鈴屋さんとジ・エンド!〈1〉
最終章、始動です。
ラブコメとはいえ、ラストは真面目モード。
今しばらくおつき合いください。
リーンとルクスが『幻獣カーバンクル』を討伐してから、半年の月日が流れたとある昼下がり。
「アークさん、お願いします!」
薄い金色の短髪を潮風になびかせた爽やかな好青年が、勢いよく頭を下げてくる。
天下の往来で俺なんぞに向けて、何やってんのと言いたいところだ。
「あのなぁ、ルクス。お前さ、あの後も討伐任務をこなして、今やレーナの新たな英雄とか呼ばれてんだろ? こんな人目のつくところで、俺なんかに頭下げるなよ」
しかし……と食い下がるルクスに、隣を並んで歩いていたアルフィーがシッシッと手をふる。
「あんたなぁ〜あんまり、あーちゃんに会わんでほしいんよ」
「なんでッスか、姉御!」
今度はルクスの隣りにいたリーンが声を上げる。
レーナの大通りへ買い出しに来ていた俺とアルフィーは、なぜかルクスとリーンに捕まっていた。
理由は何となくだが、把握している。
恐らく、いまレーナで持ち上がっている物騒な噂についてだろう。
それは数日前に太陽神『アデス』の大司教が天啓を受けたというものだった。
しかも、その内容がとんでもない。
──数日中に異界の魔王『アカゼ』が現界するだろう。
ラナに調べてもらった情報によると『アカゼ』は赤い1つ目の魔王らしい。
闇のような不定形の体をしていて、全ての憎悪を飲み込んで破壊をもたらすと云われている。
魔王なんてそう簡単に現れる訳がねぇと、どこか他人事のように聞き流していた俺も、すぐにその考えを改めさせられた。
王都から『アカゼ』の現界に向けて『月白の騎士団』を中心とした討伐隊を編成するよう、各ギルドに協力要請が出されたのだ。
流れとしては、海竜の時と同じだろう。
エメリッヒ率いる『月白の騎士団』、ギルド所属の冒険者団、窮鼠の傭兵団で連携をとって討伐隊を編成する。
つまりこの二人は、エメリッヒに言われて俺のもとにやって来たということだ。
「あんなぁ……リーンが来たら、あーちゃんが色々してくれた苦労が、水の泡になるかもなんよ?」
「ぐっ……だけど、あれは……」
「あぁ、いや、もうその話はいいから。それよりも、俺にどうしろってんだよ?」
「また力を貸して欲しいんス」
ルクスも真っ直ぐに、俺の目を見つめて頷いてくる。
そりゃまぁ、この二人のためになるなら力を貸すことも、やぶさかではないのだが……
しかし──
しかし俺は、この突如として湧いて出てきた魔王討伐という、とんでもイベントに違和感を覚えていた。
もしかしたらこれは『この世界を管理する者』による『強制的な介入』ではないか?
ワイバーンや海竜がそうであったように……
「まぁ、ある程度は協力するが、あんまり当てにしないでくれ。俺よりも窮鼠の傭兵団とよく話したほうがいいぞ」
などと言いつつ、俺の隣には窮鼠の傭兵団第三部隊長のアルフィーがいるのだが、アルフィーは俺との連携しか考えていないのだから話す意味がない。
ここは直接、シェリーさんと話し合ってもらったほうがいいだろう。
リーンが一緒なら、あのアフロも協力してくれるはずだ。
二人もそれには納得してくれたようで、何度か俺に頭を下げたあと、ラット・シーに向かって行った。
「がんばれよ〜若き英雄よ〜」
俺が冷やかすように手をふると、アルフィーが俺の腕に絡みついてきた。
そして上目遣いで嬉しそうに笑みを浮かべてくる。
「なん〜、すっかり隠居モードなん〜?」
「ひっつくなって。なぜに、お前は嬉しそうなのだ?」
「もう、あーちゃんが危険な目に遭うん、嫌なん」
本心なのだろう。
その一途な想いに、俺もどこかで嬉しく感じてしまう。
「まぁな。死にたくはないさ。それに俺は、いつか鈴屋さんと帰るしかないんだし」
久々に「帰る」という言葉を口にしたと思う。
アルフィーには“海を超えた東方に”という意味になるのだが、それでもそれは寂しく感じているようだ。
白毛の少女は少しだけ悲しげに瞳を濁らせて、俺を見上げていた。
「そしたらあたし、あーちゃんを追うからね」
それは無理だと、本人も感じているのだろう。
その時が来たら、アルフィーはどうするのだろう。
その後アルフィーは、どうなるのだろう。
「急に消えたりなんかしたら、あたしは絶対追いかけるからね」
つまり別れくらい、ちゃんとしていけということだ。
それは勿論、そのつもりだ。
わかってはいる、理解ってはいるのだ。
「あぁ。急になんて行かないさ。もしそんなことがあったら、一発本気で殴っていいぜ?」
カカカッ、と笑う。
泡沫の夢……どうみても人のそれにしか見えないここの住人たちに、俺はどう別れを告げればいいのか。
その答えだけは、どれほど考えても見つけられそうにない。
「約束だかんね」
アルフィーが小さく呟いた言葉に、俺は曖昧に頷くことしか出来なかった。




