鈴屋さんとハロウィンナイトっ!〈2〉
週末の鈴屋さんをどうぞ。
「うぅ……重い……」
そう言って俺が目を覚ましたのは、何時だかもわからない夜中のことだ。
どうやらミケを寝かしつけている間に、アルフィーのベッドで眠ってしまったらしい。
重さの原因はどうせミケだろうと、まだ眠い目をこじ開ける。
俺の腹の上には猫耳をのぞかせる小さな黒毛の塊と、ピンクのタンクトップにショートパンツ姿が艶めかしい白毛の……
ぺしっ!
「んんん……なん〜?」
「なん〜じゃねぇよ、毎度毎度なにやってんだ、お前は」
「ここはあたしの部屋で、これはあたしのベッドなん」
「いや、そうだけどよ……なにこれ、デジャブ?」
「ハッチィとはジャイアント・マンタで寝たくせに、なんなん〜?」
「……いや、そうですけれども」
「添い寝くらいでグダグダ言うん? ハッチィとばっか、ちぃとばかしズルいん〜」
「その件につきましては、御社のおっしゃるとおりでございまして……申し訳ございませんでした」
なぜか俺が謝罪をさせられてしまう。
「いやまて。添い寝くらいってお前な、仮にも嫁入り前の……」
「だからそれは、あーちゃんがもらってくれればいいだけなん〜。なん〜、あたしの身体に興奮してるん〜?」
アルフィーが女豹のような表情を浮かべて、俺の身体に手を這わせる。
「や、やめい、変なとこ触るな……だ、アホかお前、今はほんとに危ないってっ!」
「んふふ〜氷茸どこなん〜?」
「うひぃっ、ミケがいるんだぞ」
ミケを理由に、悪のりをするアルフィーを嗜めようとした時だった。
「鈴屋もいますけども〜」
ベッドのマットに顔だけをのせる、容姿端麗なエルフがそこにいた。
「ハチ子もいます」
その横にもうひとつ、クールビューティーがひょこっと現れる。
「私達が床で寝てる時に、なぁにやってるのかな〜?」
笑顔による威圧である。
目が笑っていないだけに、ちょっとしたホラーだ。
「アーク殿、ミケがいなかったらどうするつもりだったんですか?」
素朴な疑問を投げかけてきているようだが、目はアサシンのそれである。
「待て。待って、待ってください。俺は何もしてないぞ!」
「たしかにアルフィーがしかけてはいますが、拒否が弱いのです、アーク殿は」
「イヤイヤ言いながら流されようとするのとか、女子なのかな?」
そうなのか?
そうなのか。
言われてみれば、その通りな気もするが……だからといって、これをどう跳ね返せばいいのだ。
俺はこう見えても、煩悩に抗えない典型的な男の子なのだ。
「あー君。なんだか、だらしない言い訳を頭の中でしてそうかな?」
俺の頭上にログでも流れているのかと疑いたくなるほど、的確な読心術である。
「あー君」
はい、と子犬のように情けない返事をする。
「ハウス」
有無を言わさぬ迫力に圧されて、俺はベッドから抜け出した。
「えー、みんなで寝るん〜」
「残念ですが今宵は女子だけにしましょう。アーク殿は宿まで戻ってください」
いつになく厳しいハチ子に、俺はうなだれるようにして外に出ていった。
赤い月の光が夜道を照らす。
さすがに、この時間は大通りも人の姿が少ない。
特に赤い月の周期は、暴力的な事件が増えると言われている。
赤い月は狂気と破壊の象徴──
それが、この世界の理だ。
といってもゲームの中での設定なわけだから、俺自身はさして気にしていない。
ましてや屋根の上を移動しているのだから、危険など皆無に等しい。
それも彼女に出会うまでの話だったわけだが……
「しょぅねぇん〜」
あぁ、一番エンカウントしたくない怪物に出会ってしまった。
しかも、赤い月の夜にだ。
彼女が狂気に染まれば、俺なんてモブ忍者は一瞬であの世行きだろう。
「よぅ、ねぇさん」
緊張感を隠すように、笑みを浮かべて振り返る。
そこに立っていたのはボディラインを強調させる、ぴったりとしたタイトドレスに身を包んだフェリシモ姉さんだった。
スカートの丈は極端に短く、はしご状の結び目がついた膝上までのロングブーツを履いている。
胸元は大きく開いていて、妖艶を飛び越して挑発しているようにも見える。
全身真っ黒で、三角の魔道士帽をかぶっていて……って、これはもしかして……
「え、ねぇさん。もしかして、ハロウィンコス?」
「ふふふ〜しょうねんは、面白いことばかり考えるなぁ〜」
「そいつぁ〜どぅも。ねぇさんも、そんな格好するんだな」
「意外だろぅ〜? 遠慮なく感想を言い給えよ、しょぅねぇ〜ん」
「くっそエロい」
即答してやった。
しかしフェリシモは、妖艶な笑顔を崩さない。
「そうだろうとも〜。では、しょうねぇ〜ん。トリック・オア・トリート〜?」
思わぬ言葉に、思考が一瞬停止する。
フェリシモが構わず、ゆっくりとした動きで右手を差し出してくる。
その手には、冷たく鈍い光を放つ短刀が握られていた、
「おいおい……お菓子なんてもってねぇぜ?」
俺の口元は、相当に引きつっているはずだ。
思わず背筋に冷たいものが走る。
「じゃぁ〜悪戯するしかないじゃないかぁ〜」
「物騒だな、おい。俺には、デッド・オア・アライブに聞こえるんだけどよ?」
フェリシモが返事の代わりに、冷笑を浮かべる。
そして、その姿が闇に紛れるようにして消え……
「反応が遅くないかぁい〜」
背後から手を回される。
その死の抱擁は、まさに命を握られた感触と同じだ。
「ねぇさん、冗談ッスよね……?」
一瞬の沈黙が、冗談ではないと思わせる。
「私はねぇ、しょぅねんともう一度、遊びたいのだよぅ?」
「抑止力は、どうしたよ?」
「ふふ……痛いところをつくねぇ〜」
ダガーを握る右手が、脇から胸へと艶かしく這ってくる。
そして俺の耳たぶを、甘くひと噛みする。
「……いつものダガーがないねぇ〜すでに逃げる準備は、できているってわけかぁ〜い?」
「カカッ、遁走こそが俺の十八番よ」
「そういう少年のしたたかで、クレバーなところは嫌いじゃないよぅ〜?」
胸を這うダガーの剣先が、いつ本当に牙を剥くのか分からない。
その緊張感すらも、彼女には読まれているようだった。
「いいねぇ。少年と私の間にはさぁ〜これくらいの緊張感がほしいよねぇ〜」
「俺は仲良くしたいぜ?」
「まぁ〜あんたには借りがあるからねぇ……それを返すまでは仲良くしてやるさぁ〜」
アサシン教団からの退団と、報復に対する抑止力……何ならこの借りは返させることなく、一生持っておきたいものである。
「なんで俺なんかに固執するかね。買いかぶりすぎだぜ、ねぇさん」
「それは私が判断する所さぁ〜。いつかまた、遊んでおくれよぅ。命をかけてさぁ〜」
耳元に物騒な言葉残し、またしても幻のように消える。
それを確認すると、『リターン』を使って手元にダガーを戻す。
俺の正面五メートルほど先には、赤い月の光に照らされたフェリシモが立ってた。
「んで、何しに来たんだよ。まさか本当に、一戦やりに来たってわけじゃないんだろう?」
フェリシモが首を斜めにして小さく笑う。
「くくっ……まぁねぇ〜。このハロウィンとやらのコスチューム、見せたくてねぇ」
またまたご冗談を……と呆れて返すが、フェリシモは小さく笑っているだけだ。
「え……いや……まじ?」
「随分と意外そうだねぇ〜これでも私は女なんだがぁ〜?」
「いやいやいや……」
「妹たちにのせられて買ったはいいんだけどぅ〜まさか祭当日にさぁ、あのエルフやぁ〜、犬やぁ〜ネズミどもの前に現れる訳にもいくまいよぅ〜?」
見ている限り、嘘か本当か判別ができない。
たまにこの人は、本当に理解できなくなる。
「今日なら、あんたも空いてるだろうと思ってねぇ〜あんたの宿に向かっていたのさぁ〜」
「ええっと……まじ?」
やはり妖しい笑みで応える。
「くそえろい、ってのはぁ、浪漫のかけらもなくて〜最高だったよぅ?」
そして後ろにふわりと飛ぶ。
瞬きをした後には、もうフェリシモの姿はなかった。
「本当にどこまで本気なんだか、あのねぇさんは……」
ダガーをしまいながらも、俺はいつかまた彼女と死闘を演じることになると、心のどこかで予感していた。