鈴屋さんとハロウィンナイトっ!〈5〉
ハッピー?ハロウィンです。
主役は……
ジャック・オー・ランタンを討伐した俺達はドブ侯爵にアルフィーの新居建築を約束してもらい、さらにその足で逆さ吊りのシメオネを回収していた。
南無子が謎の呪文を使ったことに関しては、見て見ぬふりだ
これまでの経験上、聞いたところで濁されるのがオチである。
そんなこんなで、この世界初のハロウィン祭が行われる赤い満月の日を迎えることとなったのである。
「あーちゃん、怪我直す?」
夕焼けに染まるラット・シーの海上デッキで、アルフィーがミケを抱っこしながら聞いてくる。
『祭が終わるまで、このままでいい』
「ん〜……もう怒ってないんに」
アルフィーが眼帯ミイラの看板を見て、軽く首を傾げる。
逆に気の毒になってきているのだろう。
『ミイラ男の仮装も兼ねている。気遣いは無用』
まぁそれなら……と、一応の納得を示す。
アルフィーの仮装はミケとお揃いのもので、二人ともすこぶる可愛い。
髪の色こそ違えど普通の親子に見える。
ミケはキャットテイルと人間のハーフだが、外見はキャットテイルのそれだ。
クセのないストレートロングの黒髪からは少し垂れた猫耳が生えており、お尻からは黒い尻尾をゆらゆらと揺らせている。
一方のアルフィーは、ネズミ系のシェイプチェンジャーだ。
シェイプチェンジャーは自らの意思で変身をするため、普段は人間と判別がつかない。そのため普段から髪の色以外でも、二人の見た目には差異が生じる。
しかし今のアルフィーは、仮装用の猫耳と尻尾を付けている。
つまりこれで、晴れて見た目も親子となっているのだ。
ミケも自分と同じであることが嬉しいのだろう。
何度もアルフィーのつけ耳に手を伸ばしては、キャッキャッと声を上げていた。
なぜだか、それだけで目頭が熱くなるってものだ。
「あー君が包帯姿なのは、あー君が悪いんだから仕方ないよね〜」
麗しのエルフ嬢に対し、眼帯ミイラがこくりと頷く。
鈴屋さんは大きく裾の広がった短めの青いスカートに、白色のノースリーブシャツ、右手にはカボチャの杖を持っている。
黒いタイツは肌を露出しすぎないという、鈴屋さん特有のこだわりだろう。ロングブーツとよく合っていて、それはそれで色っぽい。
さらに水色の髪から生えた小さな角が、小悪魔度を爆上げしている。
小悪魔のエルフとか、これに萌えずして何に萌えろというのだ。
「アーク殿、私の格好はどうですか?」
直球で聞いてくるハチ子に、眼帯ミイラが看板で返事をする。
『とても、可憐だ』
「ふぇっ……?」
自分から聞いておいて恥ずかしがるとは、どういう了見なのだろう。
ハチ子の仮装は丈の短いフレアスカートに、両肩を大胆に露出させたオフショルダーのドレスだ。
頭には黒色の三角帽子を被り、右手でホウキを持っていて、みるからに魔術師風のコスである。
惜しみなく見せる脚線美から、彼女の自信を伺い知ることができる。
ついでに言うと、俺がそこに弱いことも知っているのだろう。
『きみは、日に日に美しくなるな』
「あ、あ、あの?」
眼帯ミイラが歯の浮くような看板を見せて、ハチ子を困惑させる。
そして……なぜか『かぼちゃ頭』の被り物をした男が、眼帯ミイラを後ろから思いきり叩いた。
思わぬ『かぼちゃ頭』の奇襲に、苛立ちを隠しきれず顔を向ける。双方の表情こそ見えないが、一触即発の空気が生まれていた。
その光景を、不思議そうな表情でハチ子が見つめてくる。
視線に気づいた俺は、ハッとして思わず顔を横にした。
危ない、危ない。
包帯の下では不機嫌面だっただけに、そんな顔を見られないでよかったと胸を撫でおろす。
ちなみに『かぼちゃ頭』の男はラスター、他にもアラビアンナイト風のシメオネ、白衣を羽織りマッドサイエンティストに扮した南無子など、みな思い思いにハロウィンを楽しんでいるようだった。
赤い満月が夜空に浮かび上がるころ、海上デッキの賑わいも最高潮となっていた。
もはや海上デッキの上だけでは人が収まりきれず、客と出店は海岸の方まで伸びてしまっている。
これはこれで祭らしくて、いい光景だ。
とくに今年は、海竜祭が災厄と化してしまったこともあり、壊滅的な被害を受けたラット・シーは復興の象徴でもあるのだろう。
盛り上がるのも当然というものだ。
祭を楽しんでいるのは、レーナの住人だけではない。
新たな金の匂いを嗅ぎつけた商人や、外から来た冒険者など実に多種多様な顔ぶれで、いかにも貿易港レーナらしい。
俺はその光景を眺めながら、褐色アフロが優しく笑った時のことを思い出していた。
──戦争を知らない子どもたち……ってぇのがいるのも、悪くないねぇ
そして、ミケとアルフィーへと視線を移す。
戦場で生まれ戦場で育ったアルフィーは、戦士らしいシビアな考えを持っている。
しかし普段はそれを見せることもなく、時に明るく笑い、時に悪戯っぽい表情を浮かべ、時に優しく包み込んでくれる。
屈託のない笑顔を見せるミケとの間柄は、まさに本物の親子であり、優しい母親だ。
そんな二人を見ていると、このまま戦場に出ることなく幸せに暮らしてくれればと願わずにはいられない。
そういう意味でいえば、このハロウィン祭がラット・シーで行われたことは大いに意義がある。
商業エリアは継続的な収入源に成り得るし、ラット・シーに対するイメージもアップするだろう。
やがてそれは、異種族への偏見すらも変えていくはずだ。
いまや英雄エメリッヒの騎士団に、ラット・シー出身のリーンも入団している。
この傭兵団が平和に暮らせる時間は、確実に増えていくだろう。
「トリック・オア・トリート!」
ミケがそう叫ぶと、道ゆく観光客がお菓子をくれる。
たまに旅人風の男から干し肉のようなものが渡されるが、それはちゃっかりアルフィーが食べている。
いかにミケが相手でも、肉だけは渡さないというアルフィーに思わず苦笑してしまう。
「……にしても、いい加減しゃべったらどうなのよ?」
俺がそんな感慨にふけっていると、ツインテールのマッドサイエンティストが腰に手を当てながら呆れた口調で言う。
眼帯ミイラとしては『禊』中のようなものなので、やはり首を振ってそれを断る。
「祭の当日くらい、いいでしょうが」
口調はともかく、いつも通り優しい南無子に眼帯ミイラが歩み寄る。
そして、おもむろに右手を伸ばし……
「へっ?」
彼女の左手を、ぎゅうと握った。
南無子も、突然の積極的な行動に相当驚いてしまっているようだ。
なんとも間の抜けた表情を浮かべて固まっている。
「ちょっ、あんた……」
思わず手を引き離そうとするが、それを許さない。
それどころか力強く引き寄せて、自らの胸に南無子の頭を押し付けさせる。
「あ、あ、あ、あんた、いい加減に!」
しかし眼帯ミイラはそれをも無視し、南無子を軽々と抱きかかえた。
俺としては、思わぬ姫抱きに口をパクパクとさせている南無子が面白くて仕方がない。
「ちょっと、あー君。なぁにしてるのかなぁ〜?」
いち早く気づいた鈴屋さんが、軽く首を傾げながら冷笑を浮かべてくる。
俺としては、笑顔で怒る鈴屋さんを前に生きた心地がしない。
『失礼する』
眼帯ミイラは、そう書かれた看板を見せると、屋根から屋根へと飛び移って行った。
「ちょっと、あー君!」
「アーク殿!」
「あーちゃん!」
一斉に声が上がるが、二人の姿は瞬く間に見えなくなってしまう。
俺はやれやれと『かぼちゃ頭』を脱ぐと、包帯をするすると外していった。
「はぁ?」
やはりまた声を上げる鈴屋さんに、俺の説明を最後まで聞いてくれるのだろうかと、自分の身を案じてしまうのだった。
『かぼちゃ頭』はラスター……というのは、俺の嘘だった。
俺はジャック・オー・ランタンのドロップアイテム『かぼちゃ頭』を被り、ラスターのフリをしていたのだ。
理由は唯一つ。
セブンと南無子を接触させるためである。
そうだ。
あの眼帯ミイラの中身は、セブンなのである。
ただしそのことを鈴屋さんに話すと面倒なことになると思い、南無子を好きになったレーナの住人ということにしてある。
「つまり二人きりにさせるために、あー君のふりをさせたってこと?」
「そういうこと」
俺がつかれた口調で鈴屋さんに返す。
ちなみに鈴屋さんは、怒るどころか目を輝かせている。
アルフィーと一緒に「恋バナ〜♪」と盛り上がる始末だ。
一方のハチ子は、眼帯ミイラの中身がセブンだと察したのだろう。
複雑な表情で俺を見つめていた。
「まぁ、そういうことだから、ハチ子さん」
わかってます……と、頷くハチ子。
こういう聡明なところは本当に助かる。
「あれ、じゃあ……」
何かに気づいたハチ子が、今度は頬を赤らめていく。
「なに?」
満月よりも真っ赤になったハチ子が、消え入りそうな声でつぶやく。
「さきほどの……あの……アレは……妬いてくれたのですね?」
「あ……」
そして俺まで顔を熱くさせてしまう。
なんだこれは、ラブコメかよと自分でツッコミを入れずにはいられない。
「お、俺は二人を追うから……みんなは楽しんでてくれ!」
たまらず俺はトリガーをし、その場から逃げてしまった。
ハロウィン編はこれにて終了となりますが、話は続きます。