鈴屋さんと月白の騎士団っ!〈5〉
お寒くなってきました。
ホットドリンクのおともに、休憩がてらにどうぞ。
「あいったぁ!」
ゴスンと脳天に拳を落とすと、リーンが大げさに頭を押さえて座り込んだ。
ちょっと気を練ったので効いているはずだ。
「お前はアホなのか!」
「なんスか! 何なんスか! 事実じゃないスか!」
「誤解を招くようなことを言うんじゃない。試験前に、お前が俺の部屋に押しかけて来たんだろうよ。それに俺は床で寝て、お前はベッドで寝てたろうが」
まだ鈴屋さんがニヤニヤしているからいいが、もしあの機嫌が斜めに傾いたら大変だ。
何よりも今は、ルクスの誤解は解いておくべきだろう。
「こいつが入団試験を受ける時に、少し鍛えてやっただけだからな?」
「そ、そうだったんですね。どうりで仲がいいはずで……」
「なんスか、それ。俺が寝てる間に鎧を剥いで、肩舐めたくせに」
不満気に口をとがらせるリーン。
一方の俺は、軽い戦慄を覚えている。
──見よ
鈴屋さんの目が、ホラー映画のように見開かれているではないか。
かつてないプレッシャーだ。
可及的速やかに問題を解決せねば、俺の命は消し飛ぶだろう。
「それもお前が毒蛇なんぞに襲われて気絶したから、毒を吸い出しただけだろうよっ」
「そんな大声で言わなくてもいいじゃないスか! 気を失ってる間に鎧脱がされて肩を舐められた女の子の気持ちが、アークさんにはわかるんスか!」
「あ、いや、それは……」
「だいたいアークさんは、試験の時だって!」
「いやそれは、ほんとにごめんなさい……」
わかりゃいいんスよ、と俺の頭を撫でるリーンに成す術がない。
ラット・シーの住人は何故こんなにも、こうなんだろう。
口で勝てる気がまったくしない。
「ん~まぁ、私は大体把握したから大丈夫だよ、あー君」
さすがは我が女神、オーマイゴッデスだ。
幾千ものラブコメ修羅場を乗り越えてきたヴァルキリー様は穏やかな笑顔を浮かべると、右手でルクスを手招きした。
「ルクスさん、ちょっと二人だけで話があります。一緒にきてください」
「へ……? は、はい」
動揺を抑えきれないでいるルクスを、鈴屋さんが強引に引っ張って行く。
そして、なぜか去り際に満面の笑みを添えてビシッと親指を立てた。
問題はあれが『フォローは私に任せて』なのか、『もっと面白くしてみせるね』なのかだ。
恋愛観察バラエティーなら、一人ひとり呼び出して色々焚きつけたりするもんだが……いやいや、まさか……やりそうだ。
乙目(乙女な目)をした鈴屋さんなら、やりかねない。
どういうわけか、嫌な予感しかしない。
「なんスかね、ルクスの奴。なんか変でしたよね?」
そして俺の溜め息は深くなるばかりだ。
「それがわかってて、どうして理由がわからないのだ、お前は」
「なんスか、アークさんまで。俺なんかしたッスか?」
何かしたかと問われれば、責め立てるほどのことはしていないだろう。
しかし無自覚で人を惚れさせて、のほほんと人の気持ちを振り回すことが、罪のない行為だとは言い切れない。
──なぜだろう
今、俺に特大のブーメランが突き刺さった気がする。
「何なんスかね。たまぁに、ああいう説教してくるんスよね~」
それは心配と、一種のマーキング行為だろうよ。
「戦いの時だって、俺の前に割って入って邪魔するんスよ? そんなに手柄が、ほしいんスかね」
それは、お前を守ってるんだろうよ。
しかしこれは難題だ。
ここまで男として見ていないものを、男として意識させるにはどうすればいいのだ。
せめてルクスの気持ちに気づいてくれればいいんだが……と、そこで俺の頭にひとつの妙案が浮かんだ。
──そうだ
この幻獣討伐でルクスが活躍できるように、それとなく御膳立てをすればいいのだ。
彼を英雄らしく、英雄へ至る道を歩めるようにすれば、リーンの見方も変るかもしれない。
──英雄へ至る道
そこでまた、俺はあることを思い出していた。
これに似たことを、雪山でセブンに言われた気がする。
──鈴屋さんは俺が英雄へと至る物語を綴っている
これと同じことを、鈴屋さんは俺に対して行っていたというのだろうか。
だとしたら何故かだが、理由と目的について皆目検討もつかない。
それにもしそれが本当なら、これはまた難儀なことをしていたものだ。
「どうしたんスか?」
首を傾げてくるリーンに、俺は曖昧な笑顔を返す。
「なぁ、リーン」
なんスか、と俺の顔を見上げてくる。
こうしてみると普通の女の子なんだよな。
「旦那にするなら、どういう男がいい?」
ストレートに聞いてみた。
こういったものは本人に聞いたほうが早いだろう。
「な、なんスか、急に……」
リーンが前髪を指先でいじりながら、見事なまでに耳の先まで朱に染め上げていく。
「いや、単なる世間話よ。どんな男が好みなのか気になってな。いかに一夫多妻制だからといって、誰でもいいわけじゃないだろうよ?」
「そりゃぁ、そうッスけど……」
リーンが少し訝しむようにして、眉を寄せる。
本来こういう恋バナは鈴屋さんがすべきなのだが、この際『お兄ちゃん』的な存在である俺でもいいだろう。
お兄ちゃんが何でも聞いてやるぞ、の精神だ。
「そうッスね……俺のために何かしてくれたりとか……さりげなく支えてくれてたりとか……実は凄い強いのに、それを表に出さないところとか……よく見たら意外にカッコいいところとか……」
「ふむ、なるほど」
顎に手を当てて、一つひとつ確認するように頷く。
リーンのことを第一に考えていて、リーンを守るイケメンナイト……それってもう、ルクスのことじゃないか。
たまらず頬が緩んでしまう。
「なんスかぁ、ニヤけてぇ。そんなに嬉しいんスかぁ?」
「え? あぁ、なんかくすぐったいというか……そうだな、嬉しいな」
リーンが目を大きく見開いて、息を呑みこむ。
そして、伏し目がちに笑顔をこぼした。
「そう……ッスか……嬉しい……ッスか」
「カカカ、心配して損したぜ」
「そんな……心配なんか、いらないッスよ」
そうして二人でニマニマと笑っていたところで、鈴屋さんたちがもどってきた。
「鈴屋さん、なんか杞憂だったみたいだぜ?」
「そうッス。最初から二人の間に、障害なんてなかったんスよね」
リーンと見つめ合い、声を出して笑う。
しかし何故か鈴屋さんの表情は、呆れてものも言えないといった感じだった。
コミカライズ版 第4話その1
活動報告にて公開中です。
4話は、その3までになる予定です。