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鈴屋さんとバレンタインでぃっ!〈2〉

バレンタインはなにやら不穏な空気…

 それから、数日後の朝のことだ。

「今日は三人であー君に御馳走を作るから、ここで大人しく待っててね」

 麗しのエルフ嬢は爽やかな笑顔を浮かべながら、慣れた手付きで俺を簀巻きにしていく。

 結び目をきつく縛るあたり、まったく信用していないようだ。

「あの〜なんで俺は、縛られてるんですかね?」

「暇だからって、ぶらぶらされたら迷惑だから」

 無慈悲な言葉を、ピシャリと言い放つ。

 鈴屋さんの後ろではハチ子とアルフィーが大きく頷いていて、信頼のない俺はとても哀しい。

 こんなもの俺の知っているバレンタインとは全然違うのだが、やはりその言葉は飲み込んでおく。

 これから彼女たちはチョコを作るのだろうし、それを見られたくないという乙女心を尊重すべきだろう。

 そんなこんなで俺は鈴屋さんたちに『外出禁止令』を出されてしまい、自室で軟禁状態となってしまった。


 そして、それからさらに数時間後──


「アーク殿、アーク殿」

「……んぁ?」

 どうやら俺は、ベッドで簀巻きにされたまま眠ってしまったらしい。

 ハチ子が申し訳無さそうにしながら、ロープを解いてくれる。

「よく、縛られたまま眠れましたね」

「男子たるもの、どのような状態でも眠れるスキルを持っていないとな」

 手首をさすりながら、カカカと笑う。

「それで? ハチ子さんから、めちゃくちゃ甘い匂いがするんだけど」

 スンスンと鼻を鳴らして、ハチ子からほのかにするチョコレートの香りを吸い込む。

 するとハチ子はカッと頬を赤くし、両腕を抱えて後ずさった。


「か、嗅がないでくださいよ!」

「カカカ、隠しきれてないぜ〜」

「そうじゃなくて、女子の匂いを嗅ぐとか……」

 そう言われてしまうと、猛烈にセクハラの臭いしかしなくなる。

「あぁ……いや、そんなつもりじゃないんだが……甘くていい匂いだったから、つい」

 ハチ子が、ますます顔を朱に染め上げていく。

 やがて諦めたかのように、小さなため息をひとつついた。


「ほんとにもう。アーク殿、気付いていたのですね?」

「チョコ? あぁ、まぁ、うん。ただ変に期待して貰えなかったら、無駄に落ち込むことになりそうだったからさ」

 すごく正直な気持ちである。

 バレンタインってぇのは、多くの男心を弄ぶ日であり、無駄に落ち込ませる日なのだ。


「んで、情報解禁なの?」

 ハチ子がこくりと頷く。

「はい。ハチ子の部屋で作っていましたので、呼びに来ました。アーク殿は幸せ者ですね」

 それは否定できないだろう。

 美女三人からチョコを貰うとか……これ以上の幸せが、そう簡単にあってたまるものか。

「では、行きましょう〜♪」

 上機嫌のハチ子に連れられて隣の部屋に移動する。

 部屋の中はすでに甘いチョコレートの匂いで満たされており、これ寝る時どうするんだ、と心配してしまうほどだ。


「えぇっと……」

 部屋の中では三つのテーブルが用意されおり、それぞれのテーブルでチョコを製作した跡が見られた。

 左から嬉しそうに作ったチョコを用意するハチ子、真ん中でニヤニヤと笑みを浮かべているアルフィー、一番右で落ち込んでいる鈴屋さんだ。


 ……鈴屋さんは、なぜ落ち込んでいるのだろう。見るからに魂が抜けている状態である。


「好きな人から選んでいいんよ?」

 アルフィーがやはり不敵な笑みを浮かべながら、組んだ足を上下に揺らす。

 好きなチョコから選ぶも何も、見てみないことには選びようがない。

「んじゃぁ、左から順番に行きます」

 なんとなく、鈴屋さんは最後にとっておきたい&なんで落ち込んでいるのか最初に聞きづらいという理由で、ハチ子のテーブルに進む。

 ハチ子はハチ子で「好きな人……」と何度も呟いていて、なんだか上の空だ。


「ええっと……これはホワイトチョコかな」

 ハチ子のテーブルには、ワッフルのような形状をした白いチョコレートが可愛いバスケットに置かれていた。

 俺は一枚つまみ上げると、口の中に放り込んだ。

 たちまち甘くてまろやかな味わいが広がっていき、思わず頬が緩んでしまう。

 中にはアーモンドも入っていて、甘みの中でよいアクセントになっていた。

 わずかに残るワインの風味がたまらない。


「うめぇ……どうやって作るんだ、こんなの」

 素直に感心していると、ハチ子がニヘラと変な笑みを浮かべた。

 ハチ子にしては珍しい表情である。

「チョコレート屋さんに行って、聞いてきたのです」

 嬉しそうだ。しっぽを振っているようにすら見える。


「そんなん、邪道なチョコなん」

 なぜかアルフィーがつまならそうに茶々を入れてくる。

「そんなことないです。アーク殿はホワイトチョコとワインとアーモンドが好きなんですよ?」

 知らなかったのですか? と言わんばかりのドヤ顔だ。

 しかしアルフィーの表情も自信に満ちていた。

「あーちゃんはビターなんが好きなん。そんな甘ったるいチョコじゃ駄目なんよ?」


 違うぞ、アルフィー。

 あれはお前たちが何をしようとしているのかを知るために、誘導して答えていただけだ。

 俺はチョコなら何でも食えるぞ……と、これは言えそうにない。

 ここは黙って次に進もう。


「んで、アルフィーのは?」

 アルフィーのテーブルの上には、バッキバキに割られた板チョコがバスケットに盛り付けられている。

 バッキバキに割られてはいるが、めちゃくちゃ美味そうなのは何故だろう。

 チョコとは本当に不思議なお菓子である。


「ん〜……あたしんはぁ〜これで完成じゃないんよ〜?」

 アルフィーは椅子から立ち上がり、チョコをさらに一口サイズに割る。

 そして……


「ん〜〜〜〜!」

 チョコを唇で優しくはさむと、そのまま俺に抱きついてきたのだ。

 俺はあまりに自然な流れからの不意打ちに驚き、思わずアルフィーを押し返す。

 危なかった……アルフィーの唇が触れる前にチョコだけを受け取れた。


「んな……ななななななっ!」

「楽しそうね、あー君……」

 目を大きく見開いて顔を真赤にしアルフィーに指をさすハチ子と、ジト目の鈴屋さんである。

「違うぞ、ついてないぞ! ちゃんと触れる前に離れたぞ!」

「でも食べてるじゃん」

「あ……」

 そのまま食べてしまったが、そういえば間接キスではある。

 つまり今日は俺の命日だろうか。


「ちゃんとあーちゃんのリクエスト通りなん。口移しのがいいって言うたん」

「いや、言いましたけども……普通やりますかね?」

「言ったんですか! アーク殿っ!」

「言ったんだ、あー君……」


 色々とピンチである。

 総じて俺が悪い。

 全面的に俺が悪い。

 何なら割腹も辞さない覚悟だが、悲しいかな、まだ鈴屋さんのチョコが残っている。

 しかしこの状況で、やたら落ち込んでいる鈴屋さんのテーブルに向かわねばならないと思うと、足取りが重くてかなわない。


「次は……鈴屋さんで……」

 ピクリと鈴屋さんの長い耳が跳ね上がる。

 俺は覚悟を決めて、鈴屋さんのテーブルへと歩を進めた。

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