鈴屋さんとバレンタインでぃっ!〈3〉
お気楽話、さらっとどうぞ。
テーブルの上には溶けたチョコと、紙に包まれた謎の塊がいくつもあり、完成品と思われるチョコが見当たらない。
一方の鈴屋さんはというと、だらしない姿勢で椅子に浅く座り、呆けた目をして天井を眺めている。
ここまでやる気の失った鈴屋さんを見るのは初めてだ。
とても珍しいので、記念に写真を撮っておきたい気分である。
「あのぅ〜、鈴屋さん?」
埒が明かないので声をかけてみる。
するともう一度、長い耳がぴょこんと動いた。
「なに〜? チョコ欲しいの? あー君」
目線だけを俺に向けて、気の抜けた声で返してくる。
「欲しいですけれども……どしたー? 元気ないねー?」
「へっ……」
口元を軽く歪ませて、自嘲気味に笑う。
これまた初めて見た表情なのだが、それはそれで可愛いってのが鈴屋さんの凄いところだろう。
「じゃぁ、はい。おいで〜、フェンリル〜」
あくまでもやる気のない声で、サラッと氷の上位精霊を呼び出す。
召喚に応じて現れた真っ黒な狼は、鈴屋さんの隣にてくてくと歩き、そのまま大人しく座る。
冷気を纏うフェンリルの頭の上には、なぜか鍋がくくり付けられていた。
「はい、どーぞー」
鈴屋さんが投げ遣りな態度で、鍋の蓋を開ける。
その中を覗き込むと、タプンタプンのチョコが入っていた。
チョコは固まっておらず、かといって水のようにサラサラでもない。
絶妙に微妙なとろけ具合だ。
「チョコジュース……的な?」
恐る恐る聞いてみるが、鈴屋さんはまたしても「へっ……」と笑う。
「あー君がさー、生チョコがいーとか言うからさー、生クリームを作ろうとしたんだけど無理でさー、南無っちもいないしさー、仕方がないからラナちゃんのところに行ってさー、魔法の素材で代用できないか聞いてさー」
口からエクトプラズムを出しながら、これまでのいきさつを説明しはじめる鈴屋さん。
ハチ子とアルフィーは、何か知っているのだろう。
いかにも、居た堪れないといった表情を浮かべている。
「それっぽい魔法の素材を使ったんだけどさー、そしたらどんなに冷やしても固まらなくなったのさー」
なるほど。
あまりに固まらないから、凍らせる覚悟でフェンリルを呼び出したのか。
こんなことで氷の上位精霊を召喚してしまうとは、さすが鈴屋さんである。
きっちりわんこ座りをしているフェンリルに、氷の上位精霊たる威厳などない。
なんと哀愁の漂う姿なのだ。
「こんなの生チョコどころか、ただの液体チョコだよー」
そしてまた「へっ……」と笑う。
「でも液体ってほど水っぽくないし、飲めもしないけどねー」
なるほど、なるほど。
間に合わなかったので、この態度なわけか。
女子力高めに何でもこなしていた鈴屋さんにとって、この結果は不本意極まりないのだろう。
しかし、だからといって食えないわけではない。
俺はもう一度、フェンリルの頭の上にある鍋を覗き込もうとする。
「いーよ、もう。ハチ子さんとアルフィーの食べればーっ!」
鈴屋さんは少しだけ語気を荒げて、感情的に鍋を払い落とした。
鍋は乾いた音を立てながら、木の床を二回・三回と転がり、チョコを撒き散らしながら壁に当たって動きを止める。
「おぉっ、なにやってんだよ!」
俺は慌てて駆け寄り、鍋を拾い上げる。
鍋の中を確認すると、まだ半分くらいのチョコが残っていた。
多少粘り気があったおかげで、全滅は免れたようだ。
「鈴やん、そんなんしたら駄目なん」
アルフィーが嗜めるように言うが、いじけた少女にその言葉は逆効果だ。
鈴屋さんは見た目こそエルフ嬢だが、もともと中身は十六歳なのだ。
こういった一面も、あって然るべきだろうよ。
俺は何気なく、床にこぼれたチョコを指でなぞり口元に運ぶ。
少し甘めだが、ほろ苦さもある美味しいチョコだ。
「何してるの、あー君。そんなの汚いよ」
鈴屋さんがやめなよと声を上げるが、勿体ないものは勿体ない。
この一つひとつに鈴屋さんの想いが込められているのだから、それを拾い上げるのは当然というものだ。
俺は片膝をついたまま小さく唸り、しばし考え込む。
やがて、たしかこんなのあったよな……と思いつく。
「ハチ子さん、外で肉とか焼く時にぶっ刺すやつある? 鉄のでかい針みたいなの」
「あぁ……グリルフォークなら冒険道具の中にありますね」
首をかしげるハチ子に、そいつは上々だと頷いてみせる。
「アルフィー、下に行って……そうだな、なんか果物とかパンとか分けてもらってきてくれる?」
「ん〜? 了解なん〜♪」
俺が何か思いついたことを理解したのだろう。
その内容まで聞かずとも、言われた通りに一階へと向かう。
「……何をするつもりなのかな?」
「カカカッ、鈴屋さんらしくないな。別によ、生チョコに拘る必要ないんだぜ?」
イジケた目を向ける麗しのエルフ嬢に、俺はウインクひとつしてみせた。
「なんなんこれ〜♪ なんなんこれ〜♪」
アルフィーが悶えるようにして、頬に手を当てる。
こうしてみると、アルフィーも普通の女の子だ。
いくつもの修羅場を越えてきた傭兵の面影など、どこにも見当たらなかった。
「こんな食べ方もあるのですかぁ〜♪ ハチ子はマリアージュに感激です〜♪」
ハチ子も初体験だったのだろう。きゃぁきゃぁと声を上げて喜んでいる。
「ん〜〜あまぁぃ〜♪」
鈴屋さんも、すっかり機嫌を取り戻したようだ。
それもこれも、俺のナイスフォローの賜物だ。
俺たちはフェンリルの頭の上にチョコ鍋を置き、パンやイチゴを付けて鈴屋さんのチョコを食べていた。
鈴屋さんのチョコは、常温以上だと液体に……冷やすとトロリと柔らかく溶ける。
それならば、冷やしチョコフォンデュにしてみようと思ったわけだ。
チョコフォンデュは、この世界にはない発想であり、通常はチョコを適度に温めながらやるものである。
それを冷やしながらやるという新しい食べ方で、とんでもなく美味しいデザートになってしまったのだ。
鈴屋さんが一体どんな魔法の素材を使ったのかは分からないが、これもラット・シーに持ち込めば大流行することだろう。
「あぁー、チョコなくなってきたぁん〜」
「もっと食べたいですね。他に、どんな食べ物と合うのでしょうか。色々と試してみたいです!」
このテンションである。
女子だねぇと、俺が眺めてしまうのは仕方のないことだろう。
本当に女子という生き物は、チョコに目がない。
「チョコならまだまだ、あるだろうよ」
そう言って俺はテーブルの上にあったチョコを、ボトボトと鍋にぶっ込む。
するとチョコは何らかの魔法の力で、みるみる溶けていった。
「燃料投下すれば、まだまだいけるぜ?」
俺は飛び切りの笑顔で答えてみせる。
しかし、その瞬間だった。
二人の顔が一瞬で強張っていく。
「あーちゃん、なんしてるん?」
白毛の女戦士が低いトーンで呟く。
「アーク殿、私達が気持ちを込めて作ったチョコを何だと……」
元アサシン娘が声を震わせる。
そういえば、このイベントはバレンタインだった。
このテーブルにあったチョコは、二人が持ち寄ったものだ。
俺は鈴屋さんのフォローに頭がいっぱいで、すっかり忘れてしまっていた。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁ……」
いくら後悔と懺悔の言葉を並べたところで、許されるものではないだろう。
成すがままに罰を受けるしかない。
「ふははは〜っ! 二人のチョコなんて、私のチョコに取り込まれて消えてしまうがいぃ〜!」
そしてまったく空気を読まない鈴屋さんが、高笑いをしながら勝利宣言をするのだった。
いよいよ本編が動き出しますよ〜




