鈴屋さんとアウトサイダー!
ちょっと真面目な本編モードです。
しっとりとした気分でどうぞ。
真っ白な月が、港町レーナを照らしていた。
碧の月亭の屋根の上は、俺の指定席でもある。
「白い月が綺麗ですなぁ……」
ハチ子は、酔うと口調が変わる。
本当に酔っているのかどうかは、実のところわからないのだが……
いやハチ子に関しては、わかっているようで、何ひとつわかっていない。
「アーク殿、今宵はハチ子へのご褒美なんですよ~」
猫なで声で、もたれかかってくる。
うん、これで酔ってないとなると、俺はロールを見抜けない人だ。
きっと現世でも、詐欺にかかるタイプなのかもしれないな。
……しかし……
なんか妙に薄着だし……こちらとしても、自制心を保つのに必死だぞ。
「寒くないの、ハチ子さん」
「心配してくれるとは……アーク殿はお優しいですなぁ」
目のやり場に困るし、鈴屋さんがどっかで見てそうで怖いし、俺のクールはどこかに旅立ったようだし、色々とピンチです。
「アーク殿、私がこんな格好でいる意味はおわかりですか~?」
「……わかりません……」
「ではこの格好、どう思いますか~?」
「端的に言うと……適度に隙だらけで……とても魅力的ですけども」
「にゃは~」
うん、酔ってる。
鈴屋さんに見せられないくらい甘えてくるし……そして、かわいい。
「アサシンとしての装備をすべて外している意味……決して軽くはないのですよ〜♪」
あぁ……まぁ、そうだよね。
俺も完全に武装を解くことなんてない。
盗賊系は、だいたい用心深いからな。
俺を信用してくれているという、意思表示でもあるんだろう。
「まぁ何よりも、今日は師匠もおりませんので……故に、このような格好でいられるんですよ~」
「……ん? ……ってことは、いつもは、セブンがハチ子さんのことを見張ってるの?」
「いつもではありませんね~。でも〜いつ見張ってるかも、わかりませんね~」
「……なにそれ……ハチ子さん、大丈夫なの?」
「まぁた、そうやって心配してくださるのですね。でも、大丈夫です。今朝から4日間は、確実に不在ですから。まずこちらには、いませんよ♪」
随分はっきりと言い切るけど……4日間……任務か何かかな?
「つまりですねぇ~私からいろいろ聞き出すなら、今がチャンスなのですよ~」
……お見通しか。
しかし改まってそう言われると、どこまで突っ込んでいいのやらだ。
「……けっこう突拍子もないことを、ズバズバ言うけど……いいのかな?」
「アーク殿……私は今、師匠の意志に反した行動をとっています。だからこれは、私の独断……話せる内容は話しますが、それがアーク殿のためにならないようなら、話しませんよ~」
「うん、十分。むしろ、自分の身の安全を最優先にお願いするよ」
ハチ子は顔をほんのり赤くしながら、にゃは~と嬉しそうにもたれかかってくる。
「んじゃぁ……ハチ子さんは、プレイヤーなの?」
直球を投げつける。
何より知りたいのは、これなのだから。
「せっかちですなぁ、アーク殿は〜」
その瞳が、少し悲しげに見えたのは気のせいだろうか。
「アーク殿は、どうしてそう思われるのですか?」
「まずは、そのシミター。それはゲーム内の賞品だったからな。それから色々と……リアルの話題もしてたろ?」
ハチ子が一考する。
話していいのかどうか、考えているのだろう。
その眼差しは、先ほどまでと違い真剣だ。
「……このシミターはですね……師匠の物です。私の戦い方も……その“リアルの話題”というものも……師匠から聞いたものですね」
「……え?」
「私はアーク殿の言うところの、“プレイヤー”ではありませんよ~」
その笑顔は、これまでの彼女には似合わない……酷く寂しげなものだった。
俺は驚きを隠せなかった。
プレイヤーじゃないとしたら、此処の住人……つまり、NPCみたいな存在になるのか?
「やだなぁ、そんなに混乱しないでくださいよ~。アーク殿の考えてる通り、私は酷くあやふやな存在なんです」
「……待て……待て待て待て。じゃあ、つまりセブンはプレイヤーで、ハチ子さんはこの世界の住人?」
ハチ子が黙って頷く。
「プレイヤーという言葉が、よくわかりませんが……この世界の人ではない……外側の人と認識してます」
思考が混乱する。
俺は目の前の……こんなにも親しくなった人が、急に遠くの存在に感じた。
「ハチ子さんは、ここの住人でありながら……向こうの話を聞かされて、協力してるっていうの?」
やはり黙って頷く。
「師匠に自分の正体……というか、この世界と外の世界のことを聞かされて……色々と教えてもらいました。この世界の住人で、この事を知っているのは、たぶん私一人ですね〜」
「ここは……なんなの?」
「それは……ん〜……私から言うべきではないですね~。今それを話すと、取り返しの付かないことになってしまうかもしれませんし……その役目は、もっと他の誰かかもしれませんね~」
「……他の誰か?」
「はい。つまりは、アウトサイダーですね」
「俺と同じプレイヤーってことか……」
「ん~……アーク殿は……」
一瞬、言葉を飲み込む。
「アーク殿は、アウトサイダーで間違いないのですが……もうちょっと複雑ですね」
なんで、そんなにも胸を締め付けるような目で見てくるんだ。
「……突拍子もない話だけど……例えば俺がこの世界……俺はここを、ゲームの中の世界と仮定してたんだけど……ここから、もとの場所にもどったら、ここは……ハチ子さんはどうなるの?」
「……さぁ? 何事もなくアーク殿のいない世界として、続いていくのかもしれませんし……消えてしまうのかもしれませんし~」
消える……という言葉の重さに、目がくらむ。
そんなこと、あっていい訳がない。
「ハチ子は、そんな存在なのですよ〜」
そして、またもたれかかってくる。
「アーク殿の優しさも、この日々も……ハチ子にとっては泡沫の夢なのです。あるいは、ハチ子が泡沫の夢そのものかもしれませんが……まぁ、ハチ子にとっては、どちらでも同じことなので~」
「……なに言ってんだよ。それでいいのかよ」
「いいも悪いも、それが事実なんですから」
「……じゃあ俺が、ここにずっといるって言えば……ハチ子さんは、ここにいられるの?」
「いられますよ。でもそれは、アーク殿の帰還を邪魔する行為ですから。そんなことをしたら……大体、鈴屋に怒られますよ?」
「いや、でも……事情を話せば、鈴屋さんだって……南無子だって……」
「ハチ子のためにそう思ってくれて、悩んでくれるのは、本当に嬉しいですよ〜?」
よりかかるハチ子の重みが、妙に儚げに感じた。
「でも、アーク殿の鞘はここではありません。戻るべき場所に、帰るべきです」
「……でも……」
「アーク殿は今日、自分の意志で踏み込んできました。帰りたいんですよ、アーク殿は……鈴屋と……」
「……俺は、この世界が好きだよ? ハチ子のことも……気に入ってんだ」
「駄目ですよ~。ここに残るなんて考えちゃ。それでは、ハチ子が唆したことになってしまいます。ハチ子はアーク殿の犬として、元の世界へ帰すお手伝いをします。だから、アーク殿は鈴屋と帰るんです」
かける言葉が見つからなかった。
ハチ子に限らず……グレイだってそうだ。
色々な人と出会って、つながってしまったのに、俺はそれをすべて断ち切らなきゃいけない。
できるのか、いまさらそんな事。
「アーク殿の心の真ん中にいる人が鈴屋なら、いつものアーク殿でいればいいんですよ~」
「……つまり、鈴屋さん中心に俺は動いてればいいってこと?」
「そうです、それで世はこともなし、です。私はその手伝いと、今日みたいに楽しい日が送れればそれで……」
嘘だ。
そんな人間、いるものか。
だって君は生きている。
この世界がどういうものかもわからないけど
それがどんなにあやふやでも
君は生きている。
だから、そんなふうに割り切って考えられるはずない。
「アーク殿は、お優しいですなぁ。そんなに悲しい顔しないでください。アーク殿なら……また明日になれば、こんな話は聞いてなかったかのように振舞って、いつもと変わらず接してくれると、ハチ子は信じてますよ」
「無茶言うなよ……」
「いえ、アーク殿は常に期待に応えてくれる人です」
「俺はそんなんじゃないよ」
ハチ子は、いいえ……と、首を横に振る。
やめてくれ。
そんなに真っ直ぐな目で見つめられると、俺の選択肢がなくなってしまう。
「オーケイ……わかった、ハチ子さんが、それを望むのならそうする。まだ、頭の中がぐちゃぐちゃで整理出来ないけど……ハチ子さんのこともなんとかする」
「……ハチ子を?」
「あぁ。まだ何も考えつかないけど……考え続けるから……」
「アーク殿は…………いえ……ハチ子は、それを信じます」
本当はもっと……色々と真相に迫る話を聞けそうだったと思う。
でもそれは、ここじゃない……
今じゃない……ハチ子からじゃない……
帰る理由、すべてを知らなくてはいけない理由。
そして、守りたい人も増えた。
「さぁ、アーク殿。もう一献、いかがですか?」
「あぁ……これからも、たまにこうして飲もうぜ」
「ハチ子は、さながら第二夫人のようですなぁ~」
そんなの鈴屋さんに怒られるよ……と、苦笑すると、ハチ子は「秘密にしておけばいいんです」と、いつものように笑っていた。
自分の部屋に戻ると、鈴屋さんがベッドの上にちょこんと座って待っていた。
「おかいもー。あー君、遅いよ〜」
鈴屋さんは不機嫌なふうでもなく、わずかに笑顔をみせている。
対して俺は先ほどの話のこともあり、少し沈んだ気持ちでいた。
「うん、ただいも……」
ハチ子の言うようにいつもの自分でいられるのだろうか、と思い悩んでしまう。
「……あー君?」
鈴屋さんが俺の異変に気づいたのか、ベッドから降りて近づいてくる。
駄目だな、こりゃ……すぐバレそう。
「……あー君、ハチ子さんに何か言われたの?」
「どうしてさ?」
鈴屋さんが、俺の顔を覗き込んでくる。
澄んだ瞳に、心の奥底まで覗かれているような気がした。
「鈴屋さん、聞いてくれる?」
「……ん…………なぁに、あー君」
「俺、やっぱり帰りたいや。鈴屋さんと」
「……ん……」
「改めてね、そう思った」
「……うん……」
「ハチ子さんはね、いい人だよ」
「……うん……」
「俺は惑わない。迷わない。鈴屋さんを信じてるし、鈴屋さんと帰りたい」
「……うん……」
「だからさ……」
「あー君……」
そこで鈴屋さんが、俺の頭を正面から抱きしめた。
思わぬ不意打ちに、内側からとめどなく熱いものが込み上げてきていた。
「ありがとう……あー君。がんばろうね」
その……すべてを見通しているかのような言葉が……ぬくもりが……俺の堰を切るには十分すぎるものだった。
【今回の注釈】
・おかいも、ただいも……これ、うちの固定だけだったのだろうか…普通に使ってました
・俺は惑わない……「星は惑わない」惑わない星の台詞ですね。あの人の漫画はペース遅いけど純血のマリアとかも楽しかったです




