鈴屋さんと月白の騎士団っ!〈7〉
本日仕事納めになります!
みなさま、よいお年を!
ぽかぽかとした呑気な陽気に当てられて、幻獣討伐のことなど忘れてしまいそうだった。
まぁるい丘の上にいる二人を観察していると、そのあまりにも平和な光景を前に、自分は何をしているのかと我に返ってしまう。
一本の大きな木の下で談笑する姿が微笑ましくもあり、どこか羨ましく思う。
鈴屋さんがそんな俺の心情を読み取ってか、気分転換を促すように丸いパンを渡してきた。
よく見ると南無子のパンだ。
出発する前にでも、もらってきたのだろう。
「ほんとに幻獣くるのかなぁ」
鈴屋さんがパンを小さくちぎって、可愛らしい唇へと運んでいく。
「俺が思うに、エメリッヒは討伐対象が何なのか見当がついてるんじゃないかね?」
どうしてそう思うのかと首をかしげる鈴屋さんに、俺は話を続ける。
「赤い光を放っていた子熊くらいの大きさの魔物……それが臆病なのか慎重なのか分からないが、たったそれだけの特徴を聞いて、ここを討伐拠点にすると決めた。そこから、リーンたちを囮に使う判断も早かったしな。おそらくは、あの二人を囮に使うことも予め考えていた作戦なんだろうよ」
「じゃあ、私とあー君を呼んだのも?」
「十中八九、最初から決まっていた作戦だな。足の早い俺で二人を救出、鈴屋さんが撃退する。見晴らしのいい丘であればそれは可能だろうし、エメリッヒも安全な場所から頃合いを見計らって参戦できるだろ?」
つくづく嫌な奴だが、この戦術が有効なのは確かである。
残る疑問は、あの二人がなぜ『餌役』としてたり得るのかだ。
俺と鈴屋さんはともかく、エメリッヒは単騎で俺たちを見張っている。『餌役』の数が問題であるならば、エメリッヒこそ餌になってしまうはずだ。
しかしエメリッヒには、ルクスとリーンが狙われるという確信を持っていた。
あの二人が狙われる確証、討伐対象の幻獣を惹きつける何かがあるはずだ。
「まぁ〜これはこれで、私達もデートみたいだよね」
鼻歌交じりに嬉しいことを言う。
「あぁ……確かに、俺たちもあの二人と同じような状況なのか。甘えてくれてもいいんだぜ?」
挑発するように笑みを浮かべると、鈴屋さんが俺の右肩にコツンと頭をのせてきた。
冗談のつもりだった俺は、思わず言葉を見失う。
「えぇっと……鈴屋さん。騎士団の……というかエメリッヒの、あとリーン達にも見られるかも……だけど」
「いいでしょ、別に」
いやまぁ、そう言われてしまっては、俺としては願ったり叶ったりなわけで、決して悪い思いはしないのだけれども。
しかし、なぜだろう。
すごく久々な気がする。
「こんなんでも私のなんです〜」
「こんなんって、酷くないスかね?」
「不満?」
「いや……身に余る光栄に存じます」
思わぬマーキング行為に、俺のハートはズキュンである。
そんなエモーショナルな時間を、しばし堪能しようとした時だ。
丘の下の茂みから、真っ赤な石炭のような光を放つ幻獣が姿を現したのだ。
「来た、たぶんアレだ」
俺がダガーに手を伸ばそうとすると、鈴屋さんが腕を絡めて邪魔をする。
そして水色の綺麗な瞳を、真っ直ぐに向けてきた。
「ルクスを英雄にしたいんでしょ?」
「あぁ、でも……」
「ルクスに試練を用意したいのなら、あー君がすることは我慢だよ」
そこには強い意思が感じられた。
「でもよ、見殺すわけにいかねぇだろ。いいところで止めを譲るなりすれば……」
「それだと駄目なの。最初から最後までルクスが戦って、勝ち取らせるの。それが英雄への道なんだよ?」
「そりゃあ理想だが、そんな上手くいかないだろ?」
しかし鈴屋さんは、頭を横にふる。
「それでも、だよ。信じて我慢するしかないの」
それはある意味、戦うよりも辛い選択だ。
「私たちが出来ることは我慢と、本当に危険な時に手助けすることだけだよ」
それが本当なら戦乙女の役回りは、あまりにも歯がゆく辛いものだ。
鈴屋さんは俺が戦っている間、ずっとこんな思いをしていたのだろうか。
「とりあえずエメリッヒが気づくまでは、あの二人を信じよ?」
鈴屋さんはそう言うと、風の精霊『シルフ』を召喚する。
そして、丘の上の二人に向けて飛ばせた。
標的が現れたことを、風に言葉をのせて知らせたのだろう。
「エメリッヒの方は私が見とくから、あー君はあの二人を見てて」
鈴屋さんはそう言うと、今度はエメリッヒに向けてシルフを飛ばした。
俺は再びダガーへと手を伸ばし、丘の上を注視しはじめる。
すでにルクスは、大型の盾と片手半剣を装備している。
ラージシールドはアルフィーが使うスモールシールドよりも大きく、騎士が愛用する盾として知られている。
バスタードソードは片手でも両手でも扱える剣で、攻撃力重視の時は両手で握れるため人気の高い武器だ。
一方のリーンは愛用のハルバードを両手で握り、構えに入っている。
ルクスが盾役として、攻撃を引き付ける気なのだろう。
守備よりの悪くない布陣だ。
守りが硬ければ、俺が駆けつけるかの判断もしやすい。
そして丘を駆け上がるモンスターも、はっきりと視認できた。
大きな耳に、長くフサフサとした尻尾。
一見すれば飴色の毛並みをした巨大なリスのようだが、その胴体の部分には竜のような鱗が生えている。
そして何よりも特徴的なのは、額の赤い光だ。
燃える石炭ような赤い光を放つそれは、まるで宝石のようにも見える。
「額に赤い宝石が埋め込まれたモンスター……カーバンクルか?」
記憶をたどり、それっぽいモンスターを思い出す。
それは俺のファンタジー知識でもかろうじて知っている程度で、実際に遭遇した話など聞いたことがない超レアなモンスターだった。