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泡沫の夢〈2〉

真面目話にするとブクマが剥がれていくというジレンマの中、それでもここは描かなくてはならないので……


彼らの戦いを見守ってください。

 アカゼは背中から五本の蛇を生やすと、その攻撃を他の冒険者や金髪の兄妹キャットテイルへと向ける。

 蛇頭は巨大な鞭となり、また炎の吐息を撒き散らし圧倒していく。


 問題は黒髪のキャットテイルだ。

 彼女は赤い触手を容易くかわし、闇に消えては的確に急所を攻撃してくる。

 しかしアカゼには痛覚がないため、ダガーの呪いは効果がない。

 加えて高い再生能力も有している。

 ゆえにその攻撃は効果的とは言えないのだが、それでも魔王相手に唯一人で渡り合えるこの黒髪のキャットテイルは感嘆に値する存在だった。


「いくぞぅ〜しょぅねぇん〜」


 高速で襲いかかる二本の巨大な赤い触手を鼻先で回避し、瞬時に距離を詰め、得物を刺す。

 その繰り返しだ。

 人であれば、これに勝てる者はいなかっただろう。

 しかしアカゼは魔王だ。

 すでに、この世界の理を超えた存在であり、一方的に理不尽を遂行できる力を持っている。

 今しばらく『最強』と興じていたい気持ちはあるのだが、残された時間もあまりない。

 アカゼはさらに背中から六本目の蛇を生やすと、赤い触手とともに攻撃を繰り出す。

 物理攻撃は有効ではない。

 であるならば、広範囲に繰り出せる炎の吐息だ。


「あはぁ〜! そうくるかぁぃ〜!」


 女は回避不能の攻撃に対し、闇の中へと姿を溶かす。

 アカゼは、その瞬間を逃さなかった。

 すぐさま六本の蛇の頭を自分に向けると、そのまま業火を浴びる。

 自らの身体もろとも、影を渡ってくる女を焼いたのだ。

 女は小さな悲鳴に似た声をあげると、またも闇に消える。

 そして少し離れた屋根の上へと、その姿を現した。


「つくづく、私をヤクんだねぇ、あんたはぁ〜」


 腰に手を当ててアカゼに目をやる。

 しかしその視線は、どこか優しくもある。

 女は、かつて少年と繰り広げた死闘を思い出していた。


 ……左手……早めに神殿で、治癒してもらったほうがいいんじゃないか。ねぇさん、綺麗なんだし……跡が残るかもしれないぜ?


 あのキザで青臭い言葉は、退却を促す交渉ではなかった。

 おそらくは、正直に出た言葉なのだろう。

 だからといって、そんなことで一喜一憂するほどの純潔さは自分にはない。

 ただ、自分よりも遥かに強い相手と命のやり取りをしていながら相手の身を案じる少年に、暗殺者として過ごしてきた自分がある種の『尊さ』を感じたのは確かだ。

 そして、今回も……同じなのだ。

 少年は魔王に身を落としても、あの時のままだ。


「女の勘ってやつかねぇ。近い将来あんたとは、また会うことになるだろうよ〜」


 彼女は満足げに笑みを浮かべると、独り言を小さく続ける。


「いいよ……退いてやろう。行ってくるがいいさ、アーク……」


 彼女は最後にそう呟き、闇の中へと消えていった。




 最強の暗殺者を退けたアカゼの進軍は止まらない。

 百人を超える冒険者や、ギルドが用意した討伐隊を蹴散らしながら、真っ直ぐに港へと進んでいく。

 一方、港ではアカゼを迎え撃つための主力部隊が揃いつつあった。

 その中心となるのは今やレーナでは欠かせない存在、シェリー率いる窮鼠の傭兵団だ。

 少し後方には、月白の騎士団もいる。

 そして海竜戦で活躍した“竜殺し”の称号を持つ冒険者の姿もあった。


「なんで、あーちゃんいないんよ〜」

 白毛の女戦士が右手のサーベルをくるくると回しながら、不満を漏らす。

「アーク殿は、どこにいったのですか?」

 真っ黒なワンピースに青白い光を放つシミターだけという、軽装の女剣士がそれに同調する。

「鈴屋もいないし……こんな時に、どうして……?」

 美麗な女剣士の表情に、不安の色が見える。

 あの二人を欠いた状態で、魔王などというふざけた存在と戦わねばならないのかと思うと……


 いや……


 あの二人が…… 世界の外側の人(アウトサイダー)が、揃っていないというのは不自然だ。

 乱歩様から得た知識で、アウトサイダーが定期的な健康管理のため、四日間ほど戻ってこれないのは知っている。

 しかし、アーク殿は別だ。

 彼は帰還を果たすまで、ここにいるはずである。

 それとも、ついに鈴屋と帰ってしまったのだろうか。

 だとしたら、もう会えないのだろうか。

 そう考えると、自分としては魔王どころではないのだが……


「作戦は、あたしらが正面から注意をひきつけて、窮鼠の傭兵団が挟撃するん。そのあとは月白の騎士団が、あたしらの援軍に入って総攻撃……らしいん」

 アルフィーが不満げに口をとがらせて続ける。

「あたしは、あーちゃんが立てた作戦がいいんに……」

 ハチ子がそれに対し、肩を竦めて応えた。

「この作戦のベースは、海竜戦の時にアーク殿が立てたものと同じです。しかもなぜか魔王は、海竜を討伐したこの港に向かっています。結果として、こうしてみなの連携が上手くいっているのは、アーク殿のおかげです」

 少なくともこの時点で冒険者やキャットテイル達は、時間稼ぎとしての役割は果たせたと言えるだろう。

 不安は拭えないが腹を括るしかない。


「シメオネ達や、ラナ殿のおかげで体制も整えられました。アーク殿と鈴屋がいない以上、私達二人でやれることをやりますよ」

「んまぁ……ハッチィは、あーちゃんと似た動きするから、連携はとりやすいけど〜」

 アルフィーがサーベルで、肩をトントンと叩くと、大きな目を真っ直ぐに向けて問う。

「いい機会だから、聞いとくん。ハッチィ……あーちゃんのこと、好きなんよね?」

 この非常時に何を……と、ハチ子が呆れ顔で返すが、アルフィーは大真面目のようだ。

「ハッチィは、それを一度も言葉にしてないん。ちゃんと聞かせてほしいん」


 言葉に……?


 そんなこと、できるわけがない。

 自分がそれを言葉にすれば、あの二人を……アーク殿を困らせるだけだからだ。

 私は泡沫の夢なのだ。

 この想いは叶わない、それは最初から確定しているのだ。


「あたしは、あーちゃんが好きよ?」


 アルフィーがいつも通り、淀みなく言葉にする。

 彼女は、自身が泡沫の夢であることを知らない。

 しかし彼がどこか遠くに行ってしまうことは、なんとなく理解している。

 つまり自分の恋が叶わないことも、どこかで理解している。


 それなのに──


 言っていいんだ──


「そうね……」


 ハチ子が髪を後ろで束ねながら静かに頷く。


「私もよ、アルフィー。アーク殿のことが大好きです」


 アルフィーが僅かに微笑んで頷いた。

 まさか本人にではなく、彼女に告白するなんて思ってもいなかった。

 それでも随分と気が楽になったと思える。

 長く共に戦った彼女だから言えるのだし、同じ男に思いを寄せていたからこそ言えたのかもしれない。


「じゃぁ〜二人でそれ言って、あーちゃん困らせんとねぇ〜」

 構えにはいる歴戦の傭兵に、肩を並べるようにして立つ。


「ふふ……そうですね。少しは、あの幸せ者を困らせるべきですね」

 二人で顔を見合わせて笑い、互いに生き抜くことを約束する。

 魔王が怒号と悲鳴を引き連れて港に現れたのは、そのすぐ後のことだった。

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