鈴屋さんと鍋奉行っ!〈8〉
まだまだ暑いですね。
最近いただいているFAなどのイラストは、後日ラジなにで改めて紹介させていただきます。
まずは本編をどうぞ。
「あのな……」
俺はわざと大きく息を吐いてみせた。
「質問に対して質問で返すようで悪ぃんだけどよ。ここがゲーム内のような世界だってのとか、俺は知らないんだよ。ましてや管理者がいるとか寝耳に水なんだが、その辺は詳しく教えてくれないのか? お前はなにか? 全部知っているのか?」
セブンが頷くでもなく、目を閉じて考える。
「全てとは言わないが、ほとんどのことを知っている。問題があるとしたら、俺が明かすべきかどうかだ」
「歯切れが悪いな。とっとと話せよ」
「俺はそれでも構わないが……俺はフラジャイルだ。その意味をわかって言っているのか?」
「わかるわけねぇだろ。何だよ、フラジャイルって」
そういえば魔神バルバロッサも〆変身をした後、そんな言葉を口走っていた。
鈴屋さんの記憶をコピーしたわけだから、自動的に鈴屋さんも知っているということになる。
「このような世界に迷い込んだ人間を、連れ出す者のことだ」
──なんだと
──こいつは今、連れ出すって言ったのか?
「待て……待て待て、セブンさんよ。自分で何を言ってるのか解ってるのか?」
「あぁ、そのままの意味だ。俺はこの世界から、お前を連れ出せる」
「はあ? なんだよ、そりゃ。それじゃまるで、あんたは自由に出入りできるみたいじゃねぇか」
「そうだ。俺は自由に出入りができる」
絶句する。
それは……どういうことだ?
とてもじゃないが、思考がまとまらない。
「俺だけではない。鈴屋もそれは可能だ。できないのは、お前だけだ」
──鈴屋さんも?
完全に思考が停止してしまった。
じゃあ、これまでの日々は……、一緒に帰ろうと約束したのは何だったのだ。
なにか隠している、言いづらそうにしているのは知っていた。
しかしこれは隠し事と呼ぶには、あまりに大きな問題だ。
「乱歩さま、説明がいきなりすぎます。これではアーク殿が、いらぬ混乱をしてしまいます」
「あぁ。頭がおかしくなりそうだぜ。何なんだよ……てめぇは、いったい何なんだ?」
「俺は……フラジャイルだ。お前のような奴を“強引に”連れ出すことができる。しかしほとんどの場合、連れ出したあとに何らかの精神疾患を起こしてしまうがな」
たしかに、現状でも頭がパンクしそうだ。
この上どんな手段を使うつもりなのか、“強引に”という言葉の意味を考えただけで恐ろしく感じる。
「引き上げた者がいつも壊れている……俺たちが壊れ物と呼ばれるようになった所以だ」
それはきっと、皮肉を込めて付けられた呼び名だろう。
つまりセブンのやり方は正統なものではなく、邪道で不安定なものだと読み取れる。
しかし、引き上げるとは何なのか。連れて帰るという意味と同じなのだろうが……
「俺がアークに、ある“ひとつの質問”をすれば、お前はすぐにでも帰れるだろう」
……なんだと?
質問をされるだけで、俺は帰れるというのか?
たった“ひとつの質問”で、俺は壊れてしまうのか?
「だめです、乱歩さまっ! それだとアーク殿が……」
ハチ子の抗議に、セブンが肩をすくめる。
「鈴屋はアーク殿を思って、自分の考えで帰ろうとしています。ハチ子は、鈴屋に任せるべきだと思います」
「ふん。あの者が、本当に帰りたいと思っているのならな」
「乱歩さまっ!」
セブンには忠実なハチ子が、珍しく異議を唱えている。
そういえばハチ子はいつの間にか、鈴屋さんと深い信頼関係を築いているようだった。
ふたりの信頼関係は、俺にとっても信頼できるものだ。
ならばやはり、俺は鈴屋さんを信じるべきだろう。
「心配すんな、ハチ子さん。間違っても、セブンに頼んだりはしないよ。俺にとっちゃ、頼めば帰れるのかよって話だけどな」
「アーク殿……」
安心して胸を撫で下ろすハチ子とは対象的に、セブンは冷たい表情のままだ。
こいつが何を考えているのか、いまひとつ掴みきれない。
それでも何か聞き出せれば……と、魔神バルバロッサが口走っていた言葉をいくつか思い出す。
「なぁ……デブリってのはなんだ。心当たりは、あるか?」
セブンが眉を寄せて訝しむ。
反応からして、それも知っているようだ。
「お前のことを鈴屋に任せるというのならば、それについて俺から説明すべきではないだろうな」
つまり、鈴屋さんから聞けということか……
「じゃあ。ウイルズは……?」
それには、セブンが頷いてみせた。
「楔の悪魔だな。プログラム名は“反乱の槍”。お前のような者を、殺すために送り込まれたウイルスだ」
「ウイルスで、ウイルズか。というか殺すって、プログラムがか?」
「そうだ。お前のような漂流者に楔をつけて、常に座標を割り出せるようにする。その後、座標に向かってウイルスが攻撃を仕掛ける。消せない傷をつけられただろう?」
消せない傷……たしかに左目の傷は、南無子やアルフィーの神聖魔法では消えなかった
それに、ドリフター……また知らない言葉だ。
俺がそのドリフターだとして、ドリフターの位置情報を発信するのがこの傷ということか。
「ならどうして、今は襲って来ないんだよ」
「簡単なことだ。その眼帯……どういうわけか、それが楔の呪いを封じている。結果、座標を特定できないのだ」
なるほど……だから、眼帯を外した時にだけ現れるのか。
話の筋は通っている。
「俺もかつてドリフターだった。この目は、その時にやられたものだ」
セブンが喪失した左目を指差す。
そこには、たしかに俺と似た傷跡が残っていた。
しかし、かつて俺と同じ“ドリフター”だった……というのは、どういうことだ。
ますます、わけが解らなくなる。
「なんで、俺が殺されなきゃいけねぇんだよ?」
しかしセブンは黙って首を横に振る。
「それは、俺が説明すべきではない。まぁ、一度出てしまえば楔の効果は消える。それにその眼帯があるならば、そこまで恐れる必要もないだろう」
なるほど……だから、もうセブンは平気なわけだ。
しかしこれも詳しくは鈴屋さんから聞けということか。
どうやら俺の帰還に、深く関わる問題のようだ。
「そうかい。じゃあ話を戻そう。お前も同じドリフターとやらだったってことは、誰かに連れて帰ってもらったのか?」
今度は一度だけ深く頷く。
「……そうだ。そして俺は……その時、俺を救ってくれた女性を探している」
「そいつはまた、ロマン溢れる話だねぇ」
「茶化すなよ、アーク。お前とて、ここから出たら鈴屋を探すだろう?」
ぐっと言葉を飲み込む。
この野郎……痛いところを突きやがるな。
しかし、それほどに大切な人だということか。
「んで、どんなやつなんだよ?」
セブンが一瞬の躊躇を見せ、やがて頭を振って答えた。
「聡明で美しい女性だ。名前は……麻宮ナムという」
麻宮──
ナム──
全身に電流が走る。
麻宮は南無子のリアルネームだ。
それに名前が「ナム」では、関連付けるなというほうが無理である。
「俺はもう一度、彼女と会うために此処へ来た。俺がドリフターを拾うのは、そのついでだ」
南無子に会いに来ただと?
たしかにセブンは、南無子と面識がない。
「ここに、シンギュラー・ポイントの反応があったのだ。それは、外から何らかの介入があったということに他ならない。であるならば、麻宮が関係してる可能性が僅かにでもあるということだ」
これは、南無子のことを教えるべきなのか。
それとも一度、南無子と鈴屋さんに相談をしたほうがいいのか。
しかし、俺はもっと知りたい。
そのためには、今しばらくこの会話を続けなくてはならないだろう。
「あぁ……まぁ、おかしな事件ならあったぜ。まずその説明からしようか」
俺は焦る気持ちを落ち着かせて、ゆっくりとワイバーン事件のことを説明し始めた。