鈴屋さんとKBFっ!〈前編〉
導入部分です。
休憩時に軽いお話をどうぞ。
「あ・あ・く・ど・の!」
天下の往来で、わきゃっと俺の右腕にしがみついているのはハチ子である。
彼女はセブンがいないのをいい事に、あの艶っぽい格好のまま朝からずっとこの調子だ。
いつものクールな俺なら紳士的な対応で華麗に受け流すのだが、今の俺はすっかりハチ子に甘くなってしまっていた。
……あんな話の後だ……そりゃあ優しく接したくなるだろうよ。
そんなふうに考えてしまう俺を、いったい誰が責められよう。
「あー君、あー君」
逆側の腕では、水色の髪をさらさらと揺らすエルフ女子が俺を見上げていた。
「この状況は、どういうことなのかな?」
俺を責められる人物が、ここにいた。
「…………」
俺は終始無言だ。
話したら負けだ、と本能が告げていた。
今日のハチ子は昼間だろうが、ほろ酔いモードの口調で甘えてくる。
あの凛とした姿はどこへやらだ。
俺はそれを強く拒否できるわけもなく、なすがままの人形のようになっていた。
鈴屋さんがむすーっとしてしまうのも、仕方のないことだろう。
「あー君、エロゲの主人公にでもなったのかな? それとも、ハーレム気取りなのかな?」
「…………」
「……調子に乗ってるのかな?」
あんまりカナカナ言われると、どこかのナタを振り回す女みたいで怖いです。
「アーク殿~、両手に華ですなぁ」
「ほら、ハチ子さんは前向きだよ?」
「……ふぅん。じゃあ、私が悪いのかな?」
ものすごい爽やかな笑顔で、それは怖いです。
「鈴屋は何が不満なのですか~。アーク殿がモテるのは、いいことじゃないですか?」
「……あんまり、よくないかな」
「自分の彼氏がモテるのって、嬉しくないのですか?」
「……嬉しいけど……」
……お……鈴屋さんが言い負けた。
ほんとに、ハチ子ってすごいな。
「ハチ子は、鈴屋を想うアーク殿ごと好いておりますよ~」
「んなっ……!」
鈴屋さんは、どう怒っていいのかわからずにいるようだ。
滅多に見れない混乱っぷりに、俺もついつい傍観者モードに入ってしまう。
「アーク殿は鈴屋のことを、一番に想っているのでしょう?」
「うん、すごく」
「ぁ……ちょっ……あー君!」
「鈴屋は、幸せ者ですなぁ」
そう言っていっそうしがみついてくるハチ子さんに、鈴屋さんはムグッと言葉を詰まらせる。
やがて……
「……ぶよ」
何かをつぶやく鈴屋さん。
「……ん?」
「勝負よ! あー君をかけて!」
なにを言い出すの、鈴屋さん、ご乱心?
「鈴屋さん、そういうのって男がやるもんじゃ……」
「あー君は黙ってて! これは避けては通れない道なの!」
鈴屋さん、完全に変な方向にスイッチ入ってる。
「あらぁ~。私と、そんな勝負していいんですかぁ? そういうことなら、私……勝っちゃいますよ?」
「きれいさっぱり、あきらめさせてあげる!」
2人は勝手に盛り上がっていて、俺の意思など露ほども気にしていないようだ。
人形を運ぶがごとく、KBFへと引きずり始める。
俺はと言うと、すでに「天気がいいなぁ」と現実逃避モードに入っていた。
【今回の注釈】
・かな……うたわれるもののクオンではなく、竜宮レナの方ですごめんなさい。鈴屋さんは時折かなかな口調になります
・KBF……決戦のバトルフィールドの略。「ここは人が多い、広い場所へ移動すっぞ!」的な例のアレ




