鈴屋さんと月白の騎士団っ!〈6〉
年末年始らしい忙しさ+家族に入院が出たりで、ちょっと大変なのですが、なんとか更新です。
週一は崩したくないですなぁという個人的な思い。
それではワンドリンク推奨、気楽にどうぞ〜
「ふむ。それで結局、収穫はなしということか」
エメリッヒの冷たい眼光が、リーンとルクスに飛ばされる。
結局その夜、俺たちは赤い光を放つ魔物を発見できなかった。
その結果をエメリッヒに報告しに来たわけだが、案の定この反応である。
新米騎士に対して厳しすぎるだろうと言いたいところだが、俺が庇うと話が余計にこじれる気がしたので、今は大人しく見ている状態だ。
可愛らしい弟と妹を見守っているような、不思議な気分である。
「申し訳ございません。アーク様と鈴屋様が目撃された辺りは調べてみたのですが……」
「まぁ仕方がない。やはり、私が自ら行くべきだったのだろう。リーンには、まだ早かったようだ」
しゅんと頭を下げるリーンを庇うように、ルクスが声を上げる。
「リーンは悪くありません! 自分が、もっと注意をしていれば……」
半歩前に出て悔しそうな表情を浮かべ、右手を胸に当てるルクス。
こういう男が英雄になればいいのだがと、思わずにはいられない。
しかし悲しいかな、現段階でこの国一番の英雄はエメリッヒなのだ。
世の中、ままならないものである。
「君の見解は?」
エメリッヒが美しい銀色の髪をかき上げて、俺に視線を向けてくる。
新米騎士へ苦言を呈する前に、最初から俺に聞けよと思ってしまう。
ただそれでも、鈴屋さんが横にいるせいだろうか。
扱いがいつもよりマシな気はする。
嫌味というよりも、厳しい一面を持った上司のような態度だ。
「情報が少なすぎるぜ。そもそも、討伐対象が幻獣だってのは聞いているがよ、その種類までは聞いていないぞ。何かもうちょっと、他に情報はないのか?」
しかしエメリッヒは、口を閉じたままで直ぐには答えない。言葉を選んでいるようだ。
これは何かを知っているな……と、直感する。
「それを調べるのも、君の仕事だ」
まぁ、その通りではある。
それなら最初から、俺と鈴屋さんだけで索敵に行った方が良かったのだが、これも黙っておこう。
俺も大人になったものだと、自分を褒めてやるぜ。
「そうだな……赤い光を放っていた魔物は、俺たちの様子を窺っているように見えた。リーンとルクスを呼んでこっちの人数が増えたことか、距離を詰めたことが、逃げ出した要因かもしれない。まぁせいぜい、そんなところだ」
エメリッヒが、ふむと考える素振りを見せる。
おそらくは、アレが討伐対象であるかどうかの判断をしているのだ。
「なるほど。では、ここを討伐の拠点としよう。明日からは……リーン、ルクス、お前たちに囮の役割をしてもらう」
どうやら討伐対象で間違いないようだ。
今の情報だけで、何故アレが討伐対象だと確信できたのか知りたいところだが、それよりも大きな問題がある。
「そんな危険なことを、新米にやらせる気かよ」
囮にするならば、俺と鈴屋さん……もしくは、俺だけにすべきだろう。
むしろエメリッヒなら俺にやらせると思っていただけに、不可解な判断である。
「相手は、味方の数が増えただけで逃げたのだろう? それだけ臆病なのだ。一番未熟な人間が、囮役に適しているはずだ」
ほうほう……弱者を餌にとは、大層ご立派な考え方だ。
相変わらず自分は高みの見物かよ、と吐き捨ててやりたい。
しかし当のルクスとリーンが『大役を授かった』と恭しく頭を下げるのだから、俺が横からとやかく言うべきではないだろう。
それならば、俺の選択肢もひとつだ。
「もちろん安全のために、離れた場所から二人を護衛する。それに忍者は足が速いと聞く。何かあったらいち早く駆けつけてみせろよ、竜殺しの忍者?」
しっかり守れよという圧をかけられるが、そんなこと言われなくてもわかっている。
俺が、この二人を死なせるわけがないだろう。
「当たり前だ。しっかり守って、ついでに討伐してやるよ」
俺はそう言って、にやりと笑みを返してやるのだった。
次の日。
朝から全員招集のもと、討伐作戦の概要が説明された。
騎士団は休憩を装い、野営地で日常を演じる事となる。料理や装備の手入れ、剣の稽古など役割は様々だ。
しかしテントの中では、いつでも馬を出せるように武装した騎士が待機している。
野営地から少し離れたところにいるのは、エメリッヒだ。
騎士団に号令をかけるなど、あらゆる判断と采配を行う役となる。
そこからさらに距離をおいて、俺と鈴屋さんがいる。
実のところ鈴屋さんはエメリッヒの隣にと指示されたのだが、鈴屋さん自身が俺のそばにいると強く進言してくれたのだ。
正直、嬉しい。
とても、嬉しい。
うふふ。
俺たちの役どころは標的を確認したらエメリッヒに合図を送り、いち早く囮の二人を助けることにある。
正直、この作戦の要である。
なかなかに燃える配役と言えよう。
そして俺と鈴屋さんの視線の先には、リーンとルクスの姿があった。
丘の上にある木の下で、二人は並んで座っている。
二人とも鎧は装備していない。
武器は足元の草むらに隠しているはずだが、こうしてみると若い二人がピクニックにでも来ているようで微笑ましい。
リーンはともかく、ルクスはデート気分でも味わっているのだろう。
自然に溢れる笑顔が優しく、眩しい。
「俺にはない純粋さが、あそこにはあるなぁ」
ぽつりと呟く。
すると鈴屋さんが、俺の耳を小さくつまんだ。
「どうして、そうやって自分をくさすかな」
そして不満気に口を尖らせる。
「そんなつもりは無いけどよ。何ていうか、キラキラしてて眩しいんだよね。少し羨ましいくらいだ」
「まぁ、純愛だなぁとは思うけどね」
「そうだろ? なんとかしてやりたいなぁ」
しみじみとそう思っているのだが、鈴屋さんの目はどこか否定的だ。
「あー君には無理だと思うよ」
視線どころか、きっぱりと否定されてしまった。
「あの短時間で、なんであんなふうになっちゃうのかな」
そして呆れ気味に、ため息をつく。
鈴屋さんは昨夜からずっと、こんな調子だ。
原因が俺にあるということだけは何となく理解しているのだが、皆目検討もつかない。
それに、その理由を聞いたところで、また不機嫌になるだけだろう。
「そういえばさ……鈴屋さんはルクスに、何を吹き込んだの?」
「別にぃ〜。あー君と違って、ほんの少しアドバイスしただけだよ〜」
不満気なのに可愛い……困ったものだ。
「俺だって、似たようなもんだぜ?」
「ふぅ〜ん。なに話してたの?」
「いや、どんな男が好きなのか探りを入れただけだよ」
尚も首を傾げる鈴屋さんに、昨夜のやり取りを細かく説明する。
……心做しか説明をすればするほど、どんどんジト目になってきているのは何故だろう。
鈴屋さんは最後まで説明を聞いたところで、大きめのため息を吐き出してしまう。
そして俺の耳を強く引っ張り始めた。
「まじムカつく」
言葉は短く、端的だ。
怒ってる。
本気で怒っている。
俺は何をやらかしたのだ。
「イテテ、なんだよ。俺が悪っ……」
「とりあえず、で謝ったら余計に怒るからね?」
先に釘を刺された。これでは、八方塞がりである。
昨夜のやり取りで、どこに不手際があったのだろう。
「あー君はさ、そんなつもりないんだろうけど……もう一度、よく考えてみて?」
「もう一度っすか……?」
むぅと唸り、昨夜のリーンとのやり取りを思い出していく。
俺がリーンに言ったこと──
リーンが俺に返した言葉──
一つひとつをテキストに置き換えて並べ、俯瞰に捉え、立場を入れ替えながら思考をしていくと──
「あぁっ、まさか!」
俺は、そこでようやく鈴屋さんご立腹の原因を理解したのだ。
「やっと、わかった?」
項垂れるようにして頭を下げる。
これは完全に誤解させてしまっている。
原因は会話のすれ違いに他ならないが、事の発端は俺にある。
そりゃあ、鈴屋さんも呆れるはずだ。
我ながら阿呆ぅにも程がある。
「あのぅ……ちゃんと理解しましたので……謝っていいですかね?」
しょうがないなぁと可愛らしく肩をすくめる鈴屋さんに、改めて詫び言を述べる。
鈴屋さんはそれを最後まで聞いた後、いつもの笑顔をみせてくれた。
「はぁい、よくできました」
素敵な笑顔を添えて一応は許してもらえたようで、とりあえずほっと胸をなでおろす。
しかし問題は、まだ解決していない。
この状況でリーンとルクスを、どうくっつけのかである。
「それで……どうすればいい?」
鈴屋さんが「ん〜」と唸りながら、細いあご先を指先でトントンと叩き始めた。
もうこうなると、鈴屋さんが頼もしくて仕方がない。
色恋沙汰において、端から俺の出る幕などなかったのだ。
「そこは結局、ルクスさんに頑張ってもらうしかないかなぁ」
そう言って意味深な笑みを浮かべる鈴屋さんは、一段と楽しんでいるように見えた。




