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鈴屋さんと鍋奉行っ!〈3〉

バイブス いと 上がりけり

 ジャイアント・マンタの腹の中は真っ暗で、思っていた以上に暖かい。

 ただ、さすがに二人で丸まった状態だと狭すぎる。

 思い切りハチ子とぶつかっていて、すし詰め状態だ。

 ちゃんと寝転がれば、余裕はありそうだが……


「アーク殿も、頭をこっちにもってきてくださいね」

「ここで反転って……狭いぞ、これ……」

 言いながら、もぞもぞと頭を動かし向きを変えようとする。

 反転中に額でハチ子の柔らかな身体を“もにゅり”と競り上げてしまう。

「ひゃぁぁっ!」

 小さな悲鳴が聞こえたが、体をぶつけずに反転なんて無理な話だ。

 この際、仕方ないだろう。

 そうしてなんとか反転を完了すると、真っ暗な中でハチ子が小刻みに震えているのがわかった。

「ごめん、どっかぶつかったよな?」

「ふぁっ……いえ……」

「思うに、足から入ればよかったんじゃね?」

「あっ……」

 なんだろう、今日のハチ子は天然が炸裂している。

「で、では、頭を出しましょう!」


 今度は二人同時に仰向けになって、ジャイアント・マンタの口から顔を出す。

 自分からは見えないが第三者が見れば、きっと二人して食われたような絵なのだろう。

 それはそれは、可愛いのだろう。

 そしてハチ子は、それを想像していたのだろう。


「どうですか、アークどのぅっ!」


 過去最高に『バイブス、いと上がりけり』状態のハチ子は、全くまわりが見えていない。

 満面の笑みを浮かべて、何も考えずに顔を向けてくる。


「あっ……」


 案の定ハチ子の鼻先と俺の鼻先は、かるく擦れてしまっていた。

 目を大きく見開いて固まるハチ子に、つられて俺まで顔を熱くさせてしまう。



挿絵(By みてみん)



「あのぅ、ハチ子さん……」

 俺は、非常に気まずい思いをしたまま伝える。

「近いので気をつけて……あと、俺、一応、男なので」

「はい……」

「この状態で、朝まで色々と我慢しなくちゃなんねぇわけで」

「はぃ……」

「基本、抗えない系男子なので」

「はぃぃ……」

 真っ赤になって下を向く。

 ジャイアント・マンタのお披露目のせいで失っていた『我』を、取り戻したのだろう。

「夢中になると、たまにそうなるよな」

 幽霊船の時も、似たようなことがあった気がする。

 もぎゅ……と、俺の胸に額をこすりつけて頷く。

「いいけどよ……俺以外の男の前で、そういうポカはするなよ」

 ハチ子のようなクールビューティーが見せる、こういった天然的なスキは非常に危険なのだ。

 どんな紳士的な男でも、一発で狼と化すだろう。

 俺だからいいものの……と、言っておきたい。

「あーくどの……」

 なぜか見上げてくる顔が、憂いに満ち溢れていた。

「はい……あーくどのにしかしません……です」

 俺は注意喚起をしただけなのだが、なぜかハチ子は嬉しそうに頷くのだ。



 それから一夜明けた朝。

 俺は軽い緊張感のせいで、なかなか眠りにつけなかったのだが、それでも眠りの精霊『サンドマン』が、しっかりとその仕事を果たしたのだろう。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

「んん〜」

 小さく唸って肩に力を込め、その場で軽く身をほぐす。

 そして寝ぼけ眼を右手でこすり、目を開けた。

 最初に見えたのは……ハチ子の後頭部……?


「んおっ」

 思わず声を上げるが、左腕にハチ子の頭が乗っていて動けない。 


 俺たちは背中合わせで寝ていたはずなのだが……

 いつの間にか俺は、ハチ子に腕枕をしつつ後ろから抱きしめて……いないよな、まさか……と、さらに状況を確認しようとする。


 しかしこの体勢は、完全に……


「あぁくどの、おきましたか?」

 ハチ子が背中を向けたまま、小声で呟いた。

 その背中も俺の腹とくっついてる状態だ。


「あのぅ……俺ですかね?」

 こくりとハチ子の頭が縦に動く。

「あぁくどのは、抱きつき癖があるんですね」

「自覚はないんですが……ごめんなさい」

「いえ、仕方ないです。後ろから急に抱きつかれて……ちょっと、びっくりしただけです」


 鈴屋さん、これはアウトですか?

 アウトですね?

 帰ったらクッコロされるんですね?


「あの、あぁくどの」

「……はい」

「先程から私の腰に……その……」

 腰? と聞き返すが、ハチ子はもじもじとしてその先を口ごもる。

「あの、腰に……当たってます」

 ハチ子の腰には身体は触れていないはずだが……なんだろう?

「朝ですから……その……殿方ですし、仕方ないとは思うのですが……」


 待て。

 待て待て。

 さすがに、それはないぞ!


「その……茸のようなものが……」

「うぇぃ、待てぇぃ! なんだそりゃぁ!」

 さすがにそれは可怪しいと思い、ハチ子の腰の方へと右手を潜らせる。

「ふひゃぁぁ!」

「へっ、変な声出すな!」

「だって!」

 たまらずハチ子が身体を反転させて、真っ赤な顔をこっちに向けてくる。

「待て、ほんとに何かあるぞ!」

 もぞもぞと手さぐりで探していると、たしかに俺とハチ子の間で茸のような突起物が地面から盛り上がっていた。

「なんだ、これ……テントの下からか?」

 ハチ子も、恐る恐る指を伸ばして確認をする。

「……地面からですね。こんなもの、ありましたっけ?」

「とりあえず、テントをたたんで確認しよう」

 うなずくハチ子を確認し、寝袋から這い出る。

 簡単に荷物をまとめながらテントから出ると、手際よく片付けに入る。

 そして、原因はすぐに見つかった。

「これは……」

 顔を赤くしたままのハチ子が呟いた。

 そこには、凍りついた立派な茸が生えていたのだ。



「間違いないです、アーク殿。これが氷茸(こおりだけ)のようです」

 小さく折りたたまれていた羊皮紙を見ながら、ハチ子が説明を続ける。

「新雪が積もった特定の区域の少し暖かいところで、夜から朝にかけて生えてくる……そうです」

「なんだそりゃ……。つまりアレか、俺とハチ子が引っ付いていたところが一番あったかかったから、そこに生えてきたのか」

 なんて紛らわしいところに生えてきたのだ、こいつは……危うくハラスメントで完全アウトになるところだったぞ、と思わず項垂れる。

「この発育条件、鈴屋さんたちには秘密にしておこう……」

「そうですね……それがいいです」

 ハチ子も、これには賛成してくれた。

 添い寝レベルの話じゃないし、あらぬ疑いをかけられるだけだ。


「それにしても硬いですね、これ」

 ハチ子が凍りついた真っ白な氷茸を握って、おもむろに引っ張る。

「ん〜〜っ。駄目です、簡単には抜けないです」


 ……いや、あの……思春期全開な目で見てしまった俺は、決して悪くない。


「どうしたんですか? アーク殿も手伝ってください。二人で抜きましょう」

「あの……、ハチ子さんの心が雪よりも真っ白で、汚れすぎた俺には眩しすぎて、とても正視できないッス」

 しばらく首を傾げてキョトンとしていたハチ子だったが、なぜ俺が赤面をしているのか理解したようだ。

 慌てて氷茸から手を放すと、何も言わずに向こうをむいてしまった。


「俺が採取するから、待ってて」

 とりあえずダガーを抜いてみるが、どこから切っていいのかもわからない。

 仕方なく氷茸のまわりの雪をかき分けていき、柄が細くなった部分で切断してしまう。

「うし、オーケーだ。ていうか、これって解けたら、ただの茸じゃ?」

「一応、春の温度までは解けないみたいですよ」

「じゃあ、レーナに持って帰っても凍ったままだな。氷の精霊でも宿ってんのか。食べる時は、どうすんだ?」

「凍ったまま厚切りにして煮詰めると、ちょうど解けていいみたいです。何でも解けたては、シコシコとした歯ごたえがして……」


 無言でハチ子を見つめてしまう。

 俺は、悪く、ない。


「そこで顔を赤くしないでくださいっ! アーク殿が、そうやって反応をするからっ!」

「はい、俺が悪いです。全面的に、ごめんなさい。鈴屋さんには言わないでください」

 氷茸を握って土下座をする俺に、ハチ子はいつまでも馬鹿なんですかと嗜めるのだった。



 目的の氷茸を入手した俺達は、下山の準備を整えていた。

 色々と問題はあったが、あてもなく探す予定だっただけに、手間が省けたのはありがたい。

「あの、アーク殿」

「んあ?」

 スコップをリュックに挿して背負ったところで、ハチ子が声をかけてきた。

 ハチ子は準備万端で、声をかけるタイミングを待っていたようだ。

「ここって、ワイバーンの時の山ですよね?」

「そうだよ?」

 ハチ子が両手を胸の前に持ってきて、視線をそらす。

「あの……せっかくですし、ネヴィルさんのところによっていきませんか? あそこには温泉もありますし、レイシィがレーナで元気にしていることも、お話しておいたほうが良いと思うのです」


 その名前に、俺の体が凍りつく。


 ワイバーン事件──


 そう……俺が忘れ物をして引き返した時、あそこにあった“モノ”は全て消えてしまっていたのだ。

 あの不可解で恐ろしい出来事は、南無子にしか話していない。

 アレをもう一度、確認するのか?

 いや……ハチ子は、数少ないこの世界の理解者だ。

 しかしこれは、俺たちの事情に巻き込んでしまうのでは……


「アーク殿?」

 しばらく考え込んでいると、ハチ子が返事を促してきた。

 その信頼できる真っ直ぐで力強い瞳に、背中を押された気がした。

「あぁ、そうだな……」

 自分に言い聞かせるようにして頷く。

「行こうか」

 そうして俺は、もう一度あの場所に行くことを決意した。

〈おまけ〉

ツイッター宣伝用につくった、ちょいパロ・ロゴ入りイラストです

ロジーヌイラストに、ゆるキャン△的な。

マンタなので▽です。


挿絵(By みてみん)

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