の見込みだと、二人とも一生食べていけるくらいにはなるはずよ」

 七夢が肩をすくめるような仕草を見せる。

 私がそんなものに興味がないことぐらい、理解っているのだろう。

「リハビリは明日から。記憶についてのチェックは私が行うわ。今日はもう寝なさい」

 まるで娘を寝かしつけるような穏やかな表情で、彼女は見つめてくるのだった。

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