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鈴屋さんと鍋奉行っ!〈1〉

出張先から、なんとか更新です。

ラブコメします。

 レーナの町から二日ほど離れた山道で、凍える手をこすり合わせる俺がいた。

 辺りは一面が銀世界で、今もひらひらと雪が舞っている。

 陽の光は斜めに差しこみ、気温もぐっと下がりはじめていた。

「きゃぁ!」

 俺の目の前を歩いていたハチ子が、小さな悲鳴を上げる。

 ハチ子は雪に慣れていない。ましてや、ここは山道だ。

 思わず足を滑らせてしまい、体勢を崩して俺の方に倒れ込んでくる。

 俺は咄嗟にハチ子の腰に手をまわし、重心を落として受け止めた。

 ズリズリと後ろに足が滑るが、下手に動かずなんとか停止させる。

「大丈夫か?」

 寒さのせいなのか、頬を桃のようにしたハチ子が目を丸くして見上げていた。

「す、すみません、あーくどの……」

 ハチ子は俺にしがみつくようにしながら体勢を立て直し、マントに張りついた雪をパンパンと払う。

 残念かな、さすがにこの寒さの中では、いつものワンピース姿ではない。

 しっかりとした防寒パンツと、もこもことしたキルトの上衣を着込み、さらにマントを羽織っている。

 それでもゲレンデマジックが如く、通常の三倍増しで可愛い。

 いや……ハチ子はもともと可愛いし、薄着じゃなくても、そのエモさは変わらない。

 何よりも自分で作ったという、チェック柄のマフラーが破壊力抜群だ。

 下手な水着よりも、こっちの方がグッとくる男もいるのだよ、と熱弁を振るいたくなる。



 俺たちは今、雪山にいる。

 それも例のワイバーンと戦った、あの山だ。

 理由は数日前に遡る。


 レーナ近郊では、季節外れの寒波が到来していた。

 それにともなって強い降雪が続き、街は一時的な混乱の中にあった。

 アルフィーは鈴屋さんのサラマンダーの力を借りてラット・シーの雪下ろしに勤しみ、暇な俺たちも手伝おうとしていたのだが……


「寒いから、ご褒美に美味しい鍋を食べたい。鍋の具材とってきてよ」


 などという、鈴屋嬢のいかにもな我儘を聞き入れて、この山まで来たのである。

 目的は、超希少な鍋具材『氷茸(こおりだけ)』の採取だ。

 氷茸は新雪が降り積もった時にしか生えてこない希少な茸で、スープに入れると絶品な味わいになることで有名だ。

 新雪という特殊な状況下でしか発育しないため市場に流通することはなく、見つかっても一部の貴族にしか提供されない。

 それを『鈴屋鍋奉行』がご所望すると言うのなら、暇な俺達に残された選択肢はひとつしかなかった。


「もうそろそろ森に入るし、今日はここで休もうか」

 ハチ子が頷くのを確認し、リュックに挿していた小さめのスコップを取り出す。

「アーク殿、ハチ子も手伝います」

「あぁ……いや、大丈夫だよ。すぐ終わるから」

 俺はそう言うと、スコップでザクザクと雪を掘りながらスノーブロックを作り出し、それを掘った周りに積み重ねていく。

 そうして作った雪の囲いの中に二人用のテントを張れば、風をしのげる雪山キャンプ地の完成だ。

 小さく拍手をするハチ子に、俺も少し頬が緩んでしまう。


「レディ・アヤメ、どうぞこちらへ」

 ふざけた執事口調でハチ子の手を取ると、テントの中へとエスコートをする。

 ハチ子が嬉しそうにしながらマントを脱ぐと、テントの奥へと荷物ごと押しやった。

 まるで、お泊りを喜ぶ子供のようである。


「随分と嬉しそうだな〜。雪山キャンプとか寒いし、けっこうきついんだぜ?」

「そんなこと、ないですよ♪」

 ハチ子は、やはり満面の笑みを浮かべている。

 嬉しくて仕方がないのだろう。

「テントも二人用とはいえ、狭いだろうよ」

 ボヤくように呟きながら、ハチ子と同じくマントをくるくると丸めて荷物を押し込む。

 テントの中はすでに暖かく、手狭だということを除けばとても快適そうだ。


「とりあえず、なんかあったかいものでもつくるか……」 

 俺は四つん這いになって外へと身を乗り出し、入り口のところで小さな窪みを掘った。

 そして、薪の表面を薄く削ってフェザースティックを作ると、それで火をおこす。

「手慣れてますね、アーク殿」

「まーなー、冒険者歴も長いからな。もといた世界なら、こんなことでも好感度が上がりそうなもんだけど……冒険者相手だと当たり前すぎて、なんとも思われないのが悲しいぜ」

「ふふ……」

 ハチ子は横に並ぶようにして座ると、俺の手先を見つめてくる。

「……なに?」

「いえ、見てたいんです♪」

 冒険者歴の浅いハチ子には物珍しいのだろうか、興味津々のようだ。

 俺は火種を絶やさぬよう徐々に大きな薪へと火を移し、その上に小さな鍋を置く。

 鍋の中には雪を入れて、ぽこぽこと沸騰し始めたところで、持ってきておいた芋と野菜をぶち込んだ。

 それから塩で味を整えて果樹オイルを少し入れれば、簡単な野菜スープの完成だ。


「おいしそう……」

「カカカ、この環境なら、どんな飯でも美味いに決まってるさ」

 笑いながらマグカップにスープと野菜を移してフォークと一緒に手渡すと、俺も自分の分をつくりテントの中に戻った。

 二人並んで入り口に向けて体育座りをすると、腕と腕が当たるくらいに狭い。

「軽いテントを選んだとはいえ、これは本当にギリギリだな」

「でも、これくらい狭いほうがあったかいですよ」

 それはたしかに一理ある。

 あんまり広くても、空気が冷えるだけだしな。


「いただきます」

 ハチ子が律儀にあいさつをし、スープに口をつける。

 その様子を眺めていると、視線に気づいたハチ子が笑顔を向けてきた。

「おいしいですよ?」

「おぉ……うん。それはよかった」

 なんとなく気恥ずかしくなり、視線をスープに落としてフォークで野菜をつつき始める。

 

 なんだろう……ほんとにキャンプに来たみたいだ。

 冒険という感じが一切しない。


「あったまります〜」

 マグカップを両手で包むように持ち、冷えた手を温めながら幸せそうに笑う。

 たしかに体の内と外から暖がとれて、とても幸福な気持ちになれる。


 パチパチと薪の爆ぜる音が響き、橙色の炎が明るさを増してゆく。

 いつの間にか日も暮れてしまい、気がつけば星空が広がっていた。

「金の月が綺麗です、アーク殿」

 ハチ子がうっとりした様子で言う。

「だな……スープに金色の月が映って……って……これって、豊穣の契にならないよな?」

 苦笑しながらスープを飲み干すと、ハチ子が奥の荷物からゴソゴソと何かを取り出した。

 隣に戻ったハチ子が手に持っているのは、俺がクリスマスの時にあげた“1万分の1の奇跡”と呼ばれる伝説のワイン『クロッツァ』だ。

「うぉ、それ持ってきたの? わざわざ?」

「はい♪ だって、二人きりで、同じテントで、お泊りですから!」


 ──二人きりで


 ──同じテントで


 ──お泊り


 急に鼓動が高鳴る俺がいた。

 そうだ……この、腕と腕が当たるような狭いテントで寝るのだ。


 ハチ子と、二人で。


「さぁ一献、どうぞ♪」

 ハチ子がカップにワインを注ぐ。

「お、おう……」

 俺は硬い動きでそれを受け取り、ハチ子のカップにもワインを注ぐ。

 急に意識し始めてしまい、まともにハチ子の顔を見れない。

 いや……というか、酒なんか飲んで大丈夫なのか?

 この後、寝るんだよな?


「どうかしましたか? アーク殿」

「あぁ……いや……」

 言葉に詰まり、かわりにワインを喉に流し込む。

 熱い感覚が喉の奥から生まれ、全身へと広がっていく。

「これが豊穣の契ですよ、アーク殿♪」

 それは、とびきり幸せそうな笑顔だった。

 

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