鈴屋さんと月白の騎士団っ!〈8〉
水道が凍る寒さの中、更新です。
お待たせしました。
ホットドリンク片手にどうぞ。
ルクスがカーバンクルの突進をラージシールドで受け止める。
カーバンクルは小熊ほどの大きさだが、その力は当然人間よりも強い。ルクスも全身に力を込めて盾で迎え撃つが、体重差に耐え切れず数歩後ろへと押されてしまう。
カーバンクルがさらに追撃をしようと、四肢に力をためて攻撃態勢に入る。
しかしその瞬間を狙って、リーンのハルバードの槍先がカーバンクルの胴体を捉えた。
「ダメだ、鱗が硬い……斧の部分を使ったほうがいいな」
リーンの突き攻撃は通じていないように見える。
カーバンクルは、鱗の隙間を狙えるほど動きが遅くない。遠心力を使って斧を振り回したほうが、効果がありそうだ。
せめて俺の『属性付与』をかけられれば……と、そのもどかしさに耐えきれずダガーを構えてしまう。
「まだ我慢だよ、あー君」
俺の焦りを読みとってか、鈴屋さんが小さな声で釘を差してきた。
「でも、何かできないか」
もう少し距離を詰めれば、リターンの繰り返しでテレポートダガーを投擲し続けられるだろう。
しかしダガー程度の攻撃力では、あの鱗は通らない。
やはりダマスカス刀で背後から一閃を放つことが一番だろうが、それこそ手柄の横取りだ。
戦況は芳しくない。
徐々にカーバンクルのツメが、ルクスの体を撫いでいく。
力強く素早いカーバンクルに対し、攻撃を防ぎながらカウンターでバスタードソードを振るい、さらにリーンを守っているのだ。
当然、ルクスのスタミナも切れてくる。
リーンもそれに気付いてか前に出ようとするのだが、やはりルクスがそれを許さない。
あくまでも最前線で攻撃を受け止め、攻撃を繰り出している。
あれでこそ騎士だ。
騎士の在るべき姿は、あれなのだ。
俺の知る数々の英雄譚で活躍した騎士とは、まさにルクスそのものである。
誰かを守ることを第一とし、そのために愚直であり続けること。
その志を当たり前とし、どんなに強敵を前にしても臆することなく実行する。
そんな若い騎士を、小さな英雄を、どうにか報われるようにしてあげたい。
そう思うのは、至極当然のことだろう。
「何かサポートできる精霊はいないの?」
鈴屋さんがエメリッヒを注視しながら、リーンたちの頭上を指差す。
そこには金色の鎧に身を包む騎士姿の女性が、背中とくるぶしに生えている光の翼を羽ばたかせていた。
「戦乙女……いつの間に」
あんなことを言っておきながら、しっかりとサポートに入っているのだから人が悪い。
「おまたせ、あー君。いまエメリッヒをスリープで眠らせたから、いつでも加勢に入れるよ。距離が遠くて大変だったんだから」
そして、これである。
無茶苦茶に抱きしめてやりたい衝動に駆られるが、今はそれどころではない。
「ルクスを英雄にしたいのならしっかり戦わせて、止めも譲るんだよ?」
「なんだよ、お母さんかよ。わかってる、きっちり影に徹してくるぜ!」
俺はそう言って、リーンたちのもとへと転移を始めた。
丘の上までは五回ほどの連続トリガーでたどり着く。
このまま背後から一閃すれば早いのだが、今回はそうもいかない。
「アークさん!」
安堵にも似た表情を浮かべるリーンに頷いて応え、ダマスカス刀を両手で握る。
「待たせた。ルクスはこのまま守りを、俺が奴の動きを止めるから、リーンは斧で首を狙え!」
話しながら氷結バフの『雪月華』を、ダマスカス刀に属性付与する。
「ルクス、踏ん張りどころだ。今しばらく耐えてくれ!」
「はい、アーク様!」
ルクスが気を吐いて、盾を構え直した。
何度目かというカーバンクルの体当たりを目の前で弾き、俺とリーンが左右から飛び出す。
まずは俺が相手の足を止める、そう地を蹴り狙いを定めた時だ。
ルルルルルルルルッ!
突如、カーバンクルが甲高く嘶いた。
そして額の宝石から赤い光が放射状に放出される。
本能的に背筋がぞわりとする。
やばい……これは、やばいやつだ!
「ダメだ! ルクスは防御に専念、リーンはルクスの後ろ下がれ!」
リーンはともかく、俺は前に飛び出すぎている。今から戻るには遅い。
脳内ではアラートが鳴り響いていた。
放射状の光は野原を焼きながら、1本の細い線となって集約される。
そして次の瞬間、赤い線が俺の左太ももを貫いた。
「ってぇ!」
焼けるような感覚のあと、痛みが全身を駆け抜ける。
そしてそのまま左足から力が抜け、あえなく転倒してしまった。
ブレスとは違う、レーザーのような攻撃だ。
属性は光属性か、炎属性か……しかし今はそれよりも……
「受けるな、かわせ!」
地面に転がり、無様な姿のまま声を上げる。
あの貫通力は何だ?
ファンタジー世界で、SF映画に出てきそうなレーザーとかチートにもほどがある。
カーバンクルが再び、赤い光の線を撃つ。
そしてその行き先を目で追う頃には、ルクスの足が貫かれていた。
ルクスは片膝を突きかけるも、バスタードソードを地面に突き刺して体を支える。
「そこをどくッスよ、ルクス!」
リーンの勇ましい声が聞こえるが、ルクスは盾を振ってそれを拒否した。
「鉄の鎧が簡単に貫通した、リーンは下がってて!」
「攻撃しなきゃ、勝てるものも勝てないッスよ!」
「ダメだ。リーンに、もしものことがったら……」
そこでまた赤い光が生まれ、今度はルクスの右肩を貫いた。
「なに言ってんスかっ! このままじゃルクスの方が!」
「もし、お腹にでも当たって子供が産めなくなったらどうするんだ!」
「こんな時になんスか、それ! 騎士を舐めてるんすか!」
違うぞ、リーン。
俺の好きなヒロイックファンタジーの騎士道とは、そういうものだ。
惚れた女すら守れない騎士道なんざ、馬に蹴られて死んじまえってんだ。
ルルルルルルルルッ!
更に雄叫びを上げて光を放つ。
しかし今度はルクスを守るように、鈴屋さんのヴァルキリーが立ちふさがる。
赤い光はヴァルキリーが持つ光り輝く大きな盾に当たると、屈折するようにして空へと抜けていった。
ヴァルキリーの光の盾の力?
とにかく弾き返すことは可能ってことだ。
一瞬たじろいだカーバンクルは、さらに額の宝石を光らせる。
そして放たれた赤い線を、またしてもヴァルキリーが受け流す。
ルルァァァァッ!
今度はカーバンクルが首筋に力を込めて、赤い光を絞るように細くしていく。まるで力を研ぎ澄まし収縮しているようにも見える。
極限まで細くなった赤い光は、ヴァルキリーの大盾を少しずつ溶かし遂には貫いてしまった。
カーバンクルは間髪入れず第二射を照射し、ヴァルキリーの額を穿ち抜く。そこでヴァルキリーはあえなく送還されてしまった。
命中精度が高い。
その割に俺たちは、まだ生きている。
同じようにヘッドショットされないのは、なにか理由があるのだろうか。
しかし、考えている時間はあまりない。
カーバンクルは、再びリーンを守ろうとする騎士に向けて赤い光を収縮させる。
その光がルクスの額を貫き、やがてリーンの額も貫く。そんな最悪の未来を想像した瞬間、俺は反射的に立ち上がっていた。
──駄目だ、なにか守るための技はないのか
ダマスカス刀を握り、一閃の構えに入る。
しかし、ここからでは一閃は届かない。
どうすれば……そんな無我の境地の中、突如として視界がモノクロになった。
──これは一閃の発動?
青色の筆の線が地から天へと、真っ直ぐに伸びていく。
体が自然とそれに反応し、剣先をなぞらせる。
剣閃は氷結バフ『雪月華』の効果で、氷の結晶に変わって舞い上がった。
「氷面鏡!」
何故かそう叫んでいた。
新しい技の名は、いつもこうして自然に閃いてしまうものだ。
言葉とともに世界が時間の流れを取り戻す。
振り上げた剣先から幾重にも氷の結晶が舞い上がり、瞬く間に巨大な氷の壁を生み出した。
鏡のように美しい氷の壁は、赤い光を反射させる。
はね返った赤い光は、カーバンクルの鱗を容易く貫いてしまった。
ルラララァァァァッ!
悲鳴にも似た声をあげるカーバンクルに、リーンが襲いかかる。
「落ちろぉぉぉぉ!」
リーンは全身のバネを使って身体をひねり、ハルバードの斧部分をカーバンクルの首筋へと振り落とす。
遠心力の伴った攻撃は、カーバンクルの首半分のところまで斬り裂いていた。
「や、やった?」
その勝利の確信が、一瞬のスキを生む。
絶命寸前のカーバンクルが最後の力を振り絞り、赤い光を額に集めたのだ。
「え……えっ?」
めり込んだハルバードが抜けず、狼狽するリーン。
冷静さを失ったリーンは、あろうことかその状態から、首を切り落とそうと力を込め始めた。
「バカ野郎、武器を放せ!」
叫んだものの、俺の足も動かない。
トリガーを使って、と頭に浮かんだ時だった。
満身創痍のルクスが盾を捨ててバスタードソードを両手で握り、カーバンクルの首を斬り上げた。
バクンッとカーバンクルの体が持ち上がり、赤い光がルクスの頬をかすめていく。
「いあぁぁっ!」
二人が同時に声を上げた次の瞬間、バスタードソードとハルバードが交差し、幻獣カーバンクルの首が宙を舞ったのだ。




