鈴屋さんと鍋奉行っ!〈7〉
まだまだ暑いですね。
来週から、毎週泊まりがけの出張があるため、執筆する時間がかなり無くなってしまいます。
(現状出ている予定では、週2日が11月まで)
しかし更新ペースは落としたくないので、字数が少なくても更新していこうと思います。
ボリューム感がなさすぎるなど、不満に感じることもあるかと思います。
何卒、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
距離を取ると言っても、あまり遠くまで逃げるわけにもいかない。
あの灰色のロングコート……おそらくはアレは、アサシン教団のイーグルだ。
だとしたら、あの男を逃がしたくはない。
「ぁ……く……の」
「無理するな。とりあえず、パラライズが解けるまで時間が稼げれば……」
できるだけ部屋が見える場所がいいのだが……と、辺りを見回す。
そして隠れるのに手ごろな木を見つけると、その木の下に座り込んだ。
「すまね、寒いだ……ろ……」
視線をハチ子にもどして初めて気づく。
俺はハチ子のあらわとなった太ももと脹脛の間にガッツリと手を通し、今にも何かが見えてしまいそうな……いや、全然見えないな。
ワンピースの裾から奥は不自然なほど暗い。
「あぁく、どの」
どうやら少し痺れがとれてきたらしい。
俺が安堵のため息をつくと、ハチ子が顔を赤くしたまま続ける。
「どこ……見てるんですか」
「んなっ、見てないぞ。見えてないし!」
「見え……ませんよ。このワンピースはある……程度の、角度まで裾を……上げないと、闇の精霊の力で……下着が見えないように……なっております」
なんと。
どうりで戦闘中も見えないはずである。
闇の精霊シェードが暗闇の霧を永続発動しているとは、なんとも余計な……いや、気の利いた機能なのだ。
それでもドワーリンのアイデンティフィケーション(スカートめくり)くらい、裾をベロンと持ち上げられると効果はないようだが……
「何を思い出しているのですか?」
ハチ子が何かを感じとる。
「いえ、ここで“よく似合っていたな”……とか、冗談でも言えませんよ、俺は」
「言ってますけど」
「うぉっ、つい誘導尋問に……」
「誘導してませんし」
ハチ子が頬をつねってくる。
「いてて、冗談ッスよ、ハチ子殿」
「もう……」
大きめため息をひとつし、身を寄せるようにしマフラーをひっぱてくる。
「あのですね、アーク殿」
「はい……」
「ハチ子としては、こうして……その……お姫様抱っこされるのは……憧れもありまして……大変ご機嫌麗しゅうございます」
「なっ、なんの話?」
「いえ、その、大変喜ばしい所存でして……まさに望む所と言いましょうか」
「ほんとに、なんの話?」
ハチ子はなにか、軽く混乱しているようだ。
見ていて面白いが、それより何よりパニックハチ子は可愛くてたまらない。
「あの、もう大丈夫ですので、おろしてくださいというのと……先程のは……」
そこまで言ったところで、背後に気配が生まれる。
とっさにダガーを構え、ハチ子を抱きかかえたまま転がるようにして振り返った。
「武器をしまえ。戦う気はない」
目深にかぶったフードの奥から、低い声がする。
その右手には月明かりを照らし返す、抜身のシミターが握られていた。
「お前こそ、武器をしまえよ。あと、顔くらいみせろ」
男は軽く肩をすくめて、少しだけフードを上げた。
「お前……」
そこにいたのはアサシン教団が7位のイーグル、セブンだったのだ。
俺とハチ子は自分たちの部屋にもどり、そのままセブンを招き入れた。
セブンは部屋に入ると黙って壁に背中をあずけ、腕を組んで辺りを見回し始める。
ハチ子は椅子に座り、意味ありげに俺のことを見つめていた。
一方の俺はというとベッドに腰を掛け、両手でダマスカス刀を地面に突きつけてセブンを睨みつけている。
「随分と機嫌が悪いな、アーク」
ほう。
ほうほう。
感じ取ってくれたのか、そいつは有り難い。
そうだ、俺は不愉快極まりないのだ。
理由は単純明快で、セブンがハチ子に対し麻痺毒を使ったことにある。
しかも当のハチ子本人がセブンのことを庇ったりするもんだから、なぜだかそれも気に食わない。
俺にとってセブンは、必ずしも味方だと言い切れない存在だ。
しかしハチ子に、「大丈夫ですから」と言われてしまうと刀を抜くわけにもいかない。
「麻痺毒を打たれて、部屋につれてかれてベッドで寝かされて……ってよ、ハチ子さんが許したところで、俺は到底許せねぇからな」
フンと鼻息を鳴らし、顔を横に向ける。
「言っただろう。お前もアヤメも、反撃までの速度が早すぎて危険なのだ。まずは……」
「だからって、麻痺毒はねぇだろ。手紙を置くなり何なり、他にやり方があるだろうよ?」
「それは俺の至らぬところだった。長く教団で働いていたせいで、考え方が麻痺していたのだろう。すまない」
そんな素直に謝られると、なぜか俺が悪者のようになってしまう。
なんて、ズルい男だ。
「アーク殿。その気持ち、ハチ子はとても嬉しく思います。でも、今は話を……」
ハチ子が少し嬉しそうに笑みを浮かべる。しかし、すぐに表情を引き締めると、懇願するように言ってくる。
こうなってしまっては、これ以上へそを曲げるわけにもいかないだろう。
俺は大きめのため息を吐くと、無理やり気持ちを切り替えた。
「それで、話ってなんだよ?」
セブンは一度頷くと、真っ直ぐに目を向けてくる。
「アーク。お前は特異点という言葉を知っているか?」
「シンギュラー……なに?」
「シンギュラー・ポイントだ。一般的な手順では求まらない点という意味だが……この場合は、通常ではありえない事象が起きた場所のことをいう」
はぁ、と気のない返事をする。
「それが、何なんだよ?」
「ここだ。まさに、この場所でシンギュラー・ポイントの反応があった。アーク、なにか心当たりはないか?」
相変わらず説明無しで、いきなりな奴だ。
しかしまぁ、俺には心当たりしかない。
だがここは素直に教えるより、もう少し情報を聞き出すべきだろう。
「もうちょっと、具体的な説明をくれよ」
セブンがゆっくりと頷く。
「アヤメから俺がプレイヤー“乱歩”であることも、彼女がプレイヤーではないことも聞いているな?」
「……あぁ。まったくもって気にくわないが知ってるよ」
「それを念頭に置いて話を進めよう。この世界は、あのゲーム内のような世界だ。そしてゲーム同様に、この世界を管理する者がいる」
いきなりメタな発言をしてくる。
しかし、南無子や鈴屋さんは絶対にしてくれない話だろう。
「ふだん彼らがこの世界に介入してくることは少ない。何らかのテストや修正、そういった時だけだ」
「修正……パッチを当てるみたいなことか?」
「そうだ。もしくは物語に対し強制的な介入……期間的なシナリオのようなものを実行した時にも、不具合が生じることがある」
不具合……エラー……バグ……いくつか心当たりがある。
「それらを修正する際に、さらなる無理な介入や修正をし、つじつまが合わない事象が起きる。そのような事象が起こった場所のことを我々は、シンギュラー・ポイントと呼ぶ。もう一度、問おう。アーク、何か心当たりはないか?」
セブンの細く尖った隻眼が、鈍い光を放っていた。




