鈴屋さんと月白の騎士団っ!〈10〉
カーバンクルのお話終わりです〜
あとコミカライズ版のゴブリン戦も更新されてますので、まだ見ていない方はどうぞ〜
幻獣カーバンクルの討伐を終えた俺達は、レーナへと戻ってきていた。
いま思えば鈴屋さんがエメリッヒを眠らせたのは、とても良い判断だった。
エメリッヒも作戦中に眠ってしまった後ろめたさからか、ドロップアイテムについては深く追求してこなかった。
まぁ、当然だろう。
もし俺が声高らかに「こいつ、寝てたんだぜ? その間に倒しちまったよ〜」なんて言った日には、とんだ赤っ恥をかくことになるからな。
しかも、あの場に俺たちはいなかったってことにして、手柄を丸ごと騎士団に献上してやってるんだ。
文句なんて言わせねぇぜ。
「それで、月魔術師のギルドに行くんスか?」
俺の右隣にはいつもの鎧姿……ではなく、ピンクのプルオーバーのシャツと同じ色のショートパンツという、ラフな格好をしたリーンが並んで歩いていた。
「なんで、あんたまで来るんよ」
左隣にいるのは丈の短いライムグリーンのワンピースに身を包んだ、白毛の女戦士である。
俺があの宝石について調べてくると話したら、この二人がついてきたのだが……これならルクスと二人で来たほうが平和だったかもしれない。
「これは冒険者の……あたしらの仕事なん。あんたは関係ないんよ?」
「姉御ぅ〜そもそもアレは、俺とアークさんが手に入れたもんスよ?」
「ここから先は冒険者の仕事って言うてるんよ」
「なんスか、姉御ぅ〜。アークさんのことになると、妙に噛み付いてくるッスね?」
「あーちゃんは、すぐ流されるから心配なん」
さらっと、酷いことを言われた気がするが、俺は黙して語らない。
なにか話したら、速攻で責められそうな気がするのだ。
時をわきまえた沈黙は英知にして、いかなる雄弁より優れているのだ。
「姉御ぅ〜この際アークさんは、うちの部隊全員の旦那にしましょうよ〜?」
さらっと、とんでもないことを言いやがる。
それはもうハーレムじゃなくて、ただの種牡馬だ。
「あんたはもう、うちの部隊じゃないん。それにな~あたしは独り占めしたいん。旦那様は一人でいいん」
さらっとラット・シーの歴史が変わりそうなことをアルフィーが口走る。
出会ってから今までの間で、何がどうしてこれほど心境が変化したのだろうか。
「えーなんでッスか。そんなんズルいッスよ。みんなで〜」
「あんたにも、そのうちわかるん」
頬を膨らませて抗議をするリーンに、アルフィーはいたって冷静な表情で返している。
こういう女子バナは、せめて俺のいないところでやってほしいものだ。
なにも発言できないぞ、これ。
というか俺には気になることがひとつあった。
「リーンよ。ルクスとは、どうなんだよ?」
「どうって……なにがッスか?」
リーンがアホみたいな顔で首をかしげる。
ほんとに、アホなんだと思う。
「いやほら、お前を守る的な発言してたろ?」
あっ、と返事をつまらせる。
少し頬を赤らめるあたり、あの時のセリフはしっかり意識しているようだ。
「それは……ほら、仲間として、同期としてってやつッスよ?」
まだそんなぬるい言い訳をするのか、お前は……と、呆れた表情で返す。
「そんな男とか、女とか、そんな……」
「なんでだよ。いい男だろ、ルクスは。イケメンだし、強いし、優しいし」
「そうッスけど……そういうんじゃないんス」
どうにも歯切れの悪い答えだ。
まだ戸惑っているといったところだろうか。
「あんなぁ、リーン。好いてもらえて、尽くしてもらえるってのは、いいことなんよ?」
「そうだぞ。あんなに分かりやすく慕ってもらえて、何が不満なんだよ」
むぅぅと唸るリーンにとどめを刺すかのように、アルフィーが続ける。
「そうなん。世の中にはなぁ〜、どんなに気持ちを伝えて尽くしてもなぁ〜、答えを濁して、ふらふら逃げ続ける男もいるんよ〜」
なぜかアルフィーが、腕を強く絡めながら言ってくる。
何やら矛先が、俺に突き刺さっているような気がする。
ちらりとアルフィーの方に目をやると、水色の大きな瞳が真っ直ぐに向けられていた。
「好きよ、あーちゃん」
不意打ちのド・直球が、心臓にド・ストライクしてくる。
その一撃で思考が停止してしまう。
えっと……なに?
助けを求めるようにリーンへ顔を向けると、リーンはこれ以上ないくらい顔を赤くして固まっていた。
まるで『朝チュン』の現場でも見たかのような表情だ。
そうなってくると、俺も『朝チュン』の現場を見られたかのような気恥ずかしさに支配されてしまう。
しばらく二人で、どうしていいのか分からず『そして時は動き出す』というナレーション待ちをしていると、アルフィーが小さいため息をついて腕を開放してくれた。
「な〜? こうやって濁されるんよ?」
「うぐ……」
それでも適切な返事を見いだせない。
いや、何をどう切り返せばいいというのだ。
女心を熟知した紳士がいたなら、どうかご教授願いたいものである。
「アークさん……ヘタレッスね」
「なぁ〜。だから、そうやってストレートに言ってくれる人は、大事にしたほうがいいんよ〜」
「了解……ッス」
完全にリアクションをするタイミングを逃した俺は、気まずそうに月魔術師ギルドの入口へと足早で向かうのだ。
月魔術師のギルド、通称『学院』にある『記録の塔』の六階に通された俺達は、思い思いに導師ラナの到着を待っていた。
やはりこういったことは、ラナに聞くのが一番手っ取り早い。
そういえばラナは、うちのパーティメンバーだった。
あのロリっ娘月魔術師は引きこもり体質なので、どうしても忘れがちだ。いつか冒険に連れ出そう。
そんなことを考えていると、不意に扉が開かれた。
腰まで伸びた綺麗な金色の髪に、紺色の三角帽とゆったりとしたローブ。
自分の身長よりも高い樫の木の杖を両手で持ち、神秘的な琥珀色の瞳をした美少女が小さく息を切らせている。
「お、お待たせしました。アークさま」
ラナが胸を抑えて呼吸を整え始める。
「忙しいところ悪い。ああっと、リーンは初めてだよな」
リーンに視線を向けて自己紹介を促す。
なぜかリーンは、怪訝な表情を俺に向ける。
「月白の騎士団、騎士リーン……ッス」
そして何故か口を尖らせる。
「あ、はい。私はアークさまのパーティの導師、ラナです」
こちらは丁寧だ。
そして、しばらくの沈黙。
「あの……?」
首をかしげる美少女導師様に、リーンが目を細めていく。
やがてアルフィーに向けて、形容しがたい表情を向けるのだ。
「姉御ぅ……」
アルフィーが深く頷く。
「なぁ〜? これで、わかったん〜」
「苦労するッスね」
二人してウンウンと頷き合うのだが、俺とラナは何の話をしているのか全く理解できない。
仕方なく話をすすめることにする。
「こないだ話したと思うけど、幻獣カーバンクルの宝石についてだ。何かわかったか?」
「あ、はい」
リーンとアルフィーのやり取りを眺めていたラナが、慌てて小さな紙を取り出した。
「えっと……カーバンクルは、真紅の宝石を額に宿した小さな幻獣ですね。体長は1メートルほどで、リスに似た姿をしていて……腹と背に竜の鱗が生えてます。あとは……光のブレスのようなものを額から出すそうです」
光のブレス……だから、反射できたのか。
光属性とか、いよいよレアだな。
「額の宝石は常に燃える石炭ような輝きを放っていて、その宝石を手に入れた者は富と名声を得られる……という言い伝えが在るようです」
ふむ、と顎に手を当てる。
これは決定的だ。
やはりエメリッヒは、カーバンクルの宝石を狙っていたのだろう。
もちろん富ではなく、名声のほう……つまり、本物の英雄になろうとしたのだろう。
道具を使ってってのが、如何にもエメリッヒらしい。
「なるほどね。ありがとう」
俺はそう言うと、ソファから立ち上がる。
「もういいのですか?」
「あぁ、すっきりしたよ」
ラナに感謝の言葉を述べ、リーンへと視線を移す。
リーンは少し複雑そうな表情だ。
エメリッヒの狙いを理解できたのだろう。
「アークさん……」
俺は極めて緊張感のない笑みを浮かべて返す。
「だ、そうだ。リーンは、ルクスを支えてやれ。この先あいつは、大きな試練の道を歩むことになるからな」
英雄の側には、それを支える存在が必要だ。
それが戦乙女のような存在であれば、どれほど心強いことだろう。
この二人なら、大丈夫だ。
俺はそう信じてやまなかった。




