鈴屋さんと鈴屋さんっ!〈12〉
ドッペルゲンガー編、終わりです。
週末の暇つぶしにどうぞ。
「外の世界をそこまで見るとか……ある意味、本当に魔神ね」
その冷めた表情は、鈴屋さんの姿をしたバルバロッサの表情を恐怖で歪ませるほどだった。
「ただのプログラムとは思えないわよ」
「……プロ……グラム?」
「あなたも“槍”のたぐいなのかしら?」
バルバロッサが狼狽する。
言っている意味がわからない、といった感じだ。
「本当に知らないみたいね。じゃあ、普通にモンスターなんだ」
「普通……我は何だ……答えろ、麻宮な……」
しかし、次の瞬間──
『ジンっ!』
鈴屋さんが風の精霊王『ジン』を召喚し、バルバロッサは霧のように消滅してしまった。
「俺は、激しく説明を求める」
天を衝くモニュメントに背中を預けて、俺は仏頂面で南無子に質問をする。
「いくつかは、どこかで聞いたことのある言葉だ。だが、俺は何ひとつ説明されないぞ」
いつどこでなのか……それはハッキリと思い出せないのだが、たしかに耳にしたことがある。
「……説明って?」
南無子が鎧を装着しながら、口をへの字にして首をかしげた。
とぼけようもない状況で、不機嫌極まりないご様子である。
「南無子と鈴屋さんが何か隠してるのは、ずっと黙認してたけどよ……これでも、まだ話さないつもりか?」
鈴屋さんは座ったままで、何も話そうとしない。
ただ黙って、ことの成り行きを見守るようにしながら、南無子に視線を向けるだけだった。
南無子もそれを受け止めて、小さなため息を吐く。
「……いいわ。話せることだけ、教えてあげる。でも、期待はしないでよね。ご察しの通り、色々あるの」
言葉を切りながら、厳しい表情で月を見上げる。
まるで、何かを確認しているかのような目つきだ。
「じゃあ、あいつが言ってたことだけでも。セブンなんたらかんたら……って?」
「知らないわ」
短くバッサリと質問を切られる。
それは本当に知らないのか、それとも言えないのか……判断が難しい。
鈴屋さんはつまらなそうに、月を見上げていた。
彼女の場合は、演技モードになると何も読み取れない。
「んじゃぁ、デブリは?」
「アレよね。宇宙ゴミよね?」
「いや、そうだけどよ……」
それが何を意味するのか聞きたいのだが、話す気はないと目で訴えてくる。
しかし通常、『デブリ』とは破片や残骸を意味している。例えば、それが『燃料デブリ』だとしたら、大きく意味が変わってくる。
南無子が言っているのは、『スペースデブリ』だ。
俺はただ、『デブリ』について聞いただけなのに、南無子は当然のように『宇宙ゴミ』だと答えた。
つまり南無子は、これについて何か知っているということだ。
「フラジャイルってぇのは?」
「……さぁ。たしか壊れ物って意味かしら?」
やはり同じだ。
これ以上は教えてくれそうにない。
「じゃあ……ウイルズは?」
南無子がツインテールの片方を後ろへと払う。
「あんたを狙ってる魔族のことでしょ?」
いや、そうなんだが……
槍がどうこう言っていたのは、ウイルズがよく言う『反乱の槍』のことではないのだろうか。
しかし、これについても答える気はなさそうだ。
「なんだよ……さっぱりだな。じゃあよ、七つの夢ってのは? 最初のナンタラプロジェクトと関係あんのか?」
「さぁ? 私に聞かれても困るわ」
まぁ、そうだろうよ。
結局、ほとんど教えてくれないか。
「じゃあ……最後に言ってた、麻宮ってのは……」
「私の本名よ」
……ん……?
「ちょっと、南無っち!」
俺よりも驚いていたのは鈴屋さんだった。
一方の南無子は、「何よ?」と半目で返している。
「もう今さら、名前を隠す意味なんてないわ。麻宮は、私のリアルネームよ」
「……おぉ……それはまた……アテナ的な感じで素敵ネームデスネ」
「あら、ありがとう」
本人は、いたって平然としている。
しかし、フルネームは教えてくれないらしい。
「他に質問は?」
「いや……ていうか、ほとんど答えてないだろ、お前」
「期待はしないでと言ったでしょ?」
南無子が地面に転がっていた武器を拾い上げ、ため息をひとつする。
やはり、まだ不機嫌だ。
「じゃあ、私はもう帰るわよ」
「えぇ、帰るのかよ?」
「当たり前でしょ。なんでこんな墓場に、いつまでもいなきゃいけないのよ。偽者騒動が片付いたんだから帰るわよ」
南無子はそう言って呆れた表情を浮かべたまま、墓場から出ていった。
残された俺と鈴屋さんは、しばらく言葉をかわすでもなくその場に立ち尽くしていた。
やがて、先に口を開いたのは鈴屋さんだった。
「私たちも帰ろっか」
見上げてくる表情は、いつもの優しい鈴屋さんだ。
「んあぁ……そうだな。ハチ子さんたちも、もう戻ってきてるかもしれないし……心配してるだろうし」
「うん」
なんとも、スッキリとしない終わり方だ。
最後の解決しない問題が、心に引っかかってしまう。
俺が考えに囚われたままでいると、不意に右手が握られてきた。
「鈴屋さん?」
しかし鈴屋さんは何も答えず、どこか切なげな表情で見上げてくるだけだった。
そう言えば……
「そう言えば、ひとつ思い出したんだけどさ」
なぁに? と、いつもの仕草で首をかしげてくる。
それが自然で、それなのに可愛くて、それだけで癒やされる気がした。
「鈴屋さん、嘘ついてたよね?」
「……嘘?」
俺が笑みを浮かべて頷く。
「最初の鈴屋さんは、本物だったんだろ?」
「……最初の?」
「そう。恋人座りぃ〜」
──そうだ。
魔神バルバロッサは、鈴屋さんの絶対無敵な召喚魔法に目をつけていた。
しかし、高い危険察知能力を持つ鈴屋さんのことだ。
恐らくはバルバロッサの存在に気づき、精霊魔法のインビジビリティで姿を消したりしながら、観察から逃れていたのだろう。
そうなるとバルバロッサは、鈴屋さんの親しい人物……つまり、俺に変身して近づく必要がある。
慎重なバルバロッサは、俺への直接観察をより確実に成功させるため、さらに親しい人物……ハチ子を観察し、一度目の〆変身を果たした。
しかし積極的すぎるハチ子に、俺が逃げ出したため目的は達成できず、次の標的をアルフィーに移す。
俺の質問である「このゲームのタイトル名は?」に答えられたのは、ハチ子に変身した時の記憶から引っ張り出したのだろう。
その結果、俺はアルフィーが偽者だと判断することができ、かろうじて逃げ出せた。
二度の観察に失敗したバルバロッサは、ハチ子とアルフィーの記憶から最強の暗殺者の存在を知り、今度はフェリシモの観察を成功させる。
そして、今日の出来事につながるわけだ。
つまり、最初の鈴屋さんは本物なのである。
本人が「そんなことしない」と嘘をつくもんだから、すっかり忘れていたけど……
「こいびとすわりぃ〜、してんじゃん?」
「う……」
真っ赤になって、うつむく彼女が愛おしい。
みんなの前で『恋人座り』の話されて、思わず否定してしまったのだろう。
なんて可愛いんだ、君は。
「なんなら、もう一回くらいしてもらっていいんだぜ?」
俺がいたずらっぽく笑うと、鈴屋さんは黙って俺の頬をつねるのだった。
麻宮といえば……
麻宮アテナ
麻宮騎亜
が浮かびます。
名前はまだ明かしません。(笑)




