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鈴屋さんとジ・エンド!〈3〉

ラブコメはちょっとご辛抱。

どうか今しばらく、彼らの物語を見守ってください。

「あの世界が元の世界じゃない?」

「そうよ」

 南無子が、きっぱりと言い放つ。

 そう言われても、俺は確かに東京で暮らしていたはずだ。

 しかし思い出そうとすると、どうしても頭の中で浮かぶ光景にモヤがかかってしまう。

 自分の部屋でネットゲームをしたり、街をぶらぶら歩いて回ったりしたような記憶は、なんとなくあるのだが……


「七つの仮想世界ってなんだよ?」

「……私がつくった『七夢』について説明するとなると、最初から話すしかないんだけど……あんたにとっては、混乱の上塗りにしかならないのよね」

 南無子が額に手を当てて、大きく息を吐き出す。

 そしてそのままの姿勢でしばらく思考に時間を費やし、やがて意を決したかのように切り出した。


「これから私は事実を羅列するわ。あんたが混乱することも承知の上でね。覚悟はいいかしら?」

 思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 これ以上混乱すると言われても、聞く以外に選択肢はない。

 どうせ今の俺には、理解の範疇を超えているのだ。

 覚悟を決めて強く頷くと、南無子は目を閉じて静かな口調で説明を始めた。


「現実世界で二万七千七百四十時間前……あぁっと、約三十八カ月くらい前かしら。宇宙ステーション間を運航していたスペースバスが、整備事故を起こした人工衛星のデブリに衝突……この事故によりスペースバスの乗客二百七十二名が死亡、百二十八名が救助された。しかし救助された乗客のほとんどが肉体を著しく欠損、意識不明の状態になった」


 宇宙ステーション間を運航していたスペースバスの事故?

 俺の頭の中には、一般人が宇宙で生活していたなんていう記憶はない。

 しかし、『デブリ』というワードには聞き覚えがある。

 ドッペルゲンガーの魔神バルバロッサが、鈴屋さんをコピーした時に出した言葉だ。


 ……セブン・ドリームス・プロジェクト……デブリ……フラジャイル……ウイルズ……


 バルバロッサは、そう呟いていた。

 そしてそのすぐ後、鈴屋さんに瞬殺されたのだ。

 いま考えれば、あの時の鈴屋さんはバルバロッサに余計なことを話されまいと、慌てて滅ぼしてしまったようにも受け取れる。

 南無子に対してデブリについて質問をした時も、宇宙ゴミのことね……と、宇宙であることを断定して答えていた。

 いまのところ、この話の信憑性は高いと判断するしかない。


「この事故に対して、同情の声はすごく高まったわ。なんとかして事故の被害者を助けられないのか……ってね。それで政府は、特別に軍用蘇生ポッドの使用を許可したの。ちなみに軍用蘇生ポッドは、欠損した肉体の細胞をナノマシンを使って再生する超高価な最先端の医療機器よ」


 蘇生ポッド……漫画か何かで見たことがありそうだ。

 夕凪の塔にあった、円筒の水槽に似ているのだろうと勝手に想像する。


「肉体の再生に必要な時間は、一万二百二十時間〜一万七千五百二十時間……おおよそ、十四〜二十四ヶ月かかるのがわかったわ。そうなってくると、ひとつ大きな問題が生じるの。わかるかしら?」

「桁と話が凄すぎて、頭がまわらねぇよ」

 南無子は肩をすくめると、そりゃそうよねと付け加える。

「意識不明のままそれだけの年月がすぎると、脳の活動が著しく低下してしまうのよ。下手したら精神の喪失……つまり植物人間状態になってしまうの。そこで私は肉体が回復するまでの間、被害者の精神を仮想世界に強制ダイブさせることを提案したの。仮想世界で生活していれば、生きている時と同じレベルで脳に刺激がいくからね。そしてすぐにサービスが終了したフルダイブゲームを使って、七つの仮想世界をデザインした。それが七夢……セブン・ドリームス・プロジェクトよ」


 さてこれは、どこから質問すればいいのだ。

 途方も無いSF話を聞かされて、正直突っ込みどころしかない。

 南無子の話によると、俺は宇宙で大きな事故に巻き込まれて体はボロボロだという。

 そして今は、南無子の作った仮想世界にいるということになる。

 しかし何ひとつ、その記憶は無いのだ。


「俺がその……本当の……元の世界の記憶がないのは事故のせいか?」

 南無子が黙って頷く。

「あんたも含めて特に酷い人はね……事故のショックで、記憶の一部を喪失しているの。だから、あんたのような記憶を失くした人たちには、一番現実に近い世界『TOKYO2020』で記憶の再構築をすることになったのよ。あんたがあの世界を現実だと思いこんでいるのは、そのせいよ」


 記憶の再構築……つまり、記憶は取り戻せないということか。

 では、今の俺にとって『TOKYO2020』こそが現実となり得るのだが……実際のところ、その記憶すらあやふやだ。

 それほど記憶の障害が大きいと、考えるべきなのだろう。

 しかし不思議と、焦りのような感情は生まれてこない。

 取り戻せないとわかってしまえば、仕方がないと受け入れてしまえる自分がどこかにいた。


「まぁ、記憶を失くしても人格までは失われないから、そこは安心して。あんたは、あんたのままなのよ。そうね……あんたは、生きるために必要な最低限の知識を『TOKYO2020』で養っていた……と考えるべきね」


 たしかに記憶はないが、生きていくための一般的な知識はある。

 しかしそれも『TOKYO2020』で得たものだ。

 南無子が話すような、宇宙で生活をするほど科学が発展した世界の知識ではない。

 それが、どれほど役に立つというのだろう。


「……記憶に障害がない人は『TOKYO2020』には行かないのか?」

「基本的にはダイブさせないわ。あそこは、現実と誤認しやすいから」

「現実に近いなら、その方がいいんじゃないのか?」

 しかし南無子は、静かに首を横に振る。

「だめよ。肉体が回復しても仮想世界を現実だと思い込んでしまったら、現実に戻ってこれなくなるもの。だから『七夢』は、ゲームによくある非現実的な世界を作る必要があったのよ」


 南無子の話を、整理してみる。

 記憶の喪失をしていない被害者は、元の世界の記憶を持ったまま強制的にダイブをさせられることになる。

 ダイブ先の世界が現実と似通っていた場合、仮想世界の方を現実だと思い始める。

 そうなってくると、どこが現実世界なのか、その確信を見失い、帰ってこれなくなるということか。

 それ故、現実とはかけ離れた世界を用意した。

 ……それはつまり……


「記憶の保持者には、異世界転生をしたと認識させたのか。そうすれば、普通は現実世界への帰還を目指すもんな」 

「そうよ。すべてを説明しても、いいことは何もないもの。ちゃんと帰れる状態になってから、説明したほうがいいという判断よ。ところがね……強制ダイブから千四百六十時間が過ぎた頃、『TOKYO2020』から別の『七夢』に移動して、そのまま消息を絶ってしまう人……漂流者(ドリフター)が現れたの」


 解釈としては、サーバー間を移動して、他のゲームにコンバートした感じだろうか。

 現実の記憶を失くしたまま、仮想世界の東京から他の世界へ転生……そりゃぁもう、現実がどこだか分からなくなりそうだ。

 そして、そのうちの一人が……俺、というわけだ。


「この問題は、とても大きなものになった。何せ『七夢』で動かしているNPCノンプレイヤーキャラクターのAI……通称、泡沫の夢は、数え切れないフルダイブゲームのプレイヤーをモニターし、膨大な人格情報を蓄積して作られたもので、一見した程度では、人との区別がつかない。そのせいで一度でもドリフターを見失うと、AIと見分けがつかずに見つけ出せなくなるのよ」


 泡沫の夢……たしかに、ここの住人は人のそれにしか見えない。

 彼らの中から記憶を失くした漂流者を探すことは、非常に困難だろう。


「そこで私達は何とかしてドリフターを見つけだし、より安全に現実世界へ引き上げることを目的とした組織『サルベージャー』を作ったの」


 サルベージャー……セブンが南無子に救われたということは、南無子はサルベージャーだ。

 そしてセブンの話を信じるなら、おそらく鈴屋さんも……ということになる。


「サルベージャーには複数の任務がある。第一にドリフターを見つけ出すこと。そして見つけ出したら、今度はぴったりとマークして、現実世界の肉体が回復するまで監視し続けなくてはならない」

「回復するまでって……さっき、1〜2年かかるとか言ってなかったか?」

「そうよ。でもまたドリフトされて、見失ったりでもしたら元も子もないからね。だからサルベージャーは、長期間ダイブし続けることになるの。もちろん連続ダイブには限界時間が定められているから、適度にログアウトするんだけど」


 適度にログアウト……話が少しつながっていく。

 南無子はよく不在になっていたし、鈴屋さんは体調管理という理由で定期的に医療施設へと行っていた。

 鈴屋さんが最初に、いなくなったのはいつだ?

 ……確か始まりの墓の前で、2人で帰ろうと誓ったあとだったか……


「ログアウトしている間は、この世界からいなくなるんだな……それって、この世界で四日間くらいかかるのか?」

 南無子が、俺の考えを肯定するように頷く。

 つまり鈴屋さんは今、ログアウト中ということだ。

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