鈴屋さんとジ・エンド!〈2〉
最近iPadAir4買ったので絵を描いてます
楽しい…
異界の魔王『アカゼ』の討伐隊編成は、すぐに進んでいった。
とはいえ、今回はエメリッヒやルクス、窮鼠の傭兵団にお任せ状態である。
俺の役目は、もう終わるべきだろう。
それに正直なところ、他のことで頭がいっぱいだったということもある。
それは、この討伐イベントが『この世界を管理する者』による『強制的な介入』ではないかという疑惑だ。
その考えに至った理由は二つある。
まず第一に、鈴屋さんが不在であること。
鈴屋さんは健康管理という名目で、定期的に医療施設『リディシア』へと行っている。
大体いつも四日ほどで帰ってくるのだが……このタイミングで、魔王の現界である。
もしかしたら鈴屋さんの留守を狙ったのでは、と俺が邪推してしまっても仕方がないというものだ。
第二の理由として、こういった大きな討伐は、『この世界を管理する者』による『テコ入れ』の可能性が高い。
これまでセブンと南無子から聞いた話から推測するに、何らかの目的があると考えていいだろう。
そうなってくると、俺の取るべき行動が絞られてくる。
「南無子、いるか?」
俺は色々と裏事情を知っていそうな南無子の家を訪ねることにした。
セブンの話によると、南無子の部屋は特異点であり、月の目の監視とやらが届かないらしい。
そういえば南無子は、この家の中でのみ現実世界に触れるような会話をしていた。
監視の目とやらを無効にできる権限でも、あるのだろうか。
「来たわね」
ぎぃっと乾いた音を立てて、木の扉が開かれる。
ツインテールの少女は、俺がここに来ることを予測していたのだろう。
鋭く眼光を光らせながら、無言のままで俺を招き入れる。
南無子の後ろに続き、パンを焼くための薪窯がある部屋を抜けて鍛冶工房へと向かう。
そして木の丸椅子に座るよう促すと、本人は両腕を組みながらテーブルに小さなお尻をのせた。
「魔王ね?」
言葉は直接的かつ端的だ。
何かを探る様子も、隠す様子も見受けられない。
覚悟に満ちたその表情は、俺よりもよほど大人びて見える。
「異界の魔王『アカゼ』だっけか。あれは『強制的な介入』ってやつじゃないのか?」
あまりに何もかもが不確かすぎて、俺の質問も大雑把だ。
しかし南無子は、そんな俺の心情すら理解してるかのようにゆっくりと頷いた。
「そうよ。というか、私の仕業よ」
ほう。
私の仕業……と、きたか。
どうやら本当に、何も隠さない気でいるようだ。
「また大きく出たな。俺としては何もわからんのだが……それは外から、南無子が何かしたってことか?」
南無子がツインテールを揺らせながら頷く。
表情は硬く、迫力すら感じてしまう。
「カカカッ、今回は随分と正直だな。そいつぁ、全部を話す気になったってことか?」
「そうね。私も、いい加減呆れているの。だから、全てを話してあげる」
明らかに不機嫌そうに目を閉じながら、右掌を上に向ける。
呆れている……の対象は、鈴屋さんに対してだろうか。
全てと言われると、突然過ぎて身構えてしまうものがある。
「そして今日、あんたを連れ出すわ」
今度は、今日連れ出す……と、きた。
もちろん元の世界にという意味だろうが、そうなってくると、いよいよ南無子は何者なのだ。
「すげぇな。そんなこと、南無子の意思一つで出来るのかよ」
「そうよ。やり方は色々と、あるんだけどね。ただし、ひとつ条件があるわ」
南無子が指を一本立てながら続ける。
「あんたが、自ら『帰る』という決断をしなさい」
その目は、厳しい大人の目だった。
責任を負えと言われているようだ。
──帰る。
──俺が今、それを望めば帰れる。
しかし、なぜか即答できない。
こうして急に決断を迫られると、答えられない。
俺は“その機会があったら、いつでも帰るつもり”でいたのだが、やはりそれは“つもり”だったのだろう。
心のどこかで、その決断を鈴屋さんに委ねていた。
居心地のいい、この世界に甘えていた。
ハチ子やアルフィーに甘えていた。
昼でも夜でもない夕闇に立ち、どちらかを選ぶでもなく、まどろみに佇んでいたのだ。
南無子は、俺の意思による決断を促している。
ここで「鈴屋さんに相談してから」だなんて、言える訳もない。
俺は、今この時に『この世界との決別』を覚悟しなくてはならない。
一瞬、アルフィーの言葉が脳裏によぎる。
俺たちのことをよく知っている、ハチ子の悲しげな表情も思い浮かんでしまう。
しかし俺は、その迷いを断ち切ろうと半ば強引に頷いてみせた。
「そう。じゃあまず、あんたに一つの質問をしてあげる」
一つの質問……どこかで聞いたことのあるフレーズだ。
たしかセブンが雪山で「ある“一つの質問”をすれば、お前はすぐにでも帰れるだろう」と言っていた。
「漂流者を連れ戻すには、漂流者が現実だと思っている世界を、現実ではないと認識させることから始まるのよ」
現実だと思っている世界を、そうではないと否定する……言葉の意味がよく理解できない。
「それが、質問ひとつで出来るのか?」
自分でも笑顔が引きつっていると分かった。
南無子の言葉に嘘はないのだろう。
理屈抜きで、そう確信できた。
それはまるで『世界を破壊する言葉』のようで、言いようのない恐怖すら感じてしまった。
「アーク、あんたさ……」
南無子が一度、深く息を吸う。
「あんたの名前、覚えてる?」
一瞬、時間が止まったかのような感覚に襲われた。
俺の……名前?
「名前って……もとの世界での……だよな?」
「そうよ」
「そりゃもちろん……」
しかし言葉が、その先に続かない。
元の世界のことを思い出そうとすると、黒いモヤがかかっていく。
そしてすぐに、考えることを放棄してしまいたくなってしまう。
まるで都合の悪い真実から目をそらされているようだ。
「覚えてないでしょ?」
「……いや……なんか、リアルネームとか久々だし……」
「よく言うわ。あんた、ここでも“ああああ”っていう“名無し”じゃないの」
「それは、俺が元の世界のゲームでつけた名前だから……」
南無子が大きくため息をつく。
「じゃあ、その“元の世界”について、どんな記憶があるのかしら?」
元の世界の記憶……俺はたしか薄暗い部屋でゲームをしていて……
しかし他の光景が、全て黒くぼやけていく。
思い出せるものが、それしかないのだ。
確かに俺は、鈴屋さんのネカマプレイを手伝っていた……はずである。
しかし、それすら箇条書きの文章が頭に浮かぶだけで、その光景までは思い出せない。
頭の中で思考が、うねるようにして渦巻いていく。
混乱を落ち着かせようとしても、その手立てすらない。
「そこでの、あんたの両親はどんな人?」
さらに質問が追求される。
両親……
二つの人影が脳裏に浮かぶ。
しかし顔に黒いモヤが生まれてしまい、はっきりと思い出せない。
「教えてあげる。あんたが前にいた世界はね、『七夢』のひとつ『TOKYO2020』よ」
南無子の話す内容が、まったく理解できなかった。
混乱の渦にある記憶は、混沌としていて何ひとつはっきりとはしない。
「なな……ゆめ?」
「そうよ。七夢……麻宮七夢がデザインした七つの仮想世界『セブン・ドリームス・プロジェクト』のことよ」
言葉が出ない。
理解が追いつかない。
しかし彼女は容赦なく続けた。
「あなたは本当の現実世界が、どこにあるのかもわかっていない。七つの仮想世界を渡り歩く、記憶を失くした漂流者なのよ」




