鈴屋さんと麻宮ナムっ!
ハロウィン編エンディングです〜
本編がじりじりと……
赤い満月の光の下、南無子邸へと足を急がせる。
南無子邸は、セブンと予め決めていた待ち合わせ場所だ。
直接会わせるだけなら普通に尋ねればいいのだが、なにせ南無子は不在が多い。それに、鈴屋さんが南無子と一緒にいる可能性もある。
それならば、ハロウィンの夜はみんなで過ごすことにして、南無子だけを拉致すればいいだろうというのが今回の作戦だ。
セブンが下調べをした時に解ったことなのだが、南無子邸の中は特異点になっているようだ。
それもただのシンギュラー・ポイントではなく、それを隠すための偽装プログラムが施されているらしい。
セブン曰く、麻宮ナムならば“それ”は可能で、それはつまり南無子邸の中は監視ができないということである。
とはいえ俺にとって監視というもの自体がピンとこないわけで、何ならセブンが話す内容については、どれもが眉唾物だ。
意識的に話半分くらいで聞いておかないと、正しい判断ができなくなる恐れがある。
兎にも角にもこの謎だらけのピースを埋めていくには、南無子とセブンを鉢合わせて、そこに俺だけが居合わせるという状況を作ることが重要だ。
「トリガーッ!」
セブンたちを追い抜かさないように気をつけながら何度かの転移を行い、ようやく南無子邸へとたどり着く。
部屋の明かりはついているが、扉は閉ざされていた。
俺はそのまま扉に身をあずけ、聞き耳を立ててみる。
中からは口論にも似た男女の声が聞こえてきていた。
「いい加減にしなさいよ! 変なことしたら、鈴ちゃんに言うわよ!」
「誤解だ、聞いてくれ」
声の主は、南無子とセブンで間違いなさそうだ。
「いきなり押し倒して、よくそんなこと言えるわね!」
「いや、これは……」
「いいから、どきなさいよ! どこ触ってんのよ、どスケベ・アーク!」
どすけべ……あーく?
「待て待て待てぇぇぇい、なにやってんだ、てめぇぇはぁぁ!」
たまらず扉を蹴り開け、踊り込む。
「へ……アーク?」
間の抜けた表情でツインテールがつぶやく。
部屋の中ではソファに寝かされる南無子と、それを押さえつけようとする眼帯ミイラがいた。
絵的には、完全に暴漢である。
「お前は、まず自分の素性を明かせよ! 阿呆ぅか、てめぇはっ!」
「そうしようとしたのだが、麻宮が問答無用で暴れるのでな」
「気安く、その名で呼ぶんじゃないわよ!」
激昂した南無子が、乙女の恥じらいスクリューアッパーを放ち、哀れセブンは漫画のように吹き飛んでしまった。
さて……あらためて南無子邸のリビングには、俺、南無子、包帯を外したセブンの三人がいた。
南無子は腕を組んで仁王立ちをし、セブンは正座をさせられている。
俺以外の男でもそんな目に合うのかと思うと、面白くて仕方がない。
しかも、あのセブンが、である。
ちなみに俺はソファの上で、胡座をかいて眺めている。
高みの見物ってやつだ。
「んで、あんたは誰?」
仁王南無子が高圧的に質問する。
しかしセブンは、南無子をじっと見上げたまま何も答えない。
反抗ではなく、まじまじと見つめているといった感じだ。
これだけ見て人違いではないのだとしたら、いよいよセブンの話の信憑性が上がってくる。
「……なんなのよ。なんとか言いなさいよ?」
仕方がなく俺が代わりに答える。
「こいつがアサシン教団のセブンだ。何度か説明したことはあるよな?」
ふぅん、と目を細める南無子。
なにか思うところがあるのだろうか、思考を巡らせているようにも見える。
こうしてみると、やはり年下だと思えない節がしばしばある。
「で、私になんか用で……」
「見た目は若いが変わらないな、麻宮は……。あの頃と同じ、綺麗なままだ」
南無子が、ひくっと唇の端を持ち上げる。
俺も付き合いが長いからわかるが、これは怒る前兆だ。
「二十代の……」
「ちょっと黙ろうかぁ!」
正座するセブンの顔面に、南無子の蹴りがめり込む。
あのセブンを足蹴にできるとは、やはりこのツインテールは怖いもの無しである。
「OK、OK。あんたは、もしかして前に私と会っているのね?」
「あぁ、麻宮な……」
そこでもう一度、蹴りが放たれる。
ちゃんとパンツを見ないように目をつむるあたり、律儀で堅物なセブンらしい。
俺なら瞬目反射に抗ってでも、眼瞼を閉じまいとするだろう。
「余計なことを言わないこと。それで……私にわざわざ会いに来たっての?」
セブンが黙って頷く。
そしてまた、南無子が考える素振りを見せる。その表情は複雑そうだ。
「こいつはフラジャイルだ。前は俺と同じドリフターで、南無子が外の世界に連れ出してくれたって言うんだが……そうなのか?」
このまま濁されても困るので、俺がひと波立ててみる。
南無子は大きく目を見開いて、息を飲み込んだ。
俺の口から出た言葉に、少なからず動揺をしているようだ。
そうだ……お前が話したがらないことを俺は知っているかもしれないぞ……と、意味ありげな笑みを浮かべてみせる。
実際は自分でも何を言っているのか、さっぱりわからないのだがな。
「セブンだっけ。あんたどこまで、こいつに話して……」
「乱歩だ」
「……はぁ?」
「俺の名は、小泉乱歩。知らないとは言わせない」
眼光鋭く訴えかける。その真剣な眼差しは決意に満ちていた。
セブンは南無子を探しに、ここに来た。
そして、俺とセブンは同じだと言っていた。
同じ状況なら、俺も鈴屋さんを追うはずだと……
だとすれば、鈴屋さんは南無子と同じような立場にいるということだ。
「……あぁ、少し前にベストセラーになった、アレね?」
「そうだ。しかしそれを成せたのは、麻宮ナム。きみだ」
さて、また話が見えなくなったぞ。
俺は置いてけぼりだが、いま話に水を差して会話が終了してしまっても困る。
ここは黙って、ことの成り行きを見守るが吉だろう。
「それはつまり、私が?」
「そうだ。忘れたとは……」
「忘れたわよ」
きっぱりと言い放つ。
そして一度、俺の方に視線を移す。
「まったく、無茶苦茶にしてくれちゃって……」
呆れと……あきらめにも似た表情だ。
やがて南無子は、ため息を交じえながら続けた。
「あのね、あんたが覚えていようが、こっちはその時の記憶を全部消されるの。あんたの本も読んでいないし、読んだところで、思い出せやしないわよ」
「知っている。だがキミはあの時、決して忘れないと言っていた」
「その記憶自体がないって言ってんの」
セブンも、ある程度は予測していたのだろうか。
あまりショックを受けているようには見えなかった。
それでも二人の間に生まれた沈黙は、あまりに重苦しいものだった。
「フラジャイルになってまで探しだした根性は、認めてあげるわ。ふつうは個人特定情報保護法のせいで、会うことなんてできないんだから」
「本当に覚えていないのか?」
あくまでも冷たく突き放す南無子に、セブンの眼光は力強いままだ。
「ファースト・サルべーチームで最初に成功したのはキミだ。そのキミが救った男を忘れたというのか?」
「あんたね……」
「そもそもプロジェクトの開発ディレクターであるならば、記憶消去の抜け道を作れたんじゃないのか?」
そこで南無子の表情が一気に険しくなり、セブンの胸ぐらを乱暴に掴んだ。
「あんた、好き勝手するのもいい加減にしないさいよ。ここには……」
「アークがいることは、俺にとって関係のないことだ。何よりも俺はフラジャイルだ。なんなら、あいつを強引に連れ出してもいいんだぞ?」
そして、また生まれる沈黙。
どうやら俺は聞いてはいけないことを、聞き続けている状態らしい。
しかし今は、さっぱり理解できない己の脳みそを恨むしかない。
「……どうしろって言うのよ」
「俺と最後に交わした約束は覚えているか?」
南無子が押し黙る。
それは暗に覚えていると言っているのと同義だ。
「俺は、ここに約束を果たした。あとはキミの番だ」
セブンは、何か強い決意をずっと前から固めていたのだろう。
淀みのない言葉は力強く、南無子の心に突き刺さっているように見えた。
「俺はあの時と変わらない。キミがアークと鈴屋のために何かをしよういうのなら、まずキミが前例を作るべきではないのか?」
「無茶言うんじゃないわよ……」
南無子が誰に向けてでもなく、言葉を絞り出す。
「とりあえず、今日は帰って。私にも考える時間をちょうだい」
再び腕を組み、壁にもたれかかる。
「あのよ……色々聞きたい俺の立場はどうするよ?」
「わかってるわよ。あんたのこともひっくるめて、考えさせて。私だって女なの」
そう言われてしまっては、これ以上食い下がるわけにも行かない。
「乱歩もよ。これ以上、勝手な行動は取らないで。それから、アークに余計なことを言わないこと。じゃないと、あんたもお終いよ?」
セブンが、あぁ……とだけ返事をする。
この男なりに納得のいく答えなのだろう。
俺としてはやはり煮え切らない思いなわけだが、今日のところは潔く退くしかなさそうだった。
ここまでがハロウィン編になります