鈴屋さんと鍋奉行っ!〈9〉
短めですがどうぞー
ワイバーン事件の全容を一通り説明すると、セブンが口元を手で覆い隠しながら考え込んでしまう。
そして長考に長考を重ね、やがて一度だけ頷いた。
「なるほど……」
何が「なるほど」なのか、黙って説明を促す。
「英雄へ至る道……そのテコ入れだ」
やはり言っている意味がわからずに首を傾げていると、セブンが説明を続けた。
「これまでの戦闘……特に強力だった敵の中で、鈴屋が止めを刺していないものはなんだ?」
「鈴屋さんが戦ってない……? んあぁ……やべぇのは、グリフォンの『ビオル』だろ。教団1位だったフェリシモ姉さんに……ワイバーンも鈴屋さんは戦ってないか。あとはハチ子さんの粛清の時のと……」
「あれか……よく生き残れたな」
「ハチ子さんの命がかかってるんだ。死ぬわけにいかねぇだろうよ」
「あーくどの……」
目を潤ませるハチ子に、カカカッと笑い返す。
「あとリザードマン『ニクス』は……」
「あれは、鈴屋が倒しましたね」
「そうだった。じゃあ、海竜『ダライアス』……は入れてもいいのかな?」
ダライアスに関しては総力戦だ。俺の手柄ではない。
しかしセブンは、意外にも肯定的だった。
「鈴屋は戦っていない。止めもアークならカウントできよう。何よりも、お前はアレで英雄としての条件を成した」
「やめろよ、俺は影で奔走してただけだ。あとは腐敗の体現者『ゼ・ダルダリア』……ポイズントロールだっけな。たしか『腐敗の魔王』の将軍とかいう。それから魔神ドッペルゲンガーは……あぁ、あれは鈴屋さんが瞬殺したか。ま、そんなもんだ」
セブンが何度か頷き、間違いないだろうと付け加える。
「やはりワイバーンは、お前が英雄的な働きを出来るように急遽テコ入れをしたのだろう」
「はぁ? 誰が何のために、そんなことするんだよ。しかも何で俺なんだよ」
「その辺はここを出たらわかることだ。そして、鈴屋が戦わない理由は唯ひとつ。ヴァルハラに連れて行く戦士を育てるが如く、英雄としての物語を綴っているのだ」
また訳のわからないことを言う。
俺を強くするとか、物語を綴るとか……それではまるで、鈴屋さんが召喚する戦乙女そのものじゃないか。
セブンの言うことを全て鵜呑みにすることは、極めて危険だと感じる。
「鈴屋が戦えば、戦闘は終わる。おそらくアークに勝算がなくなったと判断したときのみ、彼女は戦っていたはずだ」
「さぁ、どうだかな。そんな余裕を見せて、俺を試しているような素振りは見せなかったぜ? ダライアスの時だって俺が死んだと思って、すごい泣いたんだからな」
思わず、あの時の光景を思い出す。
俺はダライアスの頭を吹き飛ばし、マフラーの二回行動が発動したおかげでハチ子のもとへと転移をした。
そして面白そうだから……と、そのまま死んだふりをして物陰から見ていたのだ。
あの時、鈴屋さんは見事に騙されて大泣きをしていた。
申し訳ない気持ちの半分、どこか嬉しくもあったのでよく覚えている。
……こんなはずじゃなかったの……こんなはずじゃ……
そう何度もつぶやきながら、見たこともないくらいの大粒の涙を──
涙を──
待て──
待て待て──
こんなはずじゃなかった?
それだとセブンの言う通り、鈴屋さんが戦わないようにしていたら誤って俺が死んでしまい、後悔して泣いていたようにも見える。
鈴屋さんがダライアスと戦って戦闘を終わらせないために、エメリッヒと行動をともにしたというのか?
いや……考えすぎだろう。
セブンに吹き込まれた情報を、自分の中で強引に繋げてしまっているだけだ。
「心当たりが、あるんじゃないのか?」
セブンが静かに言葉を差してくる。
しかし俺は冷静にそれを受け流す。
「ねぇよ、そんなもん。んで……もしテコ入れだったとして……それが外からの介入だってのか?」
「十中八九、そうだろう」
「で……それが、麻宮ナムの仕業だと?」
しかし、今度は首を横に振る。
「そうとは言い切れない。ただ、彼女ならばその程度の介入は可能だ……というだけだ」
ふむ、と顎に手を当てる。
「もうひとつ。そういった情報は、言いたくても言えないものじゃなかったのか?」
「……鋭いな、アーク。普段ならば無理だっただろう。しかし、ここのような特異点では月の目が及ばない」
「月の目? 監視か何かってことか? 特異点ってのは他にもあるのか?」
「以前に俺が観測したものは、ガガン山脈にあるドワーフの国だ。あれも介入の形跡があった」
ドワーフの国……たしか南無子に言われて、鈴屋さんとハンマーを取りに行かされたんだっけ。
そういえば、南無子には「ここでなら、ある程度は話せるんだけど」と、工房で色々と話したこともある。
「ドワーフの国も確かに行ったけどよ。……それも、麻宮ナムなら介入できたと言うのか?」
セブンが黙って頷く。
偶然か必然か、確かに南無子が関わっているようにも見える。
これはいよいよ南無子に会わねばならないだろう。
俺はそう決意すると、ゆっくりと立ち上がる。
「いいだろう、セブン。あんたを麻宮ナム……かもしれない人と会わせてやるよ」
そこで初めて、セブンが目を見開いて動揺を見せる。
「知っているのかっ!?」
「もしかしたら、の話だよ。相手が会ってくれるかもわからんしな。もし準備ができたら碧の月亭の屋根の上に、なにか目印になるものを置いておく。それまでは大人しくしていろ」
「それはいつだ?」
「だから、準備ができたらだよ。言うこと聞かねぇと、会わせないからな?」
セブンは何か言いたげだったが、やがて渋々と了承した。
俺はそれを確認し、南無子にどう話せばいいか考え始めていた。




