鈴屋さんと海開きっ!〈後編〉
週末の暇つぶしに、海開き後編です。
なつかしのあの人が出てきます。お忘れの方はひとつ前のキャラ紹介を参考にしてくださいね。
この話の劇中は初夏なのですが、ぜひあったかいドリンクでも片手にまったりとどうそ。
「まさかこうして君たち2人を、我が王国に迎えることができるとは思ってもいなかったよ」
灰色の短髪をした細身の男が言う。
「やっぱりこういう事は、ジュリーさんしか頼める人がいなくてさ」
俺は気さくに答えてみせた。
ちなみに俺の左腕には、やわらかくてあったかい鈴屋さんがしっかりと掴まっている。
“嫌い事件”から不機嫌なままの鈴屋さんだが、ワーラットのジュリーさんが目の前では俺にしがみつくしかないようだ。
ジュリーさんには変身しないよう頼んであるから、と優しく諭しても、こうしてムスーッとしながらしがみついてくるのだ。
不機嫌な表情を浮かべながら腕に掴まってくるという、ツンとデレの同時行使は、鈴屋さんならではの高等技術だ。
至福の一時としか、言いようがない。
俺達は港町レーナの最南端エリアにある、ワーラットたちの王国ラット・シーに向かっていた。
彼らは昔から、ネズミ嫌いのレーナ住人に差別的な感情で疎まれていた。本人たちは、たくましく陽気に暮らしているだけなのにひどい話だ。
ある時レーナの領主が新しい港を作る際に不要になった南側の旧港を、ワーラット族に明け渡すという妙案を打ち出した。
まぁ住民の不満の種を、事実上まとめてそこに封じ込めたわけだ。
それでも陽気な彼らは、自らの居住区を「ラット・シー」と呼び、楽園として暮らしていた。
彼らは感情のまま、陽気に明るくたくましく暮らしている。
俺はそんな彼らのことをけっこう気に入っていて、たまに足を運んでいた。
……ただし鈴屋さん抜きで……
鈴屋さんのねずみ嫌いは相当なもので、猫型ロボットかよと突っ込みたくなる。
耳でもかじられたのかねぇ、と特に考えもなく鈴屋さんの尖ったエルフ耳を眺めてみる。
その視線に気づいたのか、鈴屋さんは右手で右耳を隠した。
「……なぁに、あー君。視線がそこはかとなく……いやらしいんだけど」
「いや、どこかの猫型ロボットみたいに耳でもかじられたのかなって思ってさ」
「そんなわけないでしょ?」
「だよねぇ。かわいい耳だし噛りやすそうではあるんだけど」
「……噛りたいの、あー君?」
長いまつ毛が下がり、冷たく目を細めていく。
「すみません、噛りたいけど我慢はします」
「あー君のそういう……正直すぎて好感度を自ら下げるところとか、ほんとイケメンじゃないよね」
「そもそも、俺にイケメンとやらの要素はないからねぇ」
鈴屋さんが、なぜか不満げに口を尖らせる。
かわいくてたまりません、とか言ったら、残念な効果音とともに好感度が下がる気がする。
そういうの、音でわかるゲームは便利だな。
「お二人は、恋人同士なのか?」
どうみてもイチャついてるようにしか見えないのだろう。
……まぁゲーム内では恋人契約してたけど。今は色々と混みいってて複雑なわけで……
「いや、この間相談に来てくれた時は……ほら、あのちょっと大人っぽい小柄で綺麗な女性と一緒だったじゃないか?」
「あぁ、ハチ子さんか。あの人はなんて言うか……」
「たしか彼女は、自分のことを“アーク殿の犬”とか言っていたが」
その言葉に反応して、左腕がぎゅ〜〜〜っと絞まっていく。
やだ、妬いてるの?
尊死にそうなので、そのままもっと絞めてください!
……なんて言えるわけがない。
「あの人はあー君の犬で、私はあー君の恋人です」
きっぱりと言う。
俺より男らしい、イケメンな鈴屋さんに萌えが止まらない。
「やはりそうなのか。仲が良くていいな」
「はい(はーと)♪」
自分の顔が熱くなっているのが、わかった。
情けないことに、俺は何も言えなかった。
ちらりと鈴屋さんの方に目を移すと、すでにじ〜っとこっちを見つめていた。
「調子に乗っちゃ駄目だからね?」
ものすごい釘の刺し方だけど、そんなに赤くなりながら上目遣いで言われても、男なんて生き物は舞い上がるだけですよ、鈴屋さん。
「ほら、着いたぞ。我らがラット・シーへようこそ!」
夢心地の中、俺と鈴屋さんは夢の王国へと足を踏み入れた。
ラット・シーは外から見ると、灰色のスラムという形容がぴったりの街並みだ。
しかし実際に足を踏み入れると、実に活気に満ちた場所だった。
所せましと簡素なつくりの家がひしめき合い、細く曲がりくねった路地を挟むようにし、雑多な店が並んでいる。
居住区は、海の上にまで進出している。
簡単に言ってしまえば、海上に途方もなく巨大なウッドデッキを作り好き勝手に家を乗せているといった感じだ。
足元に目を落とせば、床板の隙間からキラキラと光る水面が見えていて、自分の知らない世界にいるという感覚に興奮を覚える。
それは鈴屋さんも同じのようで、スラムの住人×ワーラット×超過密居住区という三重苦の中にあっても、興味深そうにきょろきょろとしていた。
「大丈夫、けっこういい人たちばかりだよ」
俺を見上げてぼ~っと……いや、ぽ~っと? している。
「あー君、こんなとこ1人で来てたの?」
「うん、そうだよ?」
やはり、ぽ~っとしている。
なんだろう……今、チンチロリロリロリ~ン♪的な好感度アップの音楽が聞こえた気がする。
「あー君って、外国とか知らない土地を1人でうろうろできちゃう系?」
「まぁ、できるかな……それ、好感度アップなの?」
「激盛りだよっ!」
なにその変な表現……牛丼っ!?
「もしかして嫌い週間、終了?」
「……う~ん……それは、まだかなぁ」
根深っ!
「お2人とも、ここだ。中に入ってくれ」
俺と鈴屋さんがいちゃついている間に目的の建物に着いたようだ。
中は少し薄暗いが、思ったよりも広い。
「ふおぉぉ……」
そして俺は、思わず感嘆の溜め息を漏らしてしまった。
そこにはラット・シーの住人が30人ほど集まり、ものすごい勢いで水着を製作していた。
そうだ。
俺は手先の器用なワーラット族に、水着の生産を頼んだのだ。
「さすがっす、ジュリーさん!」
「いや、俺達も仕事ができてうれしいんだ。これ……海用の服……だったか、きっと売れるぞ」
ジュリーさんも、その光景を満足げに眺めている。
「みんな、アーク君たちが来てくれたぞ!」
その一声でみながわっと声を上げ、たちまち人の輪ができてしまう。
「アークさん、おひさっ!」
「おぉ、奇麗な彼女さんだね!」
「これ食べなよ!」
わらわらと群がり、食べ物やら飲み物やらを渡そうとする。
まぁ、俺は慣れたもので、一つひとつ受け答えしながらつまんでいくが、鈴屋さんは……とチラ見してみる。
鈴屋さんは、群がる住人に真っ青になっていると思っていたのだが、意外にも笑顔で同じように対応していた。
ロールでもなさそうだ、と少し安心する。
「あー君、人気者だね~♪」
感心したように言われると、なぜか照れる。
「そんなに、ちょくちょくきてるの?」」
「いや、そこまでじゃないけど……最初はちょっと違う要件で、さ」
違う要件?と、鈴屋さんが可愛らしく首をかしげていた。
「あぁ~! そうそう、アークさんが最初に来た時のって、アレの作り方教えてくれ、だったわな。で、アレはもう彼女さんに渡したのかぁ?」
「わっ、ちょっと! しーーーっ!」
俺が指を一本立てて制止するが、もう遅い。
ノリと同様に口が軽いが玉に瑕だよな、ここの人たちは……
「……アレ?」
「あ〜、うん。まぁ、あとで話すよ」
「なに〜、まだなの〜? アークさん、あんなに頑張ってたのに?」
「だぁ、うっさい、もう仕事もどって!」
「なんだい、せっかく彼女さん連れてきたんだろ~? 彼女さん、ほらこっちおいで、うちのかみさんが作った美味しい揚げパンがあんだ。ついでにここでのアークさんのことも教えてやるわな」
「あっ、はい。ぜひっ!」
ネズミ恐怖症もどこへやら、鈴屋さんはついに俺の腕から離れていってしまった。
これが巣立ちの瞬間を見送る母鳥の気持ちか……と、感慨にふけりながら、俺は今日の目的である彼らの作業の説明を受けることにした。
一か月後、レーナの南側に位置する砂浜で、俺と鈴屋さんは並んで座っていた。
少し離れたところでは、ラット・シーの住人と、南無子、ハチ子が自ら水着を着用し即売会を行なっている。
もともとエネルギッシュで健康的なラット・シーの住人は、男も女もスタイル抜群だ。
南無子は真っ赤なビキニだ。
それはもう、非の打ち所がないほど魅力的である。
ここで水着を売れば丸薬代の足しになると、本人も奮闘している。
ハチ子は俺のためならと、黒のビキニで大人の色香を惜しみなく出して販売に貢献してくれている。
そんなこんなで、水着の売れ行きは順調だった。
ラット・シーの住人も仕事とお金が潤うし、みながウィンウィンってやつだ。
「あー君、最初はろくでもないこと考えるなぁって思ってたけど……こうして見てると、よかったなぁって思うよ」
嬉しそうな鈴屋さんを見ると、なぜだか俺も嬉しい。
「鈴屋さんの水着を見れないのが、唯一の不満だけどね」
わりと本気の意見である。
「だってそれは、あー君が……」
そう、最初は鈴屋さんも販売に貢献しようとしていたのだが、俺がそれを止めてしまったのだ。
「他の人に見せたくないとか、とんでもない独占欲だよね、あー君は〜」
「……他の奴に見せるなんて、もったいない……」
これもまた、わりと本気の意見である。
「うん。あー君がそう言うなら、そうするよ」
ゲーム内では、平気だったのになぁ。
このような情動が生まれるなんてことが、不思議に感じてならない。
「あぁ、そうだ、これ……」
俺は思い出したかのように言いながら、ポケットから一つの髪留めを取り出した。
黒い光沢のある素材に、青白く光る貝殻を砕き鈴の絵柄に見せて作った、正真正銘のお手製だ。
「…………?」
「いやさ、なかなか納得のいくものができなくてさ……ほら、いつも俺は鈴屋さんにもらってばかりだから……」
鈴屋さんは黙って首を横に振り、髪留めを両手で受け取る。
そして、それはそれは嬉しそうに笑みをこぼした。
「これ……この間、ラット・シーの人が言ってた“アレ”でしょ? あー君、これを作るために、あそこまで行ってたの?」
「あぁ、まぁ……。雑貨屋にさ、けっこう細工の凝ったもの売っててさ。聞いたら、それがラット・シー製だって言うから……どうせなら自分で作ろうって思ってさ、どうすればいいか直接聞きに行ったんだ。それが最初かな」
「ふふ……」
「……なんだよ」
「あー君、超イケメン」
まじで? と笑う。
鈴屋さんが水色のさらさらとした髪に、慣れた手つきで留める。
やっぱり、よく似合う。
「あー君、大事にするね」
「ん……まぁ、壊れたらまた作るから」
「ん〜ん、これがいいの。ありがとうね」
つい、と鈴屋さんが肩に頭をあずけてくる。
「嫌い週間……終了?」
「……仕方ないなぁ〜。じゃあ、終了かな」
そう言って、さりげなく腕を組んできた。
「今日は……ちょっとだけ甘えてあげるね」
上から目線で甘えてくるのね、と思いながらも、この平穏な光景を前に俺も自然に微笑んでいた。
【今回の注釈】
・猫型ロボット……萌え要素を取り入れ始めた国民的アニメですごめんなさい
・ラット・シーの海上居住区……先日、クレイジージャーニーの丸山ゴンザレスの回で紹介されましたがあんな感じです。まさに圧巻
・チンチロリロリロリ~ン♪的な好感度アップ……色々ありますが、これはサクラ大戦です




