鈴屋さんとジ・エンド!〈5〉
今週は2回更新となります。
ちょっと、いつもより文量多めです。
それでは、どうぞ。
「本物の『生きた意思』が異世界で戦った記録……って言うけどよ。結局は仮想世界なんだろ? 命なんて、かかってないんじゃねぇのか?」
しかし南無子は、首を横に振って否定する。
「プラシーボ効果って知ってる?」
今度は俺が首を横に振る。
「思い込みの力ってやつね。精神と肉体には、奇妙な繋がりがあるの。稀にだけど……七夢で負った傷が肉体にフィードバックすることがあるのよ。特にドリフターは、その傾向があるの」
あぁ、と頷く。
目隠しした状態で何でもない棒を『焼けた鉄』だと信じ込ませて当てると、なぜか火傷の症状が出るとかいうアレか。
完全に都市伝説の類だと思っていたが、思い起こせば気になることがある。
グリフォン戦で死にかけた時の二人の心配っぷりは、いまだ記憶に焼き付いている。
フェリシモの姉さんに懺悔のダガーで刺された時の南無子は本気で心配していたし、部屋から出ていく時なんて……絶対に死なせやしないんだから……と呟いていた。
鈴屋さんは俺が死にかけるたびに泣きそうになっていたし、海竜戦の時なんて……こんなはずじゃなかった……と大号泣していた。
本当の世界の記憶を失くしていた俺は無意識のうちに死への恐怖が薄れていたのかもしれないが、この二人はそれを知っていたから心配してくれていたのだろう。
「なるほど……だから南無子は、あまり戦闘に参加しなかったのか。鈴屋さんも、できるだけ安全な位置をキープしていたしな」
「そうよ。この世界なら魔法で怪我を治せるけど、あっちでは、そうもいかないのよ」
「いや、だけどよ。どうせ、その蘇生ポッドとやらで傷も治せるんじゃないのか?」
南無子が腕を組み、深く首を傾げる。
「それがね……どういうわけか、完全には治せないの。傷は治せても傷跡として残るから……あんたの目も……ね」
南無子が辛そうな目で、俺を見つめてくる。
……ってことは、失明しちまってるのか。
まぁ、随分と長い間そうだったから、現実の世界でも片目だと言わたところで、案外すんなり受け入れられた。
しかし南無子は、そうではないらしい。
「ごめんなさい……ほんとに、ごめん」
悲痛の表情を浮かべて、申し訳無さそうに頭を下げる。
何故か責任を感じているようだ。
南無子は俺が怪我をするたびに向こうに戻って、俺の体のことを診てくれていたのだろう。
むしろ俺は、感謝すべきなのかもしれない。
「南無子が謝ることじゃないだろ。これは俺の不手際だ。それに、ここで過ごした証にもなるしな」
俺がカカカと笑うと、南無子はもう一度「ごめんなさい」と謝った。
ここで過ごした証……と、ついハチ子の背中の傷を思い出す。
リザードマン・ニクスに憑依したウイルズが、ハチ子の背中に傷をつけた。
ハチ子はその傷を消さず『俺とのつながりの証』として、背負わせて欲しいと願ってきた。
俺は「傷なんて俺とのつながりにはならない」と言ってしまったが、それは撤回だ。
ここでの傷を持ち帰れるなら、俺はそれを望むだろう。
「まぁ……じゃあ、俺は治療の代償に、命がけで娯楽を提供していたってことか」
考えてみれば、なんとも間抜けな話だ。
俺がここで過ごした時間も、命をかけて戦った日々も、すべて観察され売られてしまうのだから。
ハチ子やアルフィーとのことも、おもしろおかしく描かれて見世物にされるのだ。
……
…………
………………冗談じゃない。
それが、鈴屋さんの狙いだとしたら。
最初から、お金のためにみんなを騙していたのだとしたら。
それで現実に戻った俺は、救われたと言えるのだろうか。
ネカマ……それだって、本当のところどうなんだ。
現実世界で会えないように、会いたいと思わせないようにしていただけではないのか?
事故の贖罪を理由にサルベージャーになっただけで、最初から報酬が目的だったのでは……という猜疑心すら生まれてしまう。
何せ、彼女の演技は完璧なのだ。
「少なくとも鈴ちゃんには、その恩恵があるわ。あの娘が最初から全部を知っていたという証拠……あの娘がこの世界に来てから何をしていたのか、見せてあげる」
そう言って、くるくると丸められた羊皮紙を俺に渡す。
「これは……?」
開けてみてと南無子に促され、恐る恐る羊皮紙を開いてみる。
そして俺は、驚きのあまり言葉を失ってしまった。
それはこの世界には存在し得ない布型の液晶パネルだった。
「秘匿項目四〇二、セカンド・サルベージャー〇四番、報告ファイル四十八番から再生」
南無子がそう呟くと、液晶パネルに光が灯り反応する。
そして勝手にウインドウが大きく開き、動画ファイルが再生され始めた。
そこには碧の月亭の窓から月を見上げている、無表情の鈴屋さんが映っていた。
──報告書ナンバー四十八。対象Aのドリフトを確認。補足用コード「赤影のマフラー」により追跡に成功。同時に「七夢」のひとつ「THE FULLMOON STORY」に到着。
鈴屋さんは淡々と、感情のないロボットのように報告を始めた。
あの表情豊かで可愛いエルフ娘は、どこにいったのだろう。
すべてが嘘だったのか、やはり演技だったのかと胸の内が苦しくなってしまう。
しかし俺の気持ちなど関係なく、動画は続いていく。
──報告書ナンバー四十九。対象Aの記憶に一部喪失の疑いがあり。断片化した記憶の回収を試みる。回収には「七夢」内において、数年の期間を要することが予想される。
これは……この世界に来た初日の出来事か。
名前を確認したり、ゴロツキにぶん殴られたり、風呂に行ったりしたんだっけな。
いま思えば楽しい思い出だが、鈴屋さんはそうでもなかったのかな。
冷たい目で端的に報告を続けている。
──報告書ナンバー五十。麻宮七夢に座標を報告。
そうか。
俺がパン屋で偶然見つけたんじゃなく、予め連絡をしていたのか。
そりゃそうだよな、タイミングが良すぎるし。
──報告書ナンバー五十三。麻宮七夢と合流成功。
それだけかよ。
もっと色々あっただろ。
もっと楽しかっただろ。
なんで、そんな無表情で言えるんだよ。
──報告書ナンバー五十七。フラジャイルと思われる人物が対象Aに接触。尚、サルベージは行っていない。
遺跡でセブンと遭遇した日か。
報告している場所が宿ではなく遺跡の近くのようだ。
月があれば、どこでも報告出来るんだな。
しかし、ここでセブンに強制サルベージとかされてたら大損だったんだろうな。
だから単独行動をしたことを、あんなに怒っていたのか。
死なれたら困る、サルベージされたら困る、大事な金づるだからな。
──報告書ナンバー五十九。対象A、麻宮七夢と行動中に滑落。その後の戦闘でさらに重症を負う。麻宮七夢が回復コードを使用し、一命を取り留める。そちらでの容態を確認したい。
回復コードってことは、七夢の製作者の南無子にしか使えない裏テクみたいなもんかな。
一応は心配してくれているんだな。
まぁ、現実世界の体が本当に死んでしまったら意味ないしな。
──報告書ナンバー六十。新たに名前のないドリフターと思われる人物が現れる。コードネーム8とする。
初めて鈴屋さんがハチ子と会った夜か。
もしハチ子がドリフターなら、彼女の物語も綴って売るつもりだったのかな。
──報告書ナンバー六十一。8と接触。フラジャイルが接触した「泡沫の夢」と予測される。こちらも監視対象とする。
レーナの近くにある小高い丘の上で、ハチ子と南無子と鈴屋さんが花見酒で勝負した時のだな。
そうか……この時にはもう「泡沫の夢」だと知っていたのか。
あれも楽しかったな。
でも鈴屋さんは何とも思ってないんだろうな。
表情ひとつ変えないんだから。
──報告書ナンバー八十三。対象Aがウイルスに感染。コード「三日月の断罪」の使用により、追跡の阻害に成功。
幽霊船のあとか。
そうか。
この眼帯は俺が気を失っている間に、鈴屋さんが俺のポケットに突っ込んだものなのか。
そりゃ、そうか。
都合が良すぎるもんな。
──報告書ナンバー八十七。対象Aが単独行動にて8を救出する。英雄的行動として物語への記録を要請する。
アサシン教団から、ハチ子を助けた時のか。
なんだよ、やっぱり知ってたのかよ。
あれも物語になるんだ。
売れそうだと思ったのかな。
でもあれは、俺とハチ子の物語だろうよ。
勝手に売るんじゃねぇよ。
──報告書ナンバー九十。ウイルス出現。これを撃破。
アルフィーが仲間になって、リザードマンを倒した時のか。
て言うか、アルフィーについては何も言わないのかよ。
仲間だろ。
ハチ子だって背中に大きな傷を負って、それを一生消さないって言ってくれたんだ。
あんなに大きな出来事が、たったこれだけなのか?
──報告書ナンバー百二十三。対象Aの活躍により、Sクラスモンスター海竜を討伐。ウイルスが出現するが、これを撃破。英雄的行動として物語への記録を要請する。
あんなに大泣きしといて、夜の報告ではこれか?
みんなと死闘を繰り広げたあとに出た言葉が、売れる物語をつくってね、ってことなのか?
それじゃ、あんまりだろうよ。
──報告書ナンバー百二十四。対象Aが英雄化。物語として成立したため帰還要請を受けるが、いまだに記憶の疾患が改善せず、しばらく様子をみることになる。
もう、いいだろうよ。
もう、帰してくれよ。
これ以上俺から、何を搾り取るつもりだよ。
──報告書ナンバー百三十八。私、鈴屋はAクラスモンスター「ゼ・ダルダリア」の毒により負傷、強制ログアウトを行う。
あぁ、そういえばスリープで寝てたもんな。
あれって鈴屋さんも、結構やばかったんだな。
で、安全な外から見てたのね。
たいそう、いいご身分じゃないですか。
──報告書ナンバー百四十一。対象AがAクラスモンスター「ゼ・ダルダリア」を撃破。麻宮七夢の外部介入により、「七夢」のひとつ「最果ての斑鳩」で実装される予定だった侍奥義スキル「一閃」を特別習得。
そうか。
あの技、他の七夢にある侍の奥義スキルなんだ。
そりゃ、つえぇ〜わ。
そういうのはさ、最初から使わせてくれよ。
固有スキルとか転生モノのテンプレなんだし、俺つえぇぇさせてくれよ。
俺、結構大変だったんだぜ?
──報告書ナンバー百五十八。対象A、女騎士の試練により過度なストレスの負荷を確認。再ドリフトの兆候あり。
あぁ、そうさ。
リーンを傷つけて、死にたいほど自己嫌悪したさ。
どこか別の世界に逃げてしまいたかったさ。
それも冷静に観察してくれてたんスね。
──報告書ナンバー百五十九。対象A、安定。
安定した?
あれはアルフィーが俺を救ってくれたんだ。
なんでアルフィーについては何も言わないんだよ。
俺が他の七夢に行かないでよかったんだろ?
そりゃぁ、せっかくここまで育てたんだもんね。
物語も順調に仕上がってきただろうよ?
──報告書ナンバー百七十二。対象A、Sクラスモンスター「ジャック・オー・ランタン」と遭遇。麻宮七夢が絶対不可侵領域コード「Absolutely nonaggressive area expansion」を使用し、これを撃破。
あの楽しい祭りも、これだけかよ。
ていうか、南無子の方がよっぽど裏テクで助けてくれてるな。
鈴屋さんて何してたんだろうな。
鈴屋さんは……
淡々と……
まったく表情を変えることなく……
感情のないロボットのように……
俺がこの世界で唯一信じていたものが……
俺と過ごした時間を……
この世界の全てを否定していく……
「アーク、あんたは本当の名前を取り戻さなければならない。この世界が現実じゃないと、否定しなければならない」
南無子が虚無感に支配された俺の心に、黒い闇を注ぎ込む。
「さぁ、思い出して。あんたの名前は、なに?」
言葉をなくした俺は、闇の渦に飲み込まれ、思考の全てを闇に投じる。
「……俺の名前は……」
今度は言葉が自然と出てくる。
それは俺の意思と反しているように感じた。
いや、もう意思などなかった。
彼女の全てが演技だったと理解った今、全てがどうでもよかった。
「……アカゼだ」
その瞬間、この世界を滅ぼす『赤目隻眼の魔王アカゼ』が誕生した。




