鈴屋さんとジ・エンド!〈4〉
※ネカマの鈴屋さんはSFラブコメです。
※ネカマの鈴屋さんはSFラブコメです。
大事なことは2回言うスタンス。
辛い話の先でラブコメはどう着地するのか、楽しんでもらえれば幸いです。
「私は最初のサルベージチームに志願して、ドリフターを探すことにした。ドリフターが生まれたのは、私が設計したこの世界での事故でもあるからね」
セブンが話していた、ファースト・サルべージチームのことか。
南無子が責任を感じるものでは無いと思うのだが、仕事としてのプライドがあるのかもしれない。
というか、前々から大人びているとは思っていたのだが、やはりこいつは十五歳の女の子ではないな。
……見た目は若いが変わらないな、麻宮は……。あの頃と同じ、綺麗なままだ。二十代の……
思わずセブンの言葉が頭によぎる。
二十代の……って、もしかしたら年上なのかもしれない。
「それで、セブンを救ったのか?」
「まぁ……そうだけど……小泉乱歩については、今はいいわ」
ツインテールを揺らせて、少し目をそらせる。
どうにも歯切れが悪い。
記憶を消されるとか言っていた気がするが、南無子はセブンのことを思い出したのだろうか。
しかし、何も記憶まで消さなくてもいいと思うのだ。
ここで過ごした時間をなかったことにしているようで、それは悲しく感じる。
それとも、悲しく感じないように記憶を消すのだろうか。
他に理由があるとすれば……そこで俺は、ネットゲームによくあるトラブルを思い浮かべた。
あった。
そうやって救われたドリフターが、もしサルベージャーに好意をもってしまったら、現実世界に戻ってから会いに行こうとするだろう。
しかしサルベージャーが仕事として救っただけなら、ドリフターのその行動はただのストーカー行為になる。
そう考えると双方の記憶を消すなり、個人情報を特定できないようにして、現実世界で会えないようにすることは当然の配慮と言えよう。
だとしたら。
だとしたら、俺と鈴屋さんは現実世界に帰っても会えないということになる。
ここで過ごした、全てを失うことになる。
俺はそれが正しいことだとは思えない。
到底、容認できない。
なにか。
なにか方法は無いのだろうか。
セブンは記憶を失っていなかった。
例えば俺がセブンのようになれば、鈴屋さんと会えるのではないか?
そう考えたドリフターが、フラジャイルになっているんじゃないのか?
「……フラジャイルってのは、みんな元々はドリフターだったのか?」
南無子が一瞬、怪訝な表情を浮かべる。
「いいえ。フラジャイルは、あくまでも公式でないサルベージャーのことよ。どうやってるのかは解らないけど、勝手に『七夢』に潜り込んで、勝手にサルベージするイカれたハッカーね。ちなみにハッカーの中には“死こそが救済”だと考える、超過激な奴らがいてね。精神を破壊するために、ウイルスを送り込まれたりもしたわ」
それは前にも聞いた、ウイルズのことだろう。
楔をつけ破壊をする反乱の槍……ドリフターの座標を特定できるヒモをつけ、殺そうとする追尾プログラム。
事故の被害者に対して莫大なお金が使われていることに、妬みでも持っているのかもしれない。
いかにも、ありそうな話だ。
しかし……
「まったく、ピンとこねぇ」
両手を広げて、はっきりと言ってのける。
こんな突拍子のない話、どう理解しろというのだ。
「自分の名前を思い出せない……それが、現実世界を見失っているという一番の証拠よ?」
南無子が真っ直ぐに目を向けてくる。
「それだけで、そんなことが言えるのか?」
「記憶を失くしていなければ、普通に名前は覚えているもの。それに泡沫の夢なら、与えられた名前を答えるわ。名前を答えられないのはドリフターだけなのよ。それが唯一、ドリフターと泡沫の夢を見分けるための手段なの」
この世界において記憶のない=名前のない存在、それがドリフター。
記憶の保持者は名前を答えられる。
泡沫の夢も名前を答える。
そうか。
ハチ子は名前を教団に奪われていた。
だからセブンは、ハチ子のことをドリフターだと誤認したのだ。
しかしハチ子は名前を持っていた。
本人すら忘れていたようだが、彼女の名前はアヤメだ。
ではやはりハチ子は、泡沫の夢ということになるのか?
そういえば。
そういえば、俺がこの世界に来て最初にしたことを思い出す。
それは鈴屋さんと二人で冒険者ギルドに行き、俺の名前がどうなっているのか確認したことだ。
もしかしてあの行動は、俺がドリフターで間違いないかどうかの確認作業になったのかもしれない。
そう考えていると何故だか胸が苦しくなり、理由のない吐き気に襲われる。
なんだろうか、この気持ちは。
体の中心でどす黒い渦が生まれ、ぐるぐると回り始めているような感覚に襲われる。
「あんたが帰るために必要なことは二つ。名前を思い出すことと、この世界は現実じゃないと強く認識することよ」
「いやな……この世界の否定って言われてもよ……元の世界の記憶もないのに、否定も何もないぜ。だいたいよ、鈴屋さんは何でサルベージャーなんかしてんだよ?」
南無子が大きく息を呑む。
言葉にすることを、少し躊躇しているようにも見えた。
「あの子はあんたを……というか、スペースバスの事故を起こした人物の関係者なのよ」
関係者?と、首をかしげる。
「そうよ。だから、あの子があんたを救うことは、あの子にとっての贖罪でもあるのよ」
関係者……贖罪……
そもそも、どう関係しているのかだ。
いや。
果たしてそんな理由だけで、何年も見知らぬ男と過ごすものなのか?
ずっと俺の横で、ニコニコと笑顔をみせていたというのか?
到底、信じられない。
信じたくもない。
そこには、何らかの感情があったはずだ。
もっと他に理由があったはずだ。
俺は邪推を振り払うように頭を揺らせて、願望じみた思いにすがりつく。
しかし南無子は、無常にもそれを否定した。
「それにね……ドリフターをサルベージすると、莫大な報酬が出るの。 あの子が時間をかけて、あんたのサルベージを狙っていたのは、その報酬が目当てでもあるのよ」
腹の中の黒い渦が、さらに大きくなる感覚がした。
金のため?
そんな訳がない。
鈴屋さんは、そんな浅ましくない。
「サルベージに成功した人には長期間ダイブの規定報酬とは別に、ドリフターと過ごした行動を『物語』として売る権利を得られるのよ」
物語……何度か聞いた言葉だ。
セブンが小泉乱歩として、ベストセラーの物語を出したような意味合いの会話をしていた気がする。
「あんたがここで捧げた人生の全てを、あの月が二十四時間ずっと記録しているの。本物の『生きた意思』が異世界で戦った記録……空想を超えたリアリティのある英雄譚は、現実の世界で高く売れるのよ。思い出してみて。あんたは英雄へ至る道を、鈴ちゃんの手によって歩まされていたはずよ?」
俺の中のどす黒い渦が大きくうねる。
圧倒的に強い鈴屋さんは、俺がやられそうな時以外はトドメを刺さない。
ヴァルキリーがヴァルハラに連れて行く戦士を育てるように、見守るような戦いをしていた。
それはまるで、物語を綴っているようだった。