鈴屋さんとハロウィンナイトっ!〈1〉
ハロウィンです。パーティーです。
ハロウィンまでに話が終わるのか微妙です……
どんなコスになるのか、お楽しみください。
赤の満月まで、あと三日──
俺は港町レーナの最南端エリア“ラット・シー”にある海上デッキを歩いていた。
昼間からポカポカとした陽気が、実に気持ちいい。
「あーちゃん〜」
猫なで声を出しながら左腕に絡みついてきたのは、白毛のワーラット・アルフィーである。
丈の短いライムグリーンのフレアスカートを風に揺らせながら、白く引き締まった綺麗な足を惜しみなく見せている。
俺としては、目のやり場に困る一方だ。
「ぱぱぁ〜」
今度は俺の背中から、ハーフ・キャットテイルの女の子・ミケが声を上げる。
父親譲りの黒髪と母親から受け継いだ琥珀色の目が、ガラス玉のようにキラキラと輝いてる。
その猫耳は可愛らしく垂れ下がっており、屈託のない笑顔にはいつも癒やされる思いだ。
おんぶをする俺の手の隙間からは、黒色の尻尾が楽しげに揺らいでいる。
「なんだよ、嬉しそうだな。そんなにハロウィンが楽しみなのか?」
俺がため息をつくと、アルフィーが笑顔で頷いた。
「あーちゃんが、また面白いこと考えたからね〜」
にしししし、と変な笑い方をするアルフィーに、故郷にあった風習だけどなと返す。
そう……ラット・シーの商業エリアでは、祭の準備が急ピッチで進められていた。
ことの発端は、俺の何気ない一言である。
「そういやハロウィンみたいなイベント、こっちにはないのな〜」
この言葉に引っかかったのが、褐色アフロのファンキー傭兵王・シェリーさんだった。
最近では海上デッキにオサレな商業エリアを展開し、レーナの街に新しい名所を作ったばかりで、ラット・シーの評判はすこぶる良くなっていた。
そこに大掛かりな祭を付け足せば、きっと盛り上がるに違いないと考えたのだろう。
一部の貴族の間でしか行われていない仮装パーティーを市民レベルで……それも、子供たちが中心になって楽しめるとなれば成功しないわけがない。
俺のアドバイスのもと、ハロウィン企画はあれよあれよと進んでいき、今や仮装セットの販売まで行われている。
「お前らも仮装すんの?」
「するー!」
ミケが俺の頭を、ばんばんと叩いてくる。
見ればアルフィーも大きく頷いていた。
「あーちゃんも、するんよ?」
「えぇ〜俺はいいよ。そんなリア充みたいな……」
「りあじゅう?」
首を傾げるアルフィーに、思わずネットスラングを使ってしまったことに気づく。
ついつい忘れがちだが、アルフィーはハチ子と違って元の世界のことを知らないのだ。
「あぁっと……なんていうか、彼氏彼女がいて順風満帆で充実している奴……的な?」
「あーちゃんのまわりにはきれいどころしかいないとおもうん」
「なぜに棒読み……」
「これだけ慕われてて、どこが充実してないん〜?」
上目遣いをしながら、ぎゅうと腕を強く絡めてくる。
言い方を変えると、胸を押し当ててきている。
それ以上すると、俺は全神経を左腕に集中してしまうので、早急にやめていただきたい。
このままでは、会話もままならない状態になるだろう。
「背中には、かわいい〜かわいい〜ミケもいるんよ〜?」
「なぁ〜」
「なぁ〜」
ミケ&ムネのコンボを出されては、俺も閉口せざるをえまい。
これで充実してません……などと言った日には、天罰が下るだろう。
「あぁ、いや……幸せ者だよ、わかってるさ」
「んふ〜わかればいいん♪」
すこぶるご機嫌なアルフィーは、すっかり新妻気分である。
アルフィーが第三部隊の隊長で有名人だということもあるのだろうが、ラット・シーをただこうして歩いているだけで、沢山の住人から声をかけられてしまう。
「いよう、アルフィー。今日は家族で散歩か?」
「んふふ〜そうなんよぅ〜」
「あら、ミケちゃん。今日も可愛いね〜」
「なぁ〜♪」
「んふふ〜ありがと〜」
「なんだい、ロメオにアルフィーじゃないか。二人目はいつだい?」
「あ、シェリーの姉御ぅ。ん〜、もうちょっとミケが大きくなったらつくるん〜」
ざっと、こんな感じで……
「つくるん〜、じゃねぇっ!」
好き勝手に答えるアルフィーの頭に向けて、ごすんっと拳を握って落とす。
「いたぁぁい、なんなん〜?」
「アホか、おめぇは。あと、シェリーさん。挨拶代わりに変なこと言うんじゃねぇよ」
「なんだい〜、早く作っちまいなよ。あんたは相変わらずヘタレだねぇ」
黒いタンクトップに、ぴっちりとした黒パンツをはいた褐色アフロの傭兵王が、にやぁと笑う。
口には、いつもの煙草をくわえている。
「シェリーの姉御からも言ってほしいん〜。あーちゃん、エッチなくせにヘタレなん〜」
「まったくチェリーってぇのは、何を後生大事に守ってんだい。なんなら、あたしが一回相手してやろうか?」
「姉御……それはやめてほしいん……」
アルフィーが少し頬を赤くして、不満げに口をとがらせる。
そのたまに出す“女の子”は何なのだ。
ギャップに、トクンしちゃうじゃないか。
「そんなことより、祭の準備は順調なのかよ?」
シェリーさんが煙草をふかしながら、満足そうに笑みを浮かべる。
「もちろんさぁ。あんたのおかげで戦争以外でも収入源が増えてて、ほんとに助かってるんだぜぇ?」
「そいつぁ、なによりだな」
「このままじゃ、腑抜けになっちまいそうなくらいだねぇ。でも、まぁ……」
せわしなく働くラット・シーの住人たちに目を細めて向ける。
「戦争を知らない子どもたち……ってぇのがいるのも、悪くないねぇ」
話しながら、今度はミケの頭を乱暴に撫ではじめる。
ミケも最初は迷惑そうな顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべて返した。
「んな簡単に変わるとも思えんがな。そうなるといいな」
「そんなことないん。あーちゃんは、いっぱい変えてくれたん」
見上げてくるアルフィーの表情が戦士のそれではなく、ひとりの女性として幸せをかみしめているようにも見えた。
ギャップにトクンである。
「あたしはすごい幸せなんよ」
その笑顔ひとつで、俺がしてきたことに意味があったのだと思える。
それだけで、俺もどこか幸せに感じられた。
アルフィーと、ミケの三人でハロウィンの日に着る衣装を決めた頃、同じく衣装を探しにきていた鈴屋さんとハチ子の二人とも合流をする。
その後は、アルフィーの家へと移動だ。
当初の予定では海上デッキのオサレな商業エリアで飯でもと考えていたわけだが、どの店も祭の準備に追われていたため、テイクアウトにしてアルフィーの家に行こうという流れになったわけである。
年頃の女子三人は……ひとりはネカマかもだが……きゃぁきゃぁと買ってきた衣装について盛り上がっており、俺はミケに飯を食わせたり歯を磨かせたりと、なんとも所帯染みた行動に勤しんでいた。
遠巻きに聞こえてくる声に気を取られそうだが、子育てというものは忍耐と無心の境地で行うため、だいたいの会話を聞き流している。
「あーちゃんは、絶対いい亭主になると思うんよ〜」
「いきなり夫婦っていう想像が、私にはできないかなぁ」
「私はできますよ。アーク殿は、きっと素敵な旦那様になります」
「それよりもハッチィの買ってきた衣装、エロすぎん?」
「そ、そんなことっ!」
「ハチ子さんって、けっこう露出高めだよね〜」
「あたしでも、そこまで肌は見せないん」
「私はもっと見せませんけどね〜ハチ子さんはエッチだよね〜」
「えっ、エッ、えっちとか、アーク殿の目の前で、そんなこと言わないでくださいっ!」
──否。
めちゃくちゃ会話を聞いている。
なんならその衣装とやらをすごく見たいのだが、今はミケを寝かしつけるので精一杯だ。
そして“子育てあるある″がもうひとつ発動した。
「あぁ〜、あーちゃん寝ちゃったん」
「なぁ〜ぱぱぁ〜」
薄まる意識の中で、そんな会話が聞こえていた。
その日、どうやら俺はミケを抱いたままアルフィーのベッドで眠ってしまったようだ。




